帯状疱疹後神経痛と共に読むドストエフスキー(連載1)師匠と弟子

近況報告

8月30日締め切りの「雑誌研究」の課題レポートを読んでいる。中には多くのひとに紹介したい面白いレポートもあるので、承認が得られれば本ブログでも載せていきたいと思う。前期授業は一回の面談授業もなく終わったが、レポートの質は例年とかわりない。本を読んだり書く作業は今の自粛生活の方が好都合ということであろうか。受講生の顔を見ず、声も聞かずのオンライン授業はさびしい限りだが、今、わたしたちは否応もなく新しい時代を迎えているのだろう。この時代に積極的に肯定的に向き合うこと、そうすることで少しでも元気になるほかはない。

先日、約束した通り、今日から退院後に執筆した原稿を連載することにする。

 

帯状疱疹後神経痛と共に読むドストエフスキー(連載1)

師匠と弟子

 清水正

 林芙美子の『浮雲』論を書き進めいていくうちに、『罪と罰』の「ラザロの復活」の場面に行き着いた。入院したその日(2015年12月7日)から2016年1月15日まで、徹底して「ラザロの復活」場面を検証することにした。一段落したのですぐに松原寛論にとりかかり、これは退院(2016年2月29日)までに一応書き上げた。

 「水泡性類天疱瘡」(2015年12月14日に診断)の治療中に「帯状疱疹」(2016年1月15日)に襲われ、恐れていた帯状疱疹後神経痛になってしまった。以降、痛みの質は違うが毎日続いている。最初は左脇部から腹部にかけて電流が走るような痛み、それから肉を強く握られているような痛みが五、六秒置きに続き、五ヶ月たった今はしょっちゅう痛みが襲っている。入院中も退院後も、この痛みと共にあって原稿を書き続けている。まるで十字架を背負ってゴルゴタの丘を歩んでいるような気分である。

 「ラザロの復活」をさらに検証するためにも、まずはマルコ福音書を批評しようかと思った。ドストエフスキーの作品を批評する仕方でマルコ福音書を読んでみようと思ったのである。

 なぜイエスは死んで四日も経ったラザロを復活させたのか。わたしは「ラザロの復活」の場面を読むたびに素朴な疑問を抱かずにはいられない。一つはなぜイエスは奇跡を起こすのか、である。ドストエフスキーは『白痴』の主人公ムイシュキンを〈真実美しい人間〉として造形した。つまりムイシュキンは十九世紀ロシアに降臨したキリストと見なすことができる。ムイシュキンは作中において何一つ奇跡を起こしていない。十七歳のイッポリートは、医師から余命二週間と告知される。ムイシュキンはこのイッポリートの病を癒すことはできない。ナスターシャ・フィリッポヴナの悲しみと苦悩を直観的に知ることはできても、彼女がロゴージンの刃に倒れる、その悲劇を阻止することもできない。いわば、ムイシュキンは純粋無垢な心を持った余計者、道化としてペテルブルクにやって来ただけで、畢竟、誰一人救うことはできなかった。

 四福音書のうち、わたしはまず「マルコ福音書」を丁寧に読み進んでいこうと思う。マルコでわたしの注意を最初に引いたのは

 

  ガリラヤ湖のほとりを通られると、シモンとシモンの兄弟アンデレが湖で網を打っているのをご覧になった。彼らは漁師であった。

  イエスは彼らに言われた。「わたしについて来なさい。人間をとる漁師にしてあげよう。」

  すると、すぐに、彼らは網を捨て置いて従った。

  また少し行かれると、ゼベダイの子ヤコブとその兄弟ヨハネをご覧になった。彼らも舟の中で網を繕っていた。

  すぐに、イエスがお呼びになった。すると彼らは父ゼベダイを雇い人たちといっしょに舟に残して、イエスについて行った。(59~60)(引用は特に断らない限り『聖書』1987年3月1日2版10刷 翻訳 新改訳聖書刊行会 発行 日本聖書刊行会)である。

 

  わたしが初めてこの場面を読んで面白いと思ったのは、イエスに声をかけられたシモン、アンデレ、ヤコブヨハネの四人がなんのためらいもなく、イエスの言葉に従っていることであった。いったい、彼らはイエスを知っていたのか、それともこの日が初対面であったのか。彼らはイエスに向かって何も質問しなかったのか。マルコの記事は簡潔であり、いっさい余計なことは書いていない。読者はここに書かれた事実のみを受け止めるしかない。

 イエスの言葉には、有無を言わせぬ人智を超えた力が備わっており、イエスに命じられた者はそれに従うほかはなかったということであろうか。

 夏目漱石の門下で最もドストエフスキーに心酔していた森田草平は、人間には生まれつき師匠になるタイプと弟子になるタイプがいるということをどこかで書いていた。わたしは今まで生きてきて、だれかについて勉強しようとか教えを乞おうとか思ったことは一度もない。二十の頃、ロシア文学者の小沼文彦が主宰していた日本ドストエフスキー協会資料センターに出入りしていたが、別に小沼氏に師事するという気持ちはまったくなかった。そこでドストエフスキーに関してさまざまな話が展開されたが、主に話していたのはわたしであって、ことドストエフスキーに関して小沼氏から影響を受けたことはない。ただし、小沼氏がロシアで抑留されていた時の話や、先輩ロシア文学者たちの人間くさい生々しい話は抜群に面白く、今でも鮮明に記憶している。

 

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ドストエフスキー『罪と罰』における死と復活のドラマ(2015/11/17)【清水正チャンネル】 - YouTube

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