宮内勝典著『魔王の愛』

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本日、宮内勝典さんより新作小説『魔王の愛』(新潮社・定価本体2000円)が送られて来たので早速読み始めた。宮内さんはドストエフスキーが小説を通して徹底して追求してきた人間の諸問題を二十一世紀の日本において引き継ぎ、自分の問題として追及している小説家である。かつて宮内さんの小説に関しては山崎行太郎さんと「文芸GG放談」第一回目でとりあげた。再録しておきたい。


文芸GG放談(第一回in熱海 2007年5月1日)
第一回「宮内勝典の文学をめぐってードストエフスキー文学との関連において」
清水 正 V.S. 山崎 行太郎
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清水:それではこれから山崎行太郎さんと文芸GG放談の第一回目を、ここ熱海のホテル「ラビスタ」でやることにします。今回は宮内勝典さんの小説『ぼくは始祖鳥になりたい』と『焼身』の二冊を読んだので、そこから話をすすめたいと思います。


山崎:ぼくも『焼身』は読みましたよ、書評を書きましたから。


清水:まず言いたいのは、宮内さんの目ですね。今年の四月九日に日大芸術学部文芸学科の講師懇談会が池袋のメトロポリタンでありました。そのときはじめて宮内さんと言葉をかわしましたが、あの人の目は、もう見るべきものはすべて見たという目ですね。宮内さんがあの日、着ていた妙な黒い上着も少し気になりましたが、あれはアリョーシャ・カラマーゾフの僧服を連想させるものがありましたね。二十一世紀において彼が抱え込んでいるテーマといったものはやっぱりドストエフスキー的なテーマであると同時に、ドストエフスキーを超えようとする、文学的な野望も感じさせますね。その意味でも宮内勝典の小説はすべて読んでみようという気になります。ただ現代の、現役の作家だから、何から何まで徹底して書こうとすると、さしさわりもあるから……だから今後、ゲストに招いて三人で話してもいいと思いますがね。この文芸GG放談というのはぼくがやってきた文学的営為と山崎さんのやってきた文学的営為を含めて、現代の小説家たちがやってきたことに対して言いたいことを言うし、彼らの言い分も聞きたい、そして現代文学に対して刺激になるような、そういう放談になればいいと思っています。


山崎
:あの、昨日ぼくはね、某雑誌のインタビューを受けて、今、小説とか文学というのは社会的な機能をはたせなくなっているというようなことを、もう三十五歳くらいの若いひとが言うわけ。で、その原因は何でしょうかって聞かれたんだけど、それはもうある意味で公然とした事実ですもんね。


清水:社会的機能をはたせない?


山崎:小説家に昔は期待していたし、期待されるだけのものを作家や批評家とかがはたしていた。だけどもはや今や誰も期待していないですよ。今の作家とか批評家は片隅で作品をちょこちょこ書いている。それは物理学者とかが片隅で物理の研究をやってるのと同じです。昔は作家とか批評家とかは、そういう研究者とは