プーチンと『罪と罰』(連載14) 清水正

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                清水正・画

 

プーチンと『罪と罰』(連載14)

清水正

 

 それにしても三年越しにわたるコロナ禍がおさまらない二〇二二年二月二十四日にウクライナ侵攻が始まったのは何か暗示的ではある。コロナ発祥の地が中国武漢であること、〈武漢〉が〈アジアの奥地〉であるかどうかは定かではないが、〈伝染病〉が〈ヨーロッパ〉へ向けて進んで行ったということは不気味な予言性を感じないわけでもない。『罪と罰』を読んでいない者もいるだろうから、改めてここにロジオンの〈悪夢〉を引用しておこう。世界中に広まったコロナ感染とウクライナ侵攻を重ねて読めばよりリアリティを感じるだろう。読みやすさを考慮し、米川正夫訳を適当に改行して引用する。

 

 アジアの奥地からヨーロッパへ向けて進む一種の恐ろしい、かつて聞いたことも見たこともないような伝染病のために、全世界が犠牲にささげられねばならぬこととなった。いくたりかの、きわめて少数な選ばれたる

人々をのぞいて、人類はことごとく滅びなければならなかった。それは人間の肉体に食い入る一種の新しい微生物、旋毛中が現れたのである。ところが、この生物は、理性と意志を賦与された精霊だった。で、それにとりつかれた人々は、たちまちつきものがしたようになり、発狂するのであった。

 しかし、人間は今まであとにもさきにも、これらの伝染病患者ほど自分を賢い、不動の真理を把握したもののように考えたことは、かつてないのであった。彼らほど自分の判決や、学術上の結論や、道徳上の確信や信仰なとを、動かすべからざる真理と考えたものは、またとためしがないほどであった。

 人々は村をあげ、町をあげ、国民全部をこぞって、それに感染し、発狂していくのであった。だれもかれも不安な心もちにとざされて、互いに理解しあうというみともなく、めいめい自分ひとりにだけ真理が含まれているように考え、他人を見ては煩悶し、われとわが胸をたたいたり、手をもみしだいたりしながら泣くのであった。

 だれをどうさばいていいのかもわからなければ、何を悪とし、何を善とすべかの問題につての意見の一致というものがなかった。まただれを有罪とし、だれを無罪とすべきかも知らなかった。

 人々はなにかしら意味もない憎悪にとらわれて、互いに殺しあった。互いをほろぼし合うために大軍をなして集まったが、軍隊はもう行軍の途中で、とつぜん自己殺戮をはじめた。隊伍は乱れ、兵士は互いおどりかかって突き合ったり、切り合ったり、かみ合ったり、食い合ったりした。(中略)

 火災が起こり、飢饉が始まった。何もかも、ありとあらゆるものが滅びていった。疾病はしだいに猖獗を加え、ますます蔓延していった。世界じゅうでこの厄をのがれたのはようやく四五人にすぎなかった。それは新しい人の族と新しい生活を創造し、地上を更新し、浄化すべき使命をおびた、選ばれたる純なる人々であった。しかし、だれひとりとして、どこにもそれらの人を見たものもなければ、彼らの言葉や声を聞いたものもなかった。

  ロシアのウクライナ侵攻を扱った動画には、ロシア軍の戦車の砲弾やミサイルで破壊されたウクライナの諸都市の無惨な光景が映し出されている。兵士たちの生々しい殺し合いの場面が放映されることはないが、ふつうに想像力を働かせれば、破壊された建造物や戦車の無惨な姿から、凄まじい戦闘の場面を見ることはできる。いったい何のために〈兄弟国〉の人間たちが武器を手にして殺し合わなければならないのか。戦争は人々のうちに拭いがたい憎悪の種を植え付ける。家族を殺され、恋人を強姦された者に〈汝の敵を愛せよ〉とは言えない。憎悪は憎悪を生み、復讐心は激しく燃え上がる。

 戦争の原因は政治、経済、地勢、軍事、宗教、思想など様々な観点から検証できるが、ドストエフスキーは人間にとりついた〈理性と意志を賦与された旋毛中〉に焦点を当てている。

 

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令和三年度「文芸研究Ⅱ」坂下将人ゼミ

発行日 2021年12月3日

発行人 坂下将人  編集人 田嶋俊慶

発行所 日本大学芸術学部文芸学科 〒176-8525 東京都練馬区旭丘2-42-1

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