荒岡保志の偏愛的漫画家論(連載34)

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荒岡保志の偏愛的漫画家論(連載34)
山口貴由
 「ビジュアル系ハードコア漫画道を覚悟して読め!」(その⑦)
●尊野蛮!管理社会に物申す、「由比正雪」登場!

2500ページに渡る感動大作「悟空道」は、2000年、「週刊少年チャンピオン」18号で連載を終了する。山口貴由は、この「悟空道」連載中に何度も挫折感を味わい、三蔵法師に破門されて岩のように固まってしまった悟空同様、頭の中が真っ白になり、自身が固まってしまった時期もあったらしい。
難産に次ぐ難産の大作である、連載終了後の脱力感、そして満足感は推して知るべきであろう。連載終了が18号、月にしては3月ぐらいであるが、山口貴由は、この年度の残り10ヶ月近くを充電期間に当てるのだ。この事は、一足先に漫画家デビューを決めている「細倉徹」を初め、「悟空道」の作画スタッフ全員が漫画家としてデビューしてしまったと言う、考えられ難い偉業を達成してしまった影響もあったかも知れない。

2001年、21世紀に入り、約6年続いた「週刊少年チャンピオン」から、発表の場を、白水社の「ヤングアニマル」に移行する。そして、2001年、「ヤングアニマル」8号から、2002年、同誌22号まで連載されるのは、近未来の日本を舞台にしたSFアクション、バイオレンス漫画「蛮勇引力」である。これも、1000ページに及ぶ大作だ。

正直、舞台設定優先で描かれた、読み物としては面白いか、ぐらいの印象の作品なので、ここで作品解説は割愛したい。

ストーリーを簡単に追うと、舞台は近未来の「神都新宿」、石油に変わり、膨大なエネルギーを供給し続ける「神機力」の存在が、人間自体も少しずつ機械化し、完全な管理社会が生まれていると言う設定である。人間の尊厳を守ろうとする者は漏れなく管理社会から追放され、この巨大な都市に依って抹殺されるのだ。
そこに、登場するのは「由比正雪」、長い黒髪、サングラスの下には切れ長のギラつく瞳、背中に昇り竜、腹には「敬人尊野蛮」と刺青を彫る極道である。正雪は、この管理社会を破壊し、人間らしさを取り戻そうと、「神都新宿」に単身で乗り込むのだ。

ストーリーにも、キャラクターにも山口貴由らしさは随所に現れる。それは、いきなり冒頭、「犬は鎖でつながれることで生きのびる道を選んだ。狼は、奴隷になれぬがゆえに絶滅に向かっている」と言うイントロダクションだけでもビリビリ伝わって来る。山口漫画の美学、哲学がそこにある。


●再び「葉隠」へ、山口貴由最新にして最大の問題作「シグルイ」を読む

「武士道はシグルイなり」。

これは、「シグルイ」の連載開始の予告偏に当たる第零景、僅か7ページで発表された中にある言葉である。勿論、「葉隠」の「死狂い」、そのままの表現だ。
山口貴由としては、初めての原作付漫画であるが(「悟空道」は、「西遊記」が原案ではあるが原作と言うには程遠い)、良くぞこのタイトルを選んだと敬服する。しかも、これは悩み抜いて付けたタイトルとは思えないのだ。何度も読み返した愛読書の名言、哲学から、自然に浮かび上がって来たものであろう、否、いつの日か、武士道を主題にした漫画を描く機会があれば、その際はタイトルを「死狂い」にしようと待ち構えていたのかも知れない。そして、そのまま漢字で「死狂い」ではタイトルとして文字数、字画が悪く、掲載漫画誌の購読年齢層も考慮してカタカナ表記をしたものと思われる。

シグルイ」は、2003年、秋田書店チャンピオンRED」9月号から連載が開始され、同誌2010年9月号まで、何と7年間に渡って連載される。前作「蛮勇引力」の連載終了が2002年、「ヤングアニマル」22号と言えば、月では4月ぐらいである事を考えると、今回のインターバル、充電期間は約1年半に及ぶのだ。
この「シグルイ」も、3300枚に及ぶ、大変な大作である。「チャンピオンRED」が月刊誌と言う事もあり、時間的な余裕からか、元々画力のあった山口貴由であるが、更に進化を遂げた力量を見せ付けている。これは圧倒的だ。「悟空道」で一度は山口貴由の元から独立した「細倉徹」が、作画協力スタッフとして参加している点も見逃せない。

