小林リズムの紙のむだづかい(連載140)

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紙のむだづかい(連載140)
小林リズム

【前髪に恋い焦がれる】
　
　生まれてからずっと、前髪に憧れていた。というのも、アムラーが流行っていた時代のせいか母がわたしの髪型の主導権を握り、物心ついてから中学生くらいまでのずいぶんと長い間ワンレングスでいたのだった。「りっちゃんは前髪が長いほうが似合うのよ」と母がいうので、大人しくわたしもそれを信じていたし、同級生の子たちから「なんか前髪が触覚みたいだね！」と言われてもそれは褒められているのだと思い込んでいたのだった。しかし、そんな生活も長くは続かなかった。

「今日は生活委員の人たちが、ひとりずつ前髪の検査をします」
と先生が言ったとき、わたしの人生は終わったと思った。前髪検査というのは、前髪が目にかかるくらいに長いと目によくないのできちんと切りそろえましょう、という計らいで行われるのだけれど、真面目だったわたしにとってこれは逃げ出したいくらいに恐ろしいものだった。
　なんといっても、わたしの前髪は「目にかかるほど長い」を通り越してアゴにまで到達している。あまりにも長すぎる。親以外の大人から怒られたことがあまりなかったわたしにとって、先生に怒られるかもしれないというのは絶望以外のなにものでもなかった。この長い前髪が原因で先生に怒られるのだと思ったら泣けてきた。

　ひやひやとしながら自分の検査の順番を待っているとき、わたしには良いアイディアが浮かんだ。「そうか、この前髪を耳にかけてしまえばいいんだ」という当然のような事実だった。ちょうど金八先生みたいなワンレングスだったので、金八先生がドラマで髪の毛を耳にかけるようなイメージでわたしは両耳に前髪をかけたのだった。そうすれば前髪が長くて叱られることはないだろうと思った。
　我ながらいい考えだと思い、わたしはドヤ顔で生活委員の男の子の前に闊歩していくと、彼は先生に向かっていった。
「先生！小林さんが、前髪ありません！！」
マエガミガアリマセン…！あまりにも堂々というので、わたしは何が起こったのかわからなかった。先生は困った顔で笑い、「伊藤くんと同じよ」と言った。伊藤くんは坊主頭だから前髪なんてない。「おまえ、前髪ねーじゃん！」「うるせー！」と言い合っている様子をさっきみていたけれど、まさか、わたしもハゲ扱いされるだなんて。

　不運なことにわたしのおでこは広すぎるくらいに広く、おでこを丸出しにしたわたしはナポレオンフィッシュのようだったと思う。自慢じゃないけれど小学生のころのわたしは近所でも評判の泣き虫で、「学校に行きたくない」という理由で泣き、「算数がわからない」と授業中に泣き、「走るの疲れた」という理由でマラソン大会も泣きながら歩いていた。そんなだったからマエガミアリマセンの訴えを前に泣かないはずもなく、前髪検査というどうでもいい行事で、ナポレオンフィッシュはひたすら泣いたのだった。

小林リズムのブログもぜひご覧ください「ゆとりはお呼びでないですか？」
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