荒岡保志の偏愛的漫画家論(連載30)

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偏愛的漫画家論(連載30)
山口貴由
 「ビジュアル系ハードコア漫画道を覚悟して読め!」(その③) )


●正に到達不能の領域、キャラクターの独創性(戦術鬼編)

山口漫画の特異性は、何と言ってもその登場するキャラクターの造形にある。
ここで、「覚悟のススメ」に登場する、そのアイロニーにも満ちた愛すべきキャラクターたちをご紹介しよう。

まずは、戦術鬼「破夢子」(はむこ)、5メートルはあろう巨体の大女で、大きなギョロ目、顔の半分はあろうかと思われる大きな口を持つ怪物だが、自称は「美顔女王」(ビューティ)。愛撫した男の顔の皮を剥ぎ、自分の、これも巨大な乳首に縫いつける変質者でもある。愛撫した男たちは、漏れなく生飲みにされ、その強力な胃液で溶かされる。「あたし、愛に飢えてるの」と自分の局部を撫で、「愛してるわ、チェリー」と叫び、男を襲うのだ。
「新サイバー桃太郎」に登場した、サディストの前衛芸術家がやや近いキャラクターか。名前の破夢子も、「サイバー桃太郎」の食夢鬼を彷彿とさせる。山口漫画に於いては、夢は破れる物なのだ。

戦術鬼「永吉」、この戦術鬼の名前は、ジャパニーズ・ロックの帝王「矢沢永吉」だろうか。黒皮のボンテージを纏う、米寿は超えていようかと思われる老兵であるが、その破壊力は散のお墨付きでもある。武器は、何物も粉砕する鋭利な唾液、精液。「覚悟のススメ」に登場する戦術鬼は、自分の性器までも武器とする怪物が多いのだ。「老い先短い高齢者をいたわらんかい」、永吉は叫ぶ。

戦術鬼「毒魔愚郎」(どくまぐろ)、このキャラクターは、「平成武装正義団」の「カメレ男」である。やはり10メートルはあろうかと思われる巨体で、自分の舌を地面に潜らせ、その舌は花と擬態化し、近寄る人間を食らう。「学校なんか通ってるヤツは全部ダメだな、くだらねー校則とか、大人たちが勝手に決めたモラルの中で大切なものつぶされちゃってるよ」とエレキギターを弾く。ロックを愛し、個性を尊重する。反撃を受けると、「ボクの個性をうばって満員電車にゆられるただの歯車にする気だな!」と逆ギレする。これは、余りにも現実的で笑えないキャラクターである。

戦術鬼「恵魅」(めぐみ)。彼女のいない寂しい童貞の男の子の前に現れ、「献愛(ボランティア)させて」と、自分の身体を差し出すチャーミングな看護婦である。魅力的な肉体も持つが、その肢体に鬼の形相を潜める。武器としては大して強力な物はなく、精々、男を惑わす「官能弛緩吐息」(メロルリブレス)、両巨乳重爆(ダブルゼットカップボンバー)ぐらいのものであるが、全身が局部な恵魅は、攻撃にセックスを感じるのみで一切破壊出来ないのだ。結構厄介な戦術鬼である。
また、恵魅だけではないが、この個性的なルビも山口漫画の特徴と言えるだろう。実は、「悪鬼御用ガラン」にも出て来たが、女性性器を「アンドロメダ」と表現したりもする。このセンスの良さ、否、異質さも山口漫画独特と言っていい。

戦術鬼「激写」(うつる)、勿論、モデルは写真家の「篠山紀信」である。「じゃ、まず〜着たままで一枚いくよ〜」と、手にするカメラのフラッシュを焚く。どうやら、このフラッシュは放射能攻撃らしいのだが、「次は全部脱いでスマイル〜」と2枚目のシャッターを押す直前に覚悟に粉砕される。結構個性的で面白いキャラクターであると思ったが、登場、たった3ページで消えてしまう。

