小林リズムの紙のむだづかい(連載96)
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紙のむだづかい(連載96)
小林リズム
【彼女の特権】
友達の彼を、友達の前でなんて呼べばいいかに迷う。…という話をしたら友達に「わかるわかる!」とえらく共感してもらったので、こんな些細なことに悩んでいたのは自分だけじゃなかったのか…!と感動した。
たとえば友人マミちゃんに「ユウくん」と呼んでいる彼がいたとする。「ユウくん」と私は面識がなく、写真で見たことがある程度。マミちゃんが嬉しそうに話す「ユウくん」の本名は、ユウタだかユウキだか、ユウトだか知らない。けれど恋人同士の間だけでつかわれる「ユウくん」の甘ったるい愛称の響きといったら…。
そういえばマミちゃんは彼とは最近どんな感じなんだろう?と思ったときに「ユウくんとは最近うまくいってるの?」と聞きにくい。「ユウくん」という呼び方はマミちゃんが独占している呼び方だから他人が気安く「ユウくん」なんて呼んだらマミちゃんの気分を害してしまうかもしれない…。でも何度も聞かせれている「ユウくん」は私のなかでも「ユウくん」という名前で存在しているからついそのことを忘れてしまう。会話の途中にハッと気づいて
「そういえば、最近ユウくん…ユウくんさんとはうまくいってるの?」
と、「ユウくん」に「さん」をつけたしてカバーするという奇妙な呼び方になってしまうのだった。なんだユウクンサンて…。ハングルネームか…。ひとりで葛藤しながらもマミちゃんはそこを気にしたふうもなく、その後もユウクンサンと呼び続けることになる。
「だから“彼氏さん”って呼べばいいんだよ」
と友達は言っていて私も無難にそうしているのだけど、この“彼氏さん”の呼び方もややこしい。殊に恋愛経歴が華やかでくるくる変わっていく友達の彼のことを“彼氏さん”と呼んでいると、話がこんがらがることになる。
「彼氏さんは元気にしてる?」「してるよー!この間温泉旅行に行ってきた!しかもサプライズまでしてくれたの!」「へぇ!いいね!どんなサプライズされたの?」「旅館の人に頼んでいたらしくて、温泉から出てきて部屋に戻ると部屋が暗くされていて、ケーキが運ばれてきたの。“愛してるよ”って言って指輪渡してくれて…」「えぇ!あの人が!そんなことするように見えないね!」「そうかなぁ?結構優しくて尽くしてくれるんだよ」「そうなんだ…彼氏さんはダイエット成功したの?」「え…?いや、彼は細マッチョ…あぁ、前の彼氏のこと?あの人とは別れて今は…」と会話も行ったり来たり。頭のなかで想像していたサプライズ映像も途中でキャストが交代させられたりして、意味がわからないことになる。
とはいえ、「私だけが知っている彼の情報」とか「私だけが彼をそう呼んでいい」ということに女子は敏感で、彼女の特権とされる領域を浸食していくのは気が引けるのだった。
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