荒岡保志の偏愛的漫画家論(連載32)

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荒岡保志の偏愛的漫画家論(連載32)
山口貴由
 「ビジュアル系ハードコア漫画道を覚悟して読め!」(その⑤)


●山口漫画の肝、「悟空道」に登場する魅力的なキャラクターたち

この「悟空道」も、「覚悟のススメ」同様、否、それを超える2500ページに及ぶ超大作である。その膨大なストーリーの全編を追う事は控えたい。ここではその輪郭だけをお話するに止める事をご容赦願いたい。また、この大作も一読の価値あり、機会があれば是非手に取って読破して頂きたい作品である、と付け加えておこう。

ここで、初めに、「悟空道」に登場する山口漫画独特の登場人物、キャラクターたちをご紹介しよう。ベースが「西遊記」と言う、誰もが知るお馴染みのキャラクターたちも、山口貴由の手に掛かるとここまで独創性を発揮するのか、と唸る強烈さである。

まずは、「三蔵法師玄奘」、このストーリーの中心人物にして、言わずと知れた徳の高い僧侶である。元々「西遊記」に登場する「玄奘三蔵」は実在する僧侶がモデルとなっていると言われている。
この「悟空道」に登場する三蔵法師は、美しい女性の姿をしている。これは、1978年から1980年にかけて「日本テレビ」系で放映された特撮ドラマ「西遊記」で、三蔵法師役を「夏目雅子」が男形で演じた名残、否、発展形であろう。事実、あの高視聴率を叩き出した名作テレビドラマの影響で、三蔵法師は女性であると勘違いした視聴者が多かったそうだ。その事も手伝い、その後に、国内でドラマ化、映画化された「西遊記」でも、三蔵法師役は漏れなく女優が演じるようになるのだ。

「悟空道」の三蔵法師には、オリジナルとの圧倒的な相違点が存在する。それは、一言で言い表せば「傾国」と言う事である。「傾国」とは、その色香で一国を滅ぼす能力、とでも言うか。「悟空道」の三蔵法師は、女優が男形として演じている訳ではない、普段は蜂蜜色の肌を亀甲に縛り上げ、その強烈な色香を抑えている「傾国」、人界の破壊兵器なのだ。即ち、この「悟空道」には表裏があり、表向きは、三蔵法師が神通力を持つ3仙人を従え、経典を受け取りに天竺を目指す、と言うストーリーであるが、裏方では、人界と獄界の勢力争い、言わば戦争で、三蔵法師こそ、人界の帝「大宗」が獄界に送り込んだ刺客なのだ。

八戒」、またの名を「雲桟堂加熱鈀」。このキャラクターはある程度「西遊記」を踏襲している。元々は、天界から地上へ落とされた仙人が、うっかり雌豚の体内に入ってしまった為に、容姿が豚になってしまう、と言う設定の「西遊記」であるが、「悟空道」でも、容姿はそのまま丸々と肥えた豚である。キューピー人形のようにお目目パッチリでチャーミングな印象だが、その腹の底に灼熱の炎を溜め、一気に放出、何物も焼き尽くし塵と化す恐るべき能力を持つ。やはり大食らいで、いつでも腹を空かし、巨大なフォークを手にしているが、このフォークも灼熱化し、捕らえた獲物を焼き尽くす。鋭い牙を持ち、キレると悪魔の形相になる、やや危ないキャラクターである。
勿論、心から三蔵法師を敬愛している。

「悟浄」、またの名を「自在宝杖」。天界から流砂河に追放され、そこで人を襲う妖怪になった顔の黒い男と言う設定の「西遊記」であるが、日本では、何故か河童の妖怪として扱われる事が多い。これは、流砂河が、水の流れる河と勘違いされた為だと言う。
「悟空道」に登場する悟浄は河童の妖怪ではない。イメージとしては、「首をはねろ!」の色男「ジュテーム雪海」を彷彿とする二枚目であるが、性格的には真面目で常識的、山口漫画の主要キャラクターとは思えないほど正当なヒーローキャラである。唯一、やはり三蔵法師を敬愛するが、悟浄のそれは、かなり恋愛感情に近い。
身体全体がゴムのように柔軟に伸び縮みする能力を持つ。