戦術鬼「比診子」(ひみこ)は、血液型マニアの女子高生である。腰に巻いた鞄に、A型、B型と、血液型別のラベルを貼り、その鞄は人間の生首で埋まっている。「あたしダメなのよ、B型だから」と覚悟に話し掛け、覚悟が睨み付けると、「几帳面な人ね、A型でしょ」、と言っている内に覚悟に粉砕される。「人間に流れる血に種類などない!全て赤い血だ!」、覚悟は叫ぶのだ。登場は、激写より少ない2ページのみである。

●正に到達不能の領域、キャラクターの独創性(逆十字学園編)

このストーリーのキーになる「堀江罪子」、これも「平成武装正義団」の「剣崎スミレ」のベクトル上にあるが、堀江には剣崎に見られるエゴイスティックな部分は全く見られない。戦術鬼恵魅ではないが、献愛精神が強く、仲間思い、更に前向きな強い精神も持つ。歌が上手く、最終話に当たる第100話の「くじけない翼」は、そのまま堀江の歌う歌のタイトルである。モデルは、名前を見てお分かりの通り、声優としても有名なアニソンの女王「堀江美都子」である。
大きなリボンが特徴の、このストーリーのヒロインは、密かに覚悟に思いを寄せる。覚悟にもその思いは芽生えているが、大義の為にそれは押し殺すのだ。ただし、それを知る血髑髏により、堀江は利用され、戦術鬼「罪子」に落ちる件もある。

この学園の番長「覇岡」、このキャラクターの造形は「平成武装正義団」の「右手番長」である。ただし、男色ではなく、堀江の意思に関係なく、堀江の彼氏である事を主張する。番長なだけあって暴力的だが、本当は仲間思いで優しく、強い自己犠牲心を持つ。当初は、覚悟と敵対していたが、戦いの後で覚悟の流す血の美しさに、次第に覚悟を敬愛するようになる。

担任教師の「銭形先生」、このストーリーで最もドライ、現実的な考え方を持つキャラクターである。実は、このキャラクターは、「悪鬼御用ガラン」の中で、少女を食らう岡っ引き役で、悪鬼として登場している。
「我関せず」とまでは言わないが、この殺伐とした現実はしっかりと受け止め、戦いも防御もしない。常套手段は逃げる事である。勿論、聖職者ではある、先頭に立って生徒を非難させる。
学園で、生徒が行方不明になる。「もう死んでるな」、銭形先生は言う、「俺は教師、現実を語る商売なワケよ」と。話し方も飄々としているが、肝の座った信頼出来る教師である。

校長先生。学園のアイドル、堀江を盗撮するロリコン校長である。堀江の制服のボタンに発信機まで付けている言わばストーカーでもある。その一点だけを除けば、生徒思いの、正に聖職者であるのだが。
ただし、血髑髏に堀江が誘拐された際に、この発信機が堀江を救う為に役立つ場面もあり、何だかんだ生徒を守ってはいるのだ。
「平成武装正義団」の、神風の担任教師の流れを汲むキャラクターである。


●「覚悟のススメ」に見る美しい日本語を再認識する

山口貴由論の冒頭でも書いた通り、この「覚悟のススメ」は、セリフの言い回しが絶妙である。一歩間違えば陳腐とも受け取られそうなセリフも多いが、これも全てが山口貴由の哲学を反映した物なのだ。武士道だけではない、それは、生き方、恋愛感、全てに渡る。
その一部を、ここでご紹介しよう。

覚悟が「逆十字学園」に転校した初日、覇岡率いる番長グループに呼びだされる覚悟。「新入りのくせに目立ち過ぎなんだよ」と有り勝ちな喧嘩文句を浴びせる覇岡に、「新入りだから目立つのだ、三日もすれば目立たなくなる」と冷静に答える覚悟。更に、「堀江はオレのモンだ、手エ出すなよ!」と凄む覇岡に、「誰にも人間をモノ呼ばわりする権利はない」と毅然と言う。いきなり覚悟に蹴りを入れる覇岡を高々とジャンプしてかわし、「暴力は極力避けるもの」と呟き、「堀江はオレのモンだからな!」と再度怒鳴る覇岡に、「恋は極力秘めるもの」と思う。

