帯状疱疹後神経痛と共に読むドストエフスキー(連載8) 師匠と弟子

近況報告

清水正ドストエフスキー論全集』第11巻「松原寛&ドストエフスキー」の校正に精を出している。相変わらず引用文献探しにいそがしい。今回はナウカドストエフスキー全集の「作家の日記」第25巻。今わたしが寝起きしているマンションの一室に第26巻は探し出したが、必要な第25巻が見つからない。自宅にTELして書斎の本棚にあることを確認した。このナウカ版ロシア語全集は二揃い所持しているが、ひとつはヤフオクで落札したので、おそらく箱詰めにされたままどこかの部屋に置かれているのだろう。わたしはまだそれを確認していない。自宅、書庫、マンションと本が一か所にまとめられていないので、とにかく本探しが憂鬱。さらに憂鬱なのは校正。かつて書いた原稿を校正で読み返すのがとにかく面倒くさい。誤字脱字を発見するたびにため息がでる。校正は時間がかかるし、現在書いているものを中断しなければならない。松原寛論の見直し、『罪と罰』論の続行、ひっきりなしに容赦なく襲ってくる神経痛、まったく寝る暇もない。なんだかこんな調子で九月もあっという間に過ぎ去っていくのだろう。コロナ騒動で今年度は一度も対面授業が行われず、寂しいかぎりである。わたしは今年度で学部の講師も退任するので、学生諸君とじかに文学を語れないのは残念である。

 

  清水正への講演依頼、清水正の著作の購読申込、課題レポートなどは下記のメールにご連絡ください。
shimizumasashi20@gmail.com

 

帯状疱疹後神経痛と共に読むドストエフスキー(連載8)

師匠と弟子

清水正

 自ら弟子にした者たちはイエスが〈いと高き神の子〉であることを知らない。〈汚れた霊〉は遠くにイエスを見ただけでイエスが〈神の子〉であることを瞬時に看破する。

 ところで、ゲラサの地でイエスの起こしたことは何であったのか、改めて冷静に見ていくことにしよう。イエスは墓場の狂人にとり憑いていた〈汚れた霊〉に向かって出て行けと命じた。なぜそのようなことを命じたのかいっさい説明はない。〈汚れた霊〉は豚にとり憑くことを条件にイエスの命令を受け入れた。これはイエスと〈汚れた霊〉の取引である。

 一人の人間に〈汚れた霊〉が入り込んでいたということは、つまり〈汚れた霊〉は或る何ものかによってその力を封じ込められていたことを意味する。犠牲になった一人の人間にとっては災難であるが、そのことによって他のゲラサの人々は安泰な生活を保証されていた。ゲラサの豚飼いは二千匹の豚を所有していたのであるから、彼らがこの地でそれなりに豊かな生活を営んでいたことは確かであろう。いわば彼らはこの地で平穏な生活を送っていた。ところがある日とつぜんイエス一行がやってきて、この平穏を一挙に奪い去ってしまう。いったい湖に駆け込んで死んでしまった二千匹の豚の損害を誰が贖ってくれるのであろう。豚飼いたちは、イエスと〈汚れた霊〉とのやりとり、その取引を耳にしていたわけではないだろう。彼らにとって発狂した豚どもの突然の暴走は、常識を逸した驚愕の出来事であり、理性ではとうてい理解できないことであった。要するにイエスは、突然現れてゲラサ地方の秩序を破壊した男ということになる。ゲラサの人々が災いのもとであるイエス一行の退去を求めたのは当然すぎる。否、ゲラサの人々がも少し激しい性格の持ち主であったなら、イエス一行に殴りかかっていたかもしれない。

 イエスは〈汚れた霊〉も、ゲラサの人々も願っていなかったことをわざわざ起こして、平安を乱し、秩序を破壊して、そのまま立ち去っている。イエスの起こしたことに感謝しているのは、それまで〈汚れた霊〉にとり憑かれていた墓場の狂人だけである。はたしてイエスによって正気を取り戻したこの男が、ゲラサの人々に歓迎されたとはとうてい思えない。二千匹の豚の損害を抱えた豚飼いたちにとって、この正気に戻った男は復讐の的になる可能性が大である。いずれにせよ、イエスは頼まれもしないのに余計なことをしでかさずにはおれない男ということになる。こういった男を、弟子たちはどう思っていたのか。このゲラサの豚の場面では、弟子たちにはいっさい照明が与えられていないが興味のあるところである。

 福音書において〈汚れた霊〉はイエスと直接言葉を交わしている。〈汚れた霊〉の存在が疑いようもなく認められている。わたしは福音書に人間イエスの姿を的確に捉えようとしているのだが、このイエスはすでにたっぷりと霊的な要素を体内に取り入れてしまっている。彼はナザレのイエスであると同時に〈神の子〉という衣を肉化している存在でもある。ナザレのイエス、人間イエスは、福音書が書かれた時点ですでに神の子の衣装を着せられた存在に変容していたということである。

 ドストエフスキー文学に関心のあるひとはぜひご覧ください。

清水正先生大勤労感謝祭」の記念講演会の録画です。

https://www.youtube.com/watch?v=_a6TPEBWvmw&t=1s

 

www.youtube.com

 

 「池田大作の『人間革命』を語る──ドストエフスキー文学との関連において──」

動画「清水正チャンネル」で観ることができます。

https://www.youtube.com/watch?v=bKlpsJTBPhc

 

f:id:shimizumasashi:20181228105251j:plain

 清水正の著作はアマゾンまたはヤフオクで購読してください。https://auctions.yahoo.co.jp/seller/msxyh0208

 

(人気ブログランキングに参加しています。よろしければクリックお願いします)

これを観ると清水正ドストエフスキー論の神髄の一端がうかがえます。日芸文芸学科の専門科目「文芸批評論」の平成二十七年度の授業より録画したものです。是非ごらんください。

ドストエフスキー『罪と罰』における死と復活のドラマ(2015/11/17)【清水正チャンネル】 - YouTube

 

 https://www.youtube.com/watch?v=KuHtXhOqA5g&t=901s

https://www.youtube.com/watch?v=b7TWOEW1yV4