「悟空」。またの名を「斉天大聖」、また「人外大魔猿」。設定は「西遊記」通り、暴れ者だった悟空は、釈迦如来により五行山に封じ込められる。岩から生まれた大猿で、滅法強い。何しろ、釈迦如来に封じ込められる前は、獄界七大国の真王者であったのだ。
そして、通り掛かった三蔵法師により釈迦如来の呪縛を解かれる悟空は、500年前の暴れ者であった自分と同じ生き方はしたくないと三蔵法師の弟子入りを懇願し、受け入れられる。そして、八戒、悟浄と共に、三蔵法師の天竺への旅に同行する事になるのである。
武器は、何でも破壊し、自由自在に大きさを変える「如意棒」、自分の髪の毛を、手刀のように尖らせ飛ばす「穿闘髪」、そして空翔る雲「觔斗雲」。この武器、能力も「西遊記」と何も変わらない。精々、觔斗雲が擬人化されて描かれているところぐらいの物だろう。
八戒、悟浄同様、悟空も、三蔵法師を敬愛する。ただし、悟空もまた、三蔵法師に恋愛感情を持つようになる。それは、三蔵法師が「傾国」だからである。三蔵法師の「傾国」は、獄界の真王者まで虜にしてしまう訳だ。

「千里馬」。三蔵法師の乗る馬。「西遊記」では、「玉龍」と言い、龍の化身としているが、ここでは何の変哲もない白馬である。最後の最後に、釈迦の法力で龍と化す場面もある。因みに、山口貴由は、釈迦の法力を「釈迦力」、「シャカリキ」と読ませている。これもヤンキー漫画の名残である。

人界の帝「大宗」。獄界に三蔵法師を送り込んだ人界の長。「久遠紫禁城」にて、僧侶「法明」、「魏徴」、「袁守誠」と獄界を滅ぼす策略を立てるが、この大宗こそ、三蔵法師の「傾国」に惑わされた第一人者である。かくも恐ろしきは女の色香、と言う事だ。


●七つの獄界は現代社会の縮図である

八戒、悟浄、そして悟空の3仙人を従え天竺に向かう三蔵法師一行であるが、進むのは獄界、獄界の七つの国にはその数と同じ魔王が住み、行く手を阻む。山口貴由の手によって創造された七つの国であるが、その一つ一つが、「いつか、どこかの国」と表現されるような独創性を持ち、そこに住む魔王にしては尚一層である。ここで、三蔵法師一行と共に、獄界の七つの国を旅して見よう。

第一番目地「黙示国」

高層ビルの廃墟が立ち並ぶ街。大昔の人間の住み家だと悟空は言う。時代は近未来、国はやはり日本か亜細亜だろう。ここには現代人はおらず、人間は皆、何故か兎の格好をしている。
「黙示国」の王は「透孩児」、その聳え立つ廃墟と同じぐらいの巨大な王は、何と全身が透明である。力だけが求められる獄界の王としては、身体が透明である事も一つの武器なのだろうが、透孩児に取ってはそれはコンプレックスでしかなく、自分の身体を取り戻す為に三蔵法師を誘拐、その鮮血を飲み干す事に依って身体を染めようと試みる。

「黙示国」には、もう一人、このストーリーにとって重要なサブキャラクターが登場する。それは、「梟」と言う妖魔で、ここでは、人間を捉えては食らう「凶暴六義兄弟」の首領として登場しているが、現れる斉天大聖、悟空を恐れ、非常にも自分以外の義兄弟を斬首して侘び、他国へ逃げる。常に力のある者に寝返る、調子者で卑怯者でもあるが、何処か憎めないキャラクターでもある。「悟空道」の、もう一人のレギュラーである。