覚悟の元へ強化外骨格零を届けた覇岡が、戦術鬼永吉の唾液により腹を切られ、倒れる。「キサマ・・・」と永吉を睨み付ける覚悟は、「敵を憎んではならぬ、憎むべきは敵を恐れる己の心」と平静心を取り戻す。更に、「良いではないか、この学園の生徒などどうなろうと、たかが雑草」と言う永吉に、「雑草などという草はない!」と返す覚悟。

下校中、覇岡が町の不良たちに絡まれる。以前、その不良たちの一人を覇岡が倒した為である。「さあ、覚悟、やっちまおうぜ」と覚悟を取り込む覇岡であるが、「私には関係ない、相手はおまえを指名している」と覚悟は返す。「そりゃねーだろ、オイ、トモダチじゃんかよ!」と叫ぶ覇岡に、「友ゆえに我ら一同おまえを見守っている」と答え、「相手は三人だぞーっ!」との訴えには、「群れるのは弱い動物の習性だ」と言い、更に「武器持ってるぞーっ!」と叫ぶと、「おまえの実力を高く評価しているからだ」と答える。いつもの、乱れない静かな表情である。「覚悟のススメ」では数少ないややコミカルな場面であるが、この覇岡と覚悟の会話の遣り取りも絶妙だ。

弱点の無さそうな戦術鬼恵魅との対戦、恵魅を粉々に粉砕する為に地面に押し付ける覚悟。恵魅は、あの可愛い顔で「苦しいよ〜」と訴えると、「当然なり!献愛は時には苦痛を伴うもの、だがおまえの胸にあるのは手を差し伸べることの優越感のみ!」と受ける覚悟である。これもアイロニーである。戦術鬼は現代社会でも蔓延っているか。

このストーリーの一つの山場、御側役のライとの戦い。覚悟に破れ、既に心臓も停止しているライであるが、未だ覚悟に向かって行く。「散さまへの忠義心ある限り、我が身は不滅!」とライは叫ぶ。覚悟は、「ただ一点の曇りなき主君への忠義、敵ながら見事!」とライを賞賛するも、「されど、忠義より重きものがある!」とライを粉砕し叫ぶ、「大義」と。
そして、人間の原形さえ止まらないほど粉砕されたライの身体に、覚悟は敬礼するのだ、「戦士に敬礼!」と。

ライに引き続き、もう一人の戦士、衛兵隊長ボルトとの戦い。覚悟は、ボルトの闘気を受け、一流の中の一流と認める。そして、覚悟は、額から滴る血を、小指で拭い、唇に引くのだ。取られた首が見苦しくならぬよう紅を引く、と言う事だ。ボルトも、刀の鞘を投げ捨て返礼する。両雄の心は一つである、「負けること許されぬこの身なれど、勝つばかりとは限らぬ!」と。
この5分と5分の戦いも、覚悟が勝利を目前とする。覚悟の放つ零式鉄球が体内で炸裂したボルトは、口から吐き出した内臓を自ら毟り取り、死して尚覚悟の前に聳え立つ。「見事なり、ボルト!キサマのような超一流と廻り会えたこと、弓矢の家に生まれたる者として本懐なり!」、覚悟は叫ぶのだ。
更に、散の待つガラン城の門まで辿り着いた覚悟は、ここで再度ボルトを見る。肉体はとっくに破壊されていただろうボルトは、最後の最後に門の前に立ち塞がるのだ。勿論、ボルトは既に死んでいる。覚悟は、ボルトに敬礼をする、「見事なり!」と。

散との最後の決戦、血涙島で勝敗は決する。覚悟と散、零と霞、そして英霊たちと、人間を恨む一人の母との戦いである。全てを知った覚悟は、散の前に無防備に両手を広げ、散の拳を受け入れるのだ、「人間を殺めるのはこれで最後にしていただきたい」と残して。
「許すまじ、人間〜」、霞に憑依する母は依然叫ぶのだ、「全ての人間はドス汚れている」と。そして、覚悟の覚悟に霞の怨霊から解き放たれた散は言うのだ、「カラスは黒い、という命題をくつがえすには、何千、何万、何億のカラスの中に、たった一羽白い翼のものがいればよい!」と。

まだまだ足りない。この大作の中から思い付いた場面を、順を追って綴ったが、それは膨大を極め、とてもこの紙面でご紹介尽くせる訳もないが、ここにご紹介したネームだけでも山口貴由の美学、哲学が伝達されるはずである。

