荒岡保志の偏愛的漫画家論(連載38)

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荒岡保志の偏愛的漫画家論(連載38)

山野一
「消えた天才漫画家の復活を再び祈る」(その②)


●初期山野漫画の傑作「四丁目の夕日」を読む(その①)


山野漫画を完全に確立したと言い切れる「四丁目の夕日」は、1985年「月刊ガロ」7月号から1986年7月号まで、約1年間に渡って連載された。そのタイトルは、言うまでもなく戦後日本漫画を代表する「西岸良平」の「三丁目の夕日」を捩ったものだ。
また、1986年に、青林堂より発行された単行本「四丁目の夕日」の表紙、カバー絵を見て欲しい。
爽やかな笑顔の青年と、その父が、希望に目を潤ませながら夕日を指差す姿が描かれている。それこそ、「三丁目の夕日」である。
当時、その類、癒し系の作品と勘違いして購入し、更に完読された方が存在したとすれば、その方は一生取り返しの付かない事になっただろう。山野ワールドのトラウマに生涯悩まされる事になるのだから。山野漫画は、それぐらい「取り扱い注意」が要する危険物なのだ。

主人公は「別所たけし」、進学校に通う大学受験を控えた高校生である。成績は優秀で、一流の国立大学を志望している、真面目で勤勉な少年だ。
父は「富茂」、14歳から印刷一筋の印刷工で、42歳にして漸く、小さいながらも印刷工場を経営するに至る。富茂の無学歴のコンプレックスが、たけしを猛烈な受験生に仕立て上げる。また、たけしもそれに応え、また小さな印刷工場を経営と言う父の経済力を考慮して国立大学を志望するのだ。
別所家は、たけし、父富茂、母「マス江」、妹「弘子」、弟「ひでき」の5人家族で、零細企業の印刷工場の経営は苦しく、決して楽な生活とは言えなかったが、たけしの順調な成績もあり、暖かく希望のある明るい家庭だったと言っていいだろう。
高校の同級生で、たけしの唯一の親友と言っていい「立花英一」は、有数の大企業立花物産の御曹司である。美男で、学力、スポーツ共に優秀、かと言って奢るところもなく、性格も良い。ただし、この立花の存在が、たけしをよりどん底へと沈めるのに一役買っているのだ。
「恭子」は、たけしのガールフレンドである。たけしを度々デートに誘うのだが、勤勉なたけしは、受験が終わるまではとその誘いを断り続けている。自己中心的な性格で、たけしのもどかしい態度に切れる場面もある。

そんな生活の中で、突然の事件がたけしを襲う。工場のゴミ焼却炉にあった昆虫退治用のスプレー缶が爆発し、マス江が重症を負ってしまうのだ。
その入院治療費の為に、借金は嵩む。たけしは、富茂に、大学進学を諦め、印刷工場を手伝う事を申し出るが、頑として受け入れない富茂である。たけしの大学進学は、富茂とマス江の夢でもあるのだ。
マス江の入院治療費、たけしの大学受験の為、富茂は今までにも増して、それこそ不眠不休で働き続ける。
そして、更に不幸な事件がたけしを襲う。流石に、無理が祟った富茂は、その疲労、睡眠不足から不注意で輪転機に巻き込まれ、壮絶な死を遂げるのだ。

ここから、たけしの転落した人生が始まるのだ。
勤勉な大学受験生、暖かい家族、希望に満ちた明るい家庭、可愛いガールフレンド、そんな曖昧なものを破壊するには、ゴミ焼却炉に放り込んだスプレー缶が一本あれば良い。

富茂の告別式に、突如現れる金融業者。金融業者と言うより、完全な暴力団である。富茂は、経営する印刷工場の為に、かなり際どい融資を繰り返して来たのだろう。
悪徳金融業者から多額の借金が残った印刷工場を維持する為に、たけしは遂に大学受験を断念する。
何とか印刷工場を立て直そうと努力奮闘するたけしだが、中々上手く行かないのが現実で、印刷工場は敢え無く差し押さえとなってしまう。

その頃、ガールフレンドの恭子は、立花の部屋で、立花とベッドを共にしている。
以前、暴漢に襲われた恭子を、通りかかった立花が助けている。それから恭子は立花に接近し、自己中心的な恭子は、落ちぶれたたけしから立花に乗り換えたのだ。

たけしは、弘子とひできを連れ、一間の安アパートに転居する。そして、家族3人の生活の為、金属加工工場に勤務するようになる。
工場の先輩からは虐げられ、上司は無理な仕事を押し付ける。安アパートの階下の住人は、常時殺虫剤を手にする変質者で、隣人は七輪で受話器を焼く狂人である。
その中で、生活に追われ、夢も希望も捨てたたけしの精神も、徐々に蝕まれて行く。

ある雨の強い夜、バイクで取引先に納品へ向かうたけしは、途中、車とのトラブルで喧嘩になる。そこを偶然通りかかった立花と恭子がたけしを助け、久しぶりの対面と言う事もあり、ファミリーレストランでお茶を飲む運びになる。
立花と恭子は、あまりにも変わり果てたたけしに驚愕する。恭子に於いては、何か汚い物でも扱うかのような態度である。それぐらい、たけしの人格は破壊されているのだ。

その深夜、たけしは、寝入る弘子とひできの目を盗んで外出する。
ボルトナットを握り締め、たけしはマンホールの蓋を開けると、下水道に降りるのだ。
そこに、たけしの秘密基地はあった。明かりがとられ、小さなちゃぶ台、タンスなどが置かれ、たけしが頻繁に使っている事が分かる。
そして、たけしは、クスクスと笑いを押し殺し、用意したボルトナットを下水に投げ込むのだ。

ドヴン、と鈍い音と共に水面に広がる波紋。懐中電灯で照らしながら、その波紋を見つめるたけし。
桜の花びらが舞い落ちる中、たけしの大学合格発表の風景が、その波紋にゆらゆらと浮かび上がる。父、母が喜んでいる。妹、弟の笑顔もある。立花も祝福してくれている。そして、たけしの隣には、恭子が居る。たけしは恭子の肩に手を回す。
特別な風景ではないのだ。たけしに、当然訪れただろう本当の人生だ。たけしは、満足気に、その波紋が消えて行くまで見つめ続けるのだ。

生活に追われ、夢も希望も捨てたたけし。その過酷とも言える日々の中で、本来の自分の姿を、下水道の、ボルトナットを投げ込んだ波紋の中に見出す。たけしの、唯一の安堵の時間がそこに流れるのだ。
ボルトナットは、金属加工工場で勤務する過酷な現実社会である。波紋の中には本来のたけしが居る。この相反する世界は、紙一重、否、水面により分かれているだけなのだ。ゴミ焼却炉に放り込んだたった一本のスプレー缶の為、ただそれだけの事なのだ。
たけしは、これからも、波紋に映る本来の自分、本来の家族の姿のみを唯一の拠り所に、過酷な現実を生き抜くのだろう。

百凡の漫画家ならば、ここがラストシーンだろう。漫画家ならば、と言うより、人間らしい感情があれば、である。
絶望に次ぐ絶望に打ち拉がれたたけしも、下水道の中に、ほんの一瞬の安らぎを得るのである。そして、妹の為、弟の為に、明日から始まる過酷な人生を生き抜けるのだ。

ここで、我等が山野一は、鬼畜漫画家とも異名を取る事を忘れてはいけない。鬼畜に妥協はないのだ。
不幸に次ぐ不幸、絶望に次ぐ絶望、その深淵にある更なる不幸、そして絶望。

再び、枡野浩一の言葉を思い出して欲しい。
「『信じられないほど不幸な人生』というのを、今ここで想像してみてほしい。きっとあなたの想像力より、山野一の想像力のほうが、はるかに深いどん底を覗いている」。

山野漫画の本当の地獄はここから始まる。

柏「水郷」にて。撮影・清水正2011.2.5