プーチンと『罪と罰』(連載15) 清水正

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                清水正・画

 

プーチンと『罪と罰』(連載15)

清水正

 

 わたしはこのロジオンの〈悪夢〉に関してはすでに何度も批評しているが、今回はそれらを踏まえながら、少し別の観点からも検証してみたいと思う。〈旋毛虫〉は〈微生物〉の一種であるから、顕微鏡で見ることができるし、この虫を殺す薬もやがて開発されることになろう。感染しても治療することができるというわけだ。しかし、〈旋毛虫〉は〈精霊〉とも言われている。さてこの〈精霊〉をどのように解釈するかである。物質論者であれば、〈精霊〉もまた一種のウイルス的生物と見なすかもしれない。さて〈精霊〉(дух)には肯定的な意味での〈聖霊〉と否定的な意味での〈魔〉がある。この〈精霊〉(дух)にとりつかれても、〈聖霊〉としての機能が働く場合と、〈魔〉としての機能が働く場合では事情が大きく変わる可能性がある。後者の場合、〈理性と意志〉は相互殺戮にひとを駆り立てるが、前者の場合、〈理性と意志〉はキリストの教えの側に立つかもしれない。ロジオンの〈悪夢〉では〈理性と意志〉は否定的にしか働かないが、わたしは肯定的に働く場合もあるのではないかと思っている。

 ドストエフスキーには〈理性と意志〉(ум и воля)を肯定的に捉える視点がなかったのであろうか。『罪と罰』全前を読み終えた者にとって、エピローグでのロジオンの〈回心〉を告知する作者からの言葉「思弁の代わりに生活が到来した」が持つ重要性に改めて立ち止まってみたい。ロジオンにナポレオンの〈非凡人〉思想が宿ったのは、彼が屋根裏部屋で〈思弁〉(диалектика=弁証法)に耽っていたからである。この〈思弁〉は西洋の自由主義、革命思想に親しんでいた知的青年がごく自然に身につけた学問的姿勢であり、これを捨て去ることは近代人としてのアイデンティティを失うことを意味する。思弁の結果、得られた人類二分法や〈非凡人〉思想に殉ずることこそ、当時の知的青年に求められていたことであって、それを捨て去ることなど、それこそ気ちがいじみたこと、常軌を逸することだったのである。しかし、周知のように、ドストエフスキーは〈思弁〉(диалектика)の代わりに〈生活〉(жизнь=キリストの言葉、命)の重要性を前面に押し出してきた。

  プーチンは〈理性と意志〉によってウクライナ侵攻を決断し実行した。別にプーチンが発狂したわけではない。プーチンの侵攻に毅然として立ち向かうゼレンスキーもまた自らの〈理性と意志〉によって動いている。ゼレンスキーの支援要求に応えているアメリカのバイデン大統領もNATO諸国の首脳も、そして未だ中立的な沈黙を守っている中国の首脳もみんな彼らなりの〈理性と意志〉に従って決断している。彼らは自分たちの立場を各々〈絶対〉と見なしており、相手が敗北を認めない限り、停戦はあり得ない。核保有国が戦争に踏み切った場合、ロジオンの〈悪夢〉は一気に〈夢〉から〈現実〉に化す可能性を持つことになる。プーチンははたして核ボタンを押すことになるのか。今、世界中の人々が固唾を呑んで見守っている。

 ロジオンの〈非凡人〉の野望は、二人の女を殺した段階で、彼が自らの〈才能〉のなさをはっきりと思い知ることで潰えた。プーチンの場合、ロジオンとは違って自らの事をなす〈才能〉を信じ切っているように見える。民主主義政体にあって実質上〈独裁者〉になりおおせたプーチンは、ロジオンのような屋根裏部屋の空想家ではなく、生き馬の目を抜く政界の実力者である。KGBの職員として敏腕を振るったプーチンは政治の闇世界に通じている。民主主義もヒューマニズムも表向き用の仮面でしかないことを知っている。権力を獲得すること、権力を維持するためには、要するに〈すべてが許されている〉ことを実行する男なのである。政敵は容赦なく粛正する。自分の権力に揺さぶりをかける思想家やジャーナリストに関しても容赦することはない。明確に口にしようがしまいが、プーチンは自分を〈ナポレオン〉〈絶対専制君主〉と見なし、有名な思想家、宗教家など利用できるものはなんでも誰でも利用して、自らの〈独裁〉を権威付け正当化するのである。

 現在、ロシア・ウクライナ戦争は続行中であり、プーチンは未だ核ボタンを押していない。当然のこととして人類は破滅していない。これからわたしが書くことは、ロジオンの〈悪夢〉そのものの検証である。

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