荒岡保志の偏愛的漫画家論(連載22)

●処女作品集「カリクラ」を発行


講談社「週刊ヤングマガジン」には水が合ったのか、かなりのローペースではあったが、読み切り短編作品をポツポツと発表し始める。年間で5、6本程度の発表であった訳だから、相当なローペースである。

そして1998年2月に、待望の処女作品集が発行される。勿論、講談社ヤンマガKC」からの発行である。これだけローペースで発表された短編作品である、処女作品集を発行するまでに、デビューから3年間の歳月を要してしまった訳だ。
処女作品集のタイトルは「カリクラ」、その第1巻である。単純に「華倫変倶楽部」の略とも捉えられるが、これは、古代インドから言う、世界の終末を意味する「カリ・ユガ」を意識したタイトルであろう。これから批評する短編作品にも如実に表現されるのであるが、華倫変は、かなり信仰心が厚かった可能性が高いのだ。
そして、サブタイトルは「人外虹色サロン」、取って付けたようなサブタイトルではあるが、「人外」も「サロン」も、なるほど、この「カリクラ」の収録作品では確実にイメージ出来るか。

その記念すべき処女作品集「カリクラ①」であるが、まずはタイトルとなる連作短編作品「カリクラ」の第1話「AV」、第2話「スウィートハネムーン」、第3話「映研」の3話、そして単発の読み切り短編作品「張り込み」、「燃えよアニメ!!」、「電車がこない」、「赤い鎖骨」、そして前回批評した第2のデビュー作に当たる「ピンクの液体」の8編が収録されている。

引き続き、その僅か3ヶ月後になる1998年5月発行されるのは、勿論「カリクラ」の第2巻である。同じく「ヤンマガKC」から発行される。
「カリクラ②」の収録作品は、「カリクラ」第4話「桶の女」、第5話「大林寺先生」、第6話「殺しのナンバー669」、第7話で最終話となる「バナナとアヒル」の4話、そして同じく連作短編作品となる「テレフォンドール」、そのTALK1「テレフォンレディ」、TALK2「テレフォンSEX」、TALK3「カエル」、TALK4「ポルノ」、LAST TALK「援助交際」の全5話を含む9編である。

処女作品集ながら、この短編集の完成度は高く、華倫変と言う天才漫画家の登場は各誌面を呻らせた。残念ながら受賞こそ叶わなかったが、新人にして、いきなり朝日新聞の主催する「手塚治虫賞」にノミネートされるに及ぶのだ。


華倫変と三好一郎


処女作品集「カリクラ」であるが、連作短編集とは名ばかりで、1話1話は完全に独立したストーリーであり、全体を通して一貫した主題もないが、その密度の濃さ、完成度の高さには圧倒される。
中でも一際異彩を放つのは、「カリクラ」第1話「AV」、「赤い鎖骨」、そして「テレフォンドール」TALK1「テレフォンレディ」だろう。それぞれが全く独立した作品で、全く違う設定で描かれた作品ながら、華倫変ご本人が徹底的に拘る「三好一郎」が登場する作品である。

何の面識もないAVの制作会社に、「そちらで男優として働いてみたいのだが、飲尿してくれるような女優はいるのか?」と電話をする三好。電話を受けた方は言うに言えない奇妙な感覚に襲われるであろう。話を聞くと、今までこの制作会社が制作したスカトロビデオを観ていてインスパイアされた、男優の仕事でもないかと思い電話をしたと言う。
三好は、とりあえずADとして採用されるのだが、その持ち前の強引さから本領を発揮して行くと言うストーリーの「カリクラ」第1話「AV」。

「赤い鎖骨」では、三好は気の弱い新人OL「西本恵子」の上司を演じている。何かに付けて、三好は西本を苛める。「お前は本当にバカだな!」と、何度も繰り返す。同僚の「寺高由美」は、「三好課長は、多分あなたに気があるわね」と言う。その矢先、西本は三好から食事の誘いを受けるのだ。
そして、少しだけ三好に気を許し始めた西本は、ドライブに誘われ、六甲山で三好の残忍な本性を知る、と言うストーリー。

「テレフォンドール」TALK1「テレフォンレディ」の主人公は、タイトル通りテレフォンレディである。テレクラに雇用されたサクラ、と言えば分かり易いか。中学を卒業したばかりで上京し、テレフォンレディとして生活する主人公が、テレクラで三好と知り合い、交際が始まる。ここで登場する三好は、下北半島出身の浅黒いスポーツマンで、レイプマニアである。学生なのか、フリーターなのか、三好の情報は一切描かれていないが、常軌を逸していることだけは間違いなく、突然の別れは訪れる、と言うストーリー。

ここで断っておくが、三好一郎は実在する人物である。
華倫変とは、大学のサークルで知り合ったらしい。ヤクルトスワローズ、大リーグで活躍した、高津投手に似た風貌だったと言う。なるほど、華倫変漫画に登場する三好は、どの作品でも高津投手のように、少し意地の悪そうな陰湿な顔をしている。
華倫変の三好に対する解説を読むと、三好の性格は我侭、強引、極端に自己中心。そしてサディストで凶暴。更に、やや分裂。
正直、まともな神経ならあまり友人付き合いしたくないタイプである。それでも、華倫変はこの三好に拘り続ける、それは、私生活でもだ。