第二番目地「不倫国」

時代は日本で言えば江戸時代あたりか、現代か。街並みから判断すると、日本と言うよりは中国、亜細亜に近い。一見、和な農村のようである。
「不倫国」の王は、「艶天大聖死鳥」、悪魔的な美貌と永遠の若さを持つ。自分に釣り合う美貌の女性を捜し求める恋愛求道者であり、完全な美しい女性を求めるものの、その完全主義が災いして、来る美女を皆惨殺してしまう。年頃の女性を一人残らず献上させ、美しい女性は愛妾の候補に、そうでない者は、永遠の若さを保つ為の果実、「人参果」の肥しとされる。
総司令官は「礎歌」、頭部が4面の顔からなる妖魔で、その顔の口から火を噴き、舌は鋭い刃となる。また、6本ある手をイカの触手に変え、自在に伸ばす能力も持つ。
そして、「黙示国」に引き続き、死鳥の僕として暗躍する梟が登場するが、ここでも死鳥に就いたり悟空に就いたり、その身軽さを全面に出す。

第三番目地「武器国」

ここは、アメリカ合衆国が産声を上げたばかりの開拓時代の西部であろうか。登場する人間たちも、東洋人ではなく、明らかに白人である。
「武器国」の王は、「紅孩児」、「西遊記」では、「牛魔王」と「羅刹」の子として書かれている。「悟空道」の紅孩児は、大きな銃を持ち、一兆度に燃え上がる火の玉の少年である。このキャラクターは、「みな殺しのアモール」のアモールだ。
紅孩児は、本人の力も然る事ながら、武器マニアで、巨大な戦闘ロボットまで操縦する。灼熱の瞳を持ち、何事にも一直線で、妖魔としての人間を貶めたりはしない。ただ、力対力で戦いたい本能だけで生きている。
紅孩児との戦い。悟空は紅孩児を粉砕するのだが、未だ少年の紅孩児を殺めた悟空は、三蔵法師の怒りを買い、破門されてしまう場面もある。

そして、「武器国」と隣接する「精霊国」に、「崇天大聖酋王」と言う王が居る。「精霊国」は、同じく開拓時代のインディアンの部落のような国である。
悟空と酋王は、500年前に命を賭した喧嘩をし、引き分けている。それから親友となった訳だ。喧嘩をすれば親友、と言う「週刊少年チャンピオン」の王道パターンである。
その酋王は、突然現れた紅孩児に銃で撃たれ、今も尚、その銃弾は酋王の額にめり込んだままとなり、酋王の魔力を封じ込めている。
しかし、紅孩児と対決する悟空の助太刀に入る酋王は、紅孩児の操縦する戦闘ロボットにその銃弾を攻められ、悟空の腕の中で果てるのだ。

第四番目地「百鬼国」

「百鬼国」は、獄界で勢力争いに破れ、城も都も魔王の水に沈められ、王も民も深い黒水河の底で眠っている。
ここの王は「濡天大聖犯海」、その事情により、魔力は封じ込められ、深い河の底を漂う。「百鬼国」の生き残りの妖魔が、犯海の魔力を蘇らせる為に三蔵法師を供物にしようと企むが、ここは、三蔵法師の法力だけで乗り越える。ここでは、「武器国」で破門したばかりの悟空が不在なのだ。三蔵法師にとって運が良かったのは、犯海の魔力が封じ込められていた事、また、人界の大宗、三蔵法師を見守る僧侶たちが「久遠紫禁城」から法力を送り込み、力添えしていた事である。

