どうでもいいのだ──赤塚不二夫から立川談志まで──(連載39)
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どうでもいいのだ
──赤塚不二夫から立川談志まで──(連載39)
談志の生理ーー弟子たちの確執ーー
談志は同時代の落語家で最も評価していたのは志ん朝であるが、彼と落語について真っ向から議論したことはない。志ん朝に限らず、談志と徹底的に落語論を展開できる落語家はいない。が、落語家は落語で勝負すればいいので、何も論理で勝負することはない。そう思っている落語家も少なくないであろう。〈本書く派〉の談志の弟子たちも、師匠との確執を語るときにはノリノリだが、いざ落語論となると談志ほどの冴えはない。ずばり談志落語の本質を突いているのは、先に取り上げた快楽亭ブラックぐらいである。
師弟関係の難しさは落語界だけではない。談志は生理が合わないやつは弟子にはできないと言っているが、この生理とやらは理屈ではどうしようもない。傍から見れば、依怙贔屓としか思えない人事があり、いじめとしか思えない人事がある。
談志の弟子の中で可愛がられたのは志らくで、志らくは兄弟子四人を抜いて二つ目になった。談春は落語立川流への入門は志らくより早いが、歳は下である。談春は高校を退学して十七歳で、志らくは日芸文芸学科を退学して弟子入りしている。歳の差は三歳、青春期の三歳差は大きいが、志らくは年下の談春を兄さんと呼び、どんな場合でも立てなければならない。
が、志らくは前座時代から先輩たちから抜きんでていた。兄弟子の談春たちが築地で肉体労働に従事させられていた時、志らくだけは談志のそばにいた。談志と生理が合ったということである。
が、やっぱりこいつも気がきかねえ、おまえも築地で働け、と命じられる。志らく、きっぱりといやですと断る。怒った談志、師匠の言うことを聞けねえやつは破門だ、と宣告する。志らく、すかさず、それもいやです。談志、それじゃあ、仕方ねえ、ここにいな。
これはもはや落語ファンの間で知らぬ者がいないほど有名なエピソードである。しかしこれは志らくだから許されたことで、ほかの者だったら即、破門だったろう。
談志もわがまま、志らくもわがまま、だがそのわがままが深刻な対立・葛藤を生まずに、相互に生理の次元で許容し合ってしまう。こういう師弟関係は希にだが生ずることがある。志らくにしてみれば、こんな幸せなことはない。自分が、師匠に特別に選ばれた存在なのだということは、弟子にとっては至福である。
イエスとその弟子たち、ソクラテスとその弟子たちの物語を知る者にとっては、師匠が自分をどのように思っているかは最大の関心事であることを容易に首肯できるだろう。ましてや、自分が師匠に〈選ばれた者〉と自覚した者の幸福は計り知れない。
とうぜん〈選ばれた者〉は〈選ばれなかった者〉たちの嫉妬、憎悪をかうことになる。談春の『赤めだか』はその辺の事情についても、押さえた筆致ながら余すところなく語っている。
自分たち先輩前座が築地で働いているというのに、俺は築地で働くために談志の弟子になったんじゃないとは何事だ、このヤローただじゃおかないぞ、怒りに震えるのはあまりにとうぜん、が師匠の談志がそれを承知したというのでは怒るに怒れない、ストレスはたまるいっぽうで、もうばかばかしくてやっちゃあいられない、こう思うのもあまりにとうぜんということになる。
が、談春はそこで踏ん張った。自棄を起こせば自分の負け、談志の弟子になった以上は落語でがんばるほかはない。二つ目になる条件は落語五十席を覚えること、音曲、舞踊をそこそここなすこと。これらをクリアーしてとにかく師匠談志に認められるしかない。談春は自分の悔しい気持ちを押さえて修行に励んだ。
築地派遣拒否問題で談春と志らくの間に確執は生まれたが、二人共に落語修行を怠ることはなかった。悔しさ余って嫉妬や憎悪に走れば、落語の道からはずれてしまう。我慢にがまんを重ねて修行に励むしかない。談志は弟子とは不条理に耐えることだと明言しているのであるから、要するに耐えて修行するしかない。
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