「AV」の三好は、AVの制作会社に空手着を持ってやって来る。自分が如何に強いかを熱弁し、他のADやAV男優を裏に呼び出し威嚇する。自分好みにAVの脚本を変更、監督にも指示を出すようになる。レイプしたAV女優が、三好のウンコを食べなかったことを理由に、照明機器で頭を殴り付け、大怪我をさせたりもする。止め処もない暴走ぶりを発揮する。

「赤い鎖骨」の三好は、寺高を殺害している。西本とのドライブ、トランクの中には寺高の死体が積んである。寺高は、西本に、「気をつけたほうがいいわよ、三好課長、あんまりいい噂聞かないから」と、一度忠告をしている。寺高は、三好と付き合っていた訳だ。三好の性格も性癖も、充分に分かっていた訳だ。
西本は、三好の言う通りに、六甲山に寺高の死体を埋める手伝いをする。三好は、西本のことが好きだから、寺高とは違うから、何も心配しなくていいと言う。西本は、寺高と自分は何が違うのか考えるが、一生懸命考えても分からないから、考えるのを止めてしまう。
ストーリーはここで幕を閉じてはいるが、この後、三好が西本に手を掛けるのに、そう時間は要しないだろうことは暗示している。

「テレフォンレディ」は更に強烈である。テレフォンレディの下へ、その勤めるテレクラへ、三好から電話が入る。「お別れを言いに来たんだ」、三好は唐突に言う。テレフォンレディが戸惑っていると、三好は、「マンソンって知ってる?」と聞く。三好は、昨日、魚屋に押し入り、親父と祖母をバットで殴って殺してから、母と娘二人をレイプして殺した。その時に、マンソンの曲に準えて、「ババアはブタです」と血で壁に書いた。そこから指紋の身元がばれ、家の前には多くの警官が張り込んでいる。自分のやったことに後悔はしていないが、さすがに今回はやばい、自首しようと思う、と言う。
三好は、最後に、君とのことは本当に楽しかった、と言って消える。結局、三好は自首を思い止まり、現在も逃走中である。

そのストーリー、シチュエーションこそ違うが、ここに登場する三好は明らかに同一人物である。そして、この三好一郎と言うキャラクターは実在する、正確に表現すれば、事件こそ起こしてはいないだろうが、このモデルとなった凶暴な人物は実在するのだ。しかも、華倫変のすぐ傍らにである。

三好が、自分が制作した面白いビデオがあるから観ないか、と華倫変を誘ったことがある。その類は嫌いでもない、華倫変は、二つ返事で三好の部屋へ行く。そのビデオは、三好の友人が裸で町中を走っていたり、竹刀で血が出るまで殴られたり、原付で轢かれたりするだけの映像だった。洒落にならない、華倫変が言うと、「ああ、別にいいんですよ、奴はマゾだから」とゲラゲラ笑うだけの三好であった。世の中に、鬼と言う者がいるものだ、華倫変は思うのだ。

三好のサディズムは、華倫変にも及ぶ。罵倒を浴びせ、腕を捻ったり、チェーンで首を絞める。突然、腕時計を取り上げ、「この腕時計を壊されるのと、火のついたタバコを腕におしつけられるのと、どっちがいい?」と選択を迫る。勿論、どっちもいやだ、と言う選択肢はないのだ。

華倫変は、「三好は私のことが好きなのかもしれない」と言う。好きな子に対する生じた感情を、何らかの攻撃的な感情と勘違いし、苛めの対象にする、と言うことだ。ただし、一般的にはそれは小児に起こる感情であろう、逆に言えば、大学生にもなった三好は、小児のように純粋だったのかも知れない。
また、三好が華倫変のことを好きだった感情より、華倫変が三好を好きだった感情の方が遥かに重かったのではないか、と私は想像するが。

この処女作品集「カリクラ」が発行された年度、大学を卒業した三好は、一部上場企業に入社したらしい。ただし、僅か一年で、何らかの違法行為が発覚し、退社、それ以来行方不明になっていると言う。
「私が大学を卒業してから三好は抱きつきも構っても話してもくれない。少し寂しい」、華倫変は言うのだ。
荒岡 保志(アラオカ ヤスシ)のプロフィール
漫画評論家。1961年7月23日、東京都武蔵野市吉祥寺生まれ。獅子座、血液型O型。私立桐朋学園高等学校卒業、青山学院大学経済学部中退。 現在、千葉県我孫子市在住。執筆活動と同時に、広告代理店を経営する実業家でもある。
漫画評論家デビューは、2006年、D文学研究会発行の研究情報誌「D文学通信」1104号に発表された「偏愛的漫画家論 山田花子論」である。その後、「児嶋 都論」、「東陽片岡論」、「泉 昌之論」、「華 倫変論」、「ねこぢる論」、「山野 一論」などを同誌に連載する。