清水正の『悪霊』論 坂下将人 連載7

清水正の著作、D文学研究会発行の著作に関する問い合わせは下記のメール shimizumasashi20@gmail.com にお送りください

     清水正ドストエフスキー「悪霊」の世界』(Д文学研究会 1990年7月 限定100部非売品)


連載6

清水正の『悪霊』論

坂下将人

清水正「『悪霊』について―神話的心理学的側面からの考察―」 (1991)

 『悪霊』を「父殺し」の文学としてだけでなく、「母殺し」の文学としても捉える清水は、本稿において「ワルワーラ」に対する考察を中心に行っている。

 ワルワーラは、ステパンとニコライの二人によって「「ウロボロス」的大地」である「スクヴォレーシニキ」から解放されなかった。しかしワルワーラは、「ダーリヤ」と「ソフィヤ・マトヴェーヴナ」によって「聖母マリア」に似た存在へと昇華し、「ナジェージダ・エゴーロヴナ・スヴェトリーツィナ」に変容し得る可能性を残している。従って、ワルワーラがニコライとステパンの二人の「息子」を死者として取り戻す方法によって受胎し、うみ出される子供は「イエス・キリスト」に他ならない。

 『悪霊』ではワルワーラは「「ウロボロス」的大地」である「スクヴォレーシニキ」という「父性の霊」によって受精した結果、「負のキリスト」である「ニコライ」をうみ出し、古代異教徒的信条を保持したままキリストの必要性を説く、「擬似的なキリスト」である「ステパン」を「息子」(「愛人」)とするに留まった。従って清水は、ワルワーラの使命は「「負のキリスト」である「ニコライ」と「ステパン」の「二人の「息子」」を「死者として取り戻し」、「ダーリヤ」と「ソフィヤ」の力を借りて、「真のキリストをうみ出す」ことにある」と述べている。

清水正『「悪霊」の謎──ドストエフスキー文学の深層』(1993年8月 鳥影社)

坂下将人(プロフィール)

日本大学大学院芸術学研究科博士後期課程修了。ドストエフスキー研究家。日大芸術学部文芸学科非常勤講師。論文・エッセイに「『悪霊』における「豆」」(「江古田文学」107号)、「ф・м・ドストエフスキー研究の泰斗」(「ドストエフスキー曼陀羅」特別号)、「清水正著『ウラ読みドストエフスキー』を読む」(『ドストエフスキー曼陀羅』)、「ф・м・ドストエフスキー『悪霊』──「鳩」に関する一考察」(「藝文攷」27号)、「ф・м・ドストエフスキー『悪霊』──先行研究一」(「清水正研究」2号)その他。