小林リズムの紙のむだづかい(連載141)

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紙のむだづかい(連載141)
小林リズム

【陰毛が生えはじめた頃】
 
 
 はじめての生理は中学1年生の冬。いつも通りに朝起きてトイレに向かうとウサギ柄のピンクの綿パンツが赤黒く汚れていたから、一瞬何かの病気かと思った。その頃の女子といえば、プールの更衣室でワイヤーつきのブラジャーを友達と見比べたり、男の子の気を引こうと香水をふりまいたりと、女らしさを身にまとおうと毎日奮闘していた気がする。一方で男子は授業中に発する先生の言葉、たとえば化学反応が起こって「激しく燃えた炎」という説明に対して「激しいだってよ。オッ、山田は夜も激しいの?」だとか、英語の「シックス」をしつこく言い直したりと、小さなことにもいちいち反応しては騒いでいた。彼らはきっと、クラスメイトの女子が何食わぬ顔をしてトイレで生理用ナプキンを貼ったり剥がしたりしているなんて、きっと想像もつかなかったに違いない。

 つげ義春の「紅い花」は、そんな年頃の男の子と女の子のアンバランスな関係を見事に表している。凛としたたたずまいでせっせと働くサヨコと、そんなサヨコの気を引きたい一心のマサジ。これくらいの年齢のとき、当たり前みたいに男子は女子より背が低くて、ずっと幼稚だった。浴衣のすそを棒でめくり「へへッお前らこの頃毛が生えておるじゃろ」とからかうマサジに対して、サヨコは恥ずかしがる様子もなく「知らん」と冷静に返す。なんなんだ、いったい。この性に対する好奇心の差は。もちろん女子がみんなサヨコみたいな子どもだったわけでなく「きゃあ、やめて」なんて恥ずかしがるふりをする子もいたけれど、まさか、男子の股間をわしづかみにして「ふふッあなたたちはもう毛が生えてるの…」なんてからかう女子はなかなかいないはずだ。

 この作品の見どころはなんといってもタイトルでもあるその「紅い花」が出てくるシーン。ふいにサヨコが水の流れる川にしゃがみこみ、股から紅い滴を落としていく。マサジにはそのしたたる血が花びらのように見えて、「紅い花だ!」と叫ぶ。サヨコから流れていく紅い花はどこまでも流れていき、水辺にはサヨコが苦しそうに横たわる。慌てて近づくマサジにサヨコは「寄るなっ!」と声をあらげるのだった。
 生理についてなにもわからないマサジは、しんどさに床に伏すサヨコに不器用に言葉をかけ続ける。しかしサヨコはそれにこたえる余裕もないのか、返事もしなくなっていく。このあたりが女心をよく理解しているよなぁと笑ってしまう。生理中の辛いときにとやかくいわれても腹が立つだけで、むしろ「話しかけてこないでよ!」とか「ほっといて!」と思う気持ちになるのだけど、それは男の子にはわからないのだ。その男の子心と、女心のコントラストがこの作品をグッと引き立てている。

 さて、マサジが旅行客を釣りに案内する途中に花を見つけるのだけど、「あのみごとな紅い花はなんだろう」とたずねる旅行客に、マサジは「知らん」と返し、イワナがあの花を食べる、とだけ言う。「イワナはいやらしいからなんでも食べる」と。サヨコの性の象徴である「紅い花」と、それを浸食していくかのようなおぞましい存在の「イワナ」がこの後の展開をうっすらと暗示している。それはサヨコが成長したあとの“もっきり屋の少女”に描かれているのだけれど、わたしはできるだけ、「紅い花」だけでひとつの物語として紹介したい。なぜならこの作品の最後のひとコマが、言いようのないくらいに素敵な、やさしさにくるまれた終わり方だからだ。

小林リズムのブログもぜひご覧ください「ゆとりはお呼びでないですか?」
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