●「覚悟のススメ」を総括する

山口漫画に欠かせない要素の一つは、グロテスクである。これは、その画力が物申す。
山口貴由の画力であるが、これは類を見ないほど完成されている。考えられないぐらい複雑な構図も、匠なデッサン力で難なくこなしている。漫画を偏愛する私にとっては、漫画に画力が必ずしも必要とは思わないが、山口貴由は別格である。この画力が、グロテスクを増徴させるのだ。
山口漫画は、デビュー当時からこのグロテスクに拘っていた。顔の皮を剥ぐ、脳を飛び散らす、内臓を露出する、「サイバー桃太郎」の頃は、未だデフォルメされ、ややコミックな表現でもあったが、「悪鬼御用ガラン」では、既に遊びの要素は消え去っている。この「覚悟のススメ」では、完全に完成を迎えたと言っていいだろう。
飛び散る脳、迸る内臓、滴る血潮が、このストーリーのバイオレンス、リアリズムに一役買っているのだ。

山口漫画のもう一つの要素、それはエロティシズムである。この「覚悟のススメ」のエロティシズムは、言うまでもなく散の存在だ。覚悟の美貌の兄にして女性の美しい肉体を所有する散のエロティシズムは、もはや人間とは思えない。両性具有、アンドロギュノスなどと言うレベルでもない、言ってしまえば、神と悪魔、表裏一体の性的魅力である。
そして、散を慕う覚悟と散の戦いの緊張は、まるで初夜を迎える緊張にも似る。
また、映像などで、一コマだけ無関係な映像を流す事により、観る者を洗脳したり、特殊な商品の購買意欲を増幅させたりする、サブリミナルと言う効果はご存知だろう。そこまで極端ではないが、山口漫画には、いろいろな場面で女性器が登場する。例えば、分かりやすいのは御側役ライの、戦闘体形時、超凍結冷却液を発射する腹部は、明らかに女性性器の造形である。ご丁寧に、陰核まで描く念の入れ方なのだ。この事は、他の場面でも幾つか見られるので、読破した際は、是非、チェックしながら再読するのも一興である。
その事も手伝ってか、山口漫画の戦いは、どうもセックスを連想させる事が多いのだ。

そして、山口貴由の、基本的な理念は「葉隠」である。
葉隠」は、前回、少しだけ紹介した最新作の「シグルイ」にも通ずる主題でもある。一念、覚悟、これは山口漫画のもう一つの要素である。
御側役ライにも似た凛々しい風貌の山口貴由から、その哲学が、武士道が匂い立つのだ。そして、その風貌は、「三島由紀夫」までも彷彿とさせる。

山口貴由は、今現在、この「覚悟のススメ」を読み返して、これを描いた漫画家は凄い、と思ったそうだ。自画自賛、と言う訳ではない、今では、ここまでのエネルギーが迸る漫画は描けない、と言う意味である。
確かに、凄い。そのストーリーにも、キャラクターにも、哲学にも圧倒される。現人鬼散を動かし、人類の死滅を目論んだのは、たった一人の母の憎悪と言う設定も凄い。そして、最後の最後には感動の大団円が待っているのだ。

近代漫画の傑作「覚悟のススメ」は、是非通して読んで頂きたい漫画の一冊である。ただし、覚悟をして欲しい。山口貴由ワールドから戻れる保障はないのだから。

荒岡 保志(アラオカ ヤスシ)のプロフィール
漫画評論家。1961年7月23日、東京都武蔵野市吉祥寺生まれ。獅子座、血液型O型。私立桐朋学園高等学校卒業、青山学院大学経済学部中退。 現在、千葉県我孫子市在住。執筆活動と同時に、広告代理店を経営する実業家でもある。漫画評論家デビューは、2006年、D文学研究会発行の研究情報誌「D文学通信」1104号に発表された「偏愛的漫画家論 山田花子論」である。その後、「児嶋 都論」、「東陽片岡論」、「泉 昌之論」、「華 倫変論」、「ねこぢる論」、「山野 一論」などを同誌に連載する。