原作は、「南條範夫」の「駿河城御前試合」、その第1話に当たる「無明逆流れ」である。初出は、文藝春秋社「オール読物」、1956年10月号と言う事であるから、今年で50歳を迎える私でさえ未だ生まれていなかった頃の作品である。半世紀以上前になるのだ。
勿論、この「駿河城御前試合」は読ませて頂いたが、「南條範夫」の他作品には余り触れた事がないので、ここで原作者に付いては多くを語れないが、総称して「残酷小説」と呼ばれていると言う。尤も、それは、この原作だけでも顕著に現れてはいるが。
「残酷小説」とは、何と山口貴由にしっくり来るカテゴリーであろう。この二人のコラボレーションと言うだけで、名作の予感が走るのは私だけではあるまい。

そして、「南條範夫」は、奇しくも2004年、「シグルイ」の連載が開始した翌年に、肺炎により他界されたのだ。享年95歳であった。

また、この「駿河城御前試合」は、過去に二人の大御所漫画家が漫画化をしている。
一人は、「血だるま剣法」の「平田弘史」、そして「柳生連也武芸帖」の「とみ新蔵」である。二人共、時代劇画の大変な大御所である。
余談ではあるが、「平田弘史」の「血だるま剣法」は、これも大御所漫画家「山松ゆうきち」の手により、未だ漫画未開の地であるインドでの刊行が実現している。しかも、「山松ゆうきち」自らの発行、自費による出版なのである。この、インドでの漫画出版までの奮戦記は、2008年に「日本文芸社」から発行された、山松漫画としては目下最新作の「インドへ馬鹿がやって来た」に綴ってあるので、興味のある方は是非手に取って欲しい。

ここで面白いのは、「駿河城御前試合」と言うタイトルもそのまま、全12話からなるこの原作を、上下2巻に渡って描き上げる「平田弘史」であるが、何と「無明逆流れ」だけは除外されているのだ。後書きを読んで見ると、「平田弘史」は、「無明逆流れ」は性的な要素が強くどうしても好きになれなかった、と言う意味の事を書いていた。逆に、「とみ新蔵」は、ずばりタイトルも「無明逆流れ」であり、この一話を210ページに渡り、原作に忠実に漫画化している。
山口貴由も、敢えて「無明逆流れ」を選んでいる。それは、この作品の評価が真っ二つに分かれる事を意味するのだ。元々にして、この原作は問題作だったのだ。


●白眉の剣士「藤木源之助」と美貌の天才「伊良子清玄」

主人公は「藤木源之助」、眉目秀麗、凛々しい剣士で、濃尾無双とうたわれた剣客「岩本虎眼」の虎眼流道場の、跡目候補の第一人者である。元々は農民の子であるが、その農村で暴威を奮う武士の子を殺め、虎眼に拾われる。その、何事にも動じない強い意志の下、あっと言う間に頭角を現すようになる。

「伊良子清玄」は、夜鷹の子である。そして、伊良子清玄とは、元々は骨子術を極める医師の名前であった。そこを訪ねる、美貌の長い黒髪の若者を、清玄は弟子として雇うのだ。清玄は、その若者の色香に、一目で惑わされてしまったのだ。
美貌の若者は、活殺自在の骨子術を修得する事を目的に、清玄に自らの色香で迫る。その若者の妖に誑かされる清玄は、骨子術の全てを若者に伝授するが、美貌の若者は、伝授されたばかりの骨子術で清玄を殺め、消えるのだ。それからその若者は、自ら伊良子清玄を名乗るようになるのである。

清玄は、腕の立つ剣客に弟子入りをしては、その剣術の極意を修得すると、師匠を殺めては、また旅を繰り返す。そうして、今度は、源之助の在籍する虎眼流道場の門を叩くのだ。
藤木源之助、伊良子清玄の、師匠、兄弟子、弟弟子、剣法、そして大切な女性への一途な愛を括る壮絶な遺恨のストーリーは、ここから始まるのだ。


山崎行太郎 日野日出志 荒岡保志。撮影・清水正 2010.12.27
荒岡 保志(アラオカ ヤスシ)のプロフィール
漫画評論家。1961年7月23日、東京都武蔵野市吉祥寺生まれ。獅子座、血液型O型。私立桐朋学園高等学校卒業、青山学院大学経済学部中退。 現在、千葉県我孫子市在住。執筆活動と同時に、広告代理店を経営する実業家でもある。漫画評論家デビューは、2006年、D文学研究会発行の研究情報誌「D文学通信」1104号に発表された「偏愛的漫画家論 山田花子論」である。その後、「児嶋 都論」、「東陽片岡論」、「泉 昌之論」、「華 倫変論」、「ねこぢる論」、「山野 一論」などを同誌に連載する。