文学の交差点(連載10)■未亡人カチェリーナの〈踏み越え〉とソーニャ ■息子ロージャのために身売りする母と妹ドゥーニャ

「文学の交差点」と題して、井原西鶴ドストエフスキー紫式部の作品を縦横無尽に語り続けようと思っている。

最初、「源氏物語で読むドストエフスキー」または「ドストエフスキー文学の形而下学」と名付けようと思ったが、とりあえず「文学の交差点」で行く。

池田大作の『人間革命』を語る──ドストエフスキー文学との関連において──」

動画「清水正チャンネル」で観ることができます。

https://www.youtube.com/watch?v=bKlpsJTBPhc

 

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これを観ると清水正ドストエフスキー論の神髄の一端がうかがえます。日芸文芸学科の専門科目「文芸批評論」の平成二十七年度の授業より録画したものです。是非ごらんください。

ドストエフスキー『罪と罰』における死と復活のドラマ(2015/11/17)【清水正チャンネル】 - YouTube

文学の交差点(連載10)

清水正

■未亡人カチェリーナの〈踏み越え〉とソーニャ  

    未亡人カチェリーナ・イワーノヴナは愛も尊敬もないマルメラードフの求婚を受け入れた。なぜなら、この求婚を受け入れなければ幼い子供三人を道連れに一家心中でもするほかはなかったからである。つまりカチェリーナにとってマルメラードフとの結婚は、追いつめられた果てでの〈踏み越え〉であった。この不本意にも〈踏み越え〉せざるを得なかったカチェリーナが、継子となったソーニャに「この穀つぶし、ただで食って飲んで、ぬくぬくしてやがる」「なにを大事にしてるのさ! たいしたお宝でもあるまいに!」と〈踏み越え〉を迫る。カチェリーナに言わせれば、「私も踏み越えたんだからおまえも踏み越えな」というわけである。

 もちろん、カチェリーナは好きこのんでこんな乱暴な口をきいているのではない。彼女がソーニャに〈踏み越え〉を迫る背景には、家主アマリヤからの三度にわたる誘惑があった。アマリヤの背後には女衒のダーリヤ・フランツォヴナがいた。この女衒は『罪と罰』の舞台に名前だけ登場するが、いわばソーニャの〈踏み越え〉の仕掛け人である。おそらくこの女衒はペテルブルク中の淫蕩なる高位高官の名簿を握っており、不断に獲物を物色していたのである。貧しい家の若い処女は、淫蕩漢たちの格好の獲物なのである。ソーニャの処女の対価を銀貨三十ルーブリに決めたのもダーリヤであったのかもしれない。作品において闇取引の実態に証明が当てられることはないので、読者は想像をたくましくするしかない。ソーニャが持ち帰った銀貨三十ルーブリのうちから、カチェリーナは手数料をダーリヤに支払う必要があったのかもしれない。が、どういうわけかアマリヤやダーリヤが納得するような〈挨拶〉がなかったので、ソーニャはアパートから追い出される羽目に追いやられたと考えることもできる。こういった描かれざる領域に想像力を働かせていくと、もう一編の〈小説〉を書かなければならないような気になってくる。

 

■息子ロージャのために身売りする母と妹ドゥーニャ

 さて、プリヘーリヤに戻ろう。プリヘーリヤが愛も尊敬もない〈商人〉アファナーシイと関係を持ったとすれば、それは彼女における〈踏み越え〉にほかならない。プリヘーリヤにとって〈一人息子〉のロージャは〈すべて〉であり〈希望の星〉である。ロージャは百二十年の歴史を持つラスコーリニコフ家を再建しなければならない、そういった使命を持った一人息子なのである。プリヘーリヤはこの息子のためなら身売りさえ厭わない、そういう母親なのである。だからこそ、すでに〈踏み越え〉たカチェリーナがソーニャに〈踏み越え〉を迫ったように、プリヘーリヤもまた娘ドゥーニャに愛も尊敬もない弁護士ルージンとの結婚を迫るのである。 ドゥーニヤは悩みに悩んだ末に母プリヘーリヤの願いを受け入れる。プリヘーリヤが手紙で書いていたように、ドゥーニャにとっても兄のロジオンは〈すべて〉であり〈希望の星〉なのである。賢いドゥーニャはルージンが俗物であることを瞬間的に見抜く。が、ルージンが現実の世界において成功を収めたやり手であることも十分に承知している。ドゥーニャは結婚の相手に尊敬できる男性を選ぶことはできなかった。一家の柱であり杖である兄ロジオンのためなら我が身を犠牲にすることも厭わなかったのである。が、いくら母親に勧められたとはいえ、ドゥーニャがルージンとの結婚を承諾したことは賢明ではなかった。