第五番目地「滅法国」

時代は江戸時代、ここは最も華やかだった頃の日本と見る。このストーリーは、郊外の農村からスタートするのだが、舞台の中心は首都「狂都」、そのまま「京都」から命名されているが、どう考えてもこの首都のモデルは「江戸」、しかも「吉原」である。
農村では、厳しい徴兵制から我が子を守る為、親は、敢えて鬼となり子を方輪にし、街では、妖魔たちが人間を奴隷として暴行を奮う。一見華やかな街であるが、その根底はやはり極界である。
「滅法国」の王は、「極天大聖魔鯱」、普段は鯱の姿をし、水の中に潜む。妖魔として現れる際は、歌舞伎役者のように、長い髪を振り乱し、能面を付ける。かなり手強い妖魔で、その「吸血剣濡村正」はどんな物でも破壊する。前妻は、「百鬼国」の犯海である。また、「西遊記」のオリジナルキャラクターの「金角大王」、「銀角大王」を従えている。「西遊記」では、「九尾の狐」を母に持つ兄弟と言う設定であった。
もう一つ、ここでも登場する梟は、かなり繁盛する女郎屋の親分となっている。世渡りの上手い梟であるが、中々商才もあるようだ。

「滅法国」で三蔵法師一行を救う悟空は、ここで破門を解かれ、再び天竺への旅に同行する事になる。

第六番目地「傲来国」

石器時代か、現代か、未だ恐竜や巨大な昆虫が往来する原生林の国。ただし、悟空の故郷でもある。この国の住民は人間ではなく、未だにして猿のままである。
「傲来国」は、悟空の不在中に、「駆天大聖獅蛇」によって征服されていた。獅子の鬣を持つ獅蛇は、その鬣を剣山に変え、その鋭い爪を刃に変える。
「傲来国」で魔羅さそりに指された三蔵法師の解毒、そして奴隷となって弄られる猿たちを救う為に悟空は立ち上がるのだ。

最終地「魔羅国」

「魔羅国」は、時代背景もモデルの国さえ見当の付かない、架空の都市である。石垣により建てられた家が立ち並ぶが、この街を見下ろす「火焔山」の影響で、常時高温な気候である為だろう。ここで暮らす人間たちも、泥を全身に塗り、その高温な気候から身を守っているのだ。
「魔羅国」に聳え立つ「翠雲山」に、「羅刹女」が居る。この妖魔が持つ「芭蕉扇」が、「火焔山」の炎を鎮め、「魔羅国」に雨期が来ると言う。
この羅刹女は、「西遊記」のオリジナルキャラクターである。そして、あの「武器国」の王、紅孩児の母である。これも、「西遊記」通りの設定だ。
また、「魔羅国」の王は「斉艶極崇瓢濡暴天大聖魔王」、悟空さえ見た事のない伝説の王である。その力強い角を見ると、この魔王は、「西遊記」の「牛魔王」がモデルなのではないかと連想するが、牛魔王と言えば羅刹女の夫にして紅孩児の父である訳だから、そこは無関係なのだろう。

ここで魔王は、悟空に真実を話す。魔王には分かっているのだ、三蔵法師が、人界が極界に送り込んだ最終兵器であり、極界を滅ぼさんとしている事が。勿論、三蔵法師の術中に嵌っている悟空がそんな事を信じる訳もないが。

そして、最後の強敵を倒した三蔵法師一行は、遂に極楽地、天

荒岡 保志(アラオカ ヤスシ)のプロフィール
漫画評論家。1961年7月23日、東京都武蔵野市吉祥寺生まれ。獅子座、血液型O型。私立桐朋学園高等学校卒業、青山学院大学経済学部中退。 現在、千葉県我孫子市在住。執筆活動と同時に、広告代理店を経営する実業家でもある。漫画評論家デビューは、2006年、D文学研究会発行の研究情報誌「D文学通信」1104号に発表された「偏愛的漫画家論 山田花子論」である。その後、「児嶋 都論」、「東陽片岡論」、「泉 昌之論」、「華 倫変論」、「ねこぢる論」、「山野 一論」などを同誌に連載する。