ユッキーの紙ごはん(連載56)

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ユッキーの紙ごはん(連載56)


「あの声で 蜥蜴食らうか 時鳥」

ユッキー


 
 榎本基角という、江戸時代の俳人が詠んだ句らしい。
 蜥蜴はトカゲと読む。 (私は読めなかったので解説しておきます)

 時鳥はあんなに美しい声で鳴くのに、トカゲを食らうのかという驚きを読んだもの。つまり外見と中身は同じとは限らない、見かけによらない、という意味だ。

 私は自宅のお手洗いに置いてあることわざ辞典で、この俳句を知った。
 なんて素晴らしい句なんだろうと、しばし便座の上で感動した。自らを感動させる物事との出会いは場所を選べないのが非常に残念だ。

 何がいいって、ふわふわちまちました可愛いホトトギスが「ホーホケキョンッ」なんてこれまた可愛く鳴くくせに、トカゲを食らっているという事実を知ったあるいはその場面を的当たりにした榎本基角の衝撃を思うと、なんかわかる気がしてしまうからである。5・7・5、合計17字のみの句から、「そんな可愛いカオしてトカゲ食うのか……」 という彼のショッキングな感情を、江戸時代から受け取ったような心地がしてくる。

 そして、トカゲを食らうという裏の顔を知ったあとにも、ホトトギスに対する愛情は決して衰えなかったのだろうというのが想像できるから、私はこの句が好きだ。
 ホトトギスに興味を失ったのなら、恐らく詠まなかったと思う。いい声で春の訪れを知らせるホトトギス、なのにトカゲを食うなんてちょっと似合わない……でもやっぱり可愛い、むしろなぜだろう、ガッカリ感にともなって興味は強まった気さえする、なんて考えたのではないだろうか。

 可愛いホトトギスは、人から見えにくいところでトカゲを食っている。

 最近、百貨店のお菓子売り場でアルバイトを始めた。
 真っ白な壁や床をライトが明るく照らし、輝くショーケースの中には宝石のようなお菓子たちが並んでいる。
 何十も入っている菓子ブランドはそれぞれデザインに凝った制服を持ち、きっちり化粧した女性達がそれを着て眩しいほどの笑顔で客を出迎える。(私は化粧を手抜きしている)

 それなのに。
「ここから先は社員専用」 と書かれたドアを抜けバックヤードに入ると一転、女性達は死んだ魚の目になり、むっつりと口角は下がり、疲れきった顔をしながら重そうなダンボールを持ち上げ、男性顔負けなほどワイルドに音を立てながら作業をする。

一句詠むのなら、
(売り場では) あの顔で (バックヤードでは) その顔なのか 時鳥
という感じだ。

 残念な気持ちは拭えないが、実際に働き始めてみるとわかる。百貨店は華やかな仕事とは程遠く、立ち仕事で力仕事、体力がないとできない。気候を一切無視した制服の下に汗をたっぷりとかきながら、客の前で笑顔を保つ。

 私も、立ちっぱなしで足が痛いわ、狭い倉庫で作業をしているせいで痣だらけだわで、客に見えない場所ではゾンビのような顔で仕事をしている。

 そこに、他ブランドのスタッフが現れる。死人のように無表情。
 共用倉庫は狭く、すれ違うことすらできないので、私はいったん手を止めて彼女が通る道を作る。

 瞬間、死人は蘇り、私にニッコリと微笑みを向けた。

「ああ、ごめんなさい。ありがとうございます」

 トカゲを食らおうと、やっぱり時鳥の声は何物にも代えがたく美しい。
 

 

※肖像写真は本人の許可を得て撮影・掲載しています。無断転用は固くお断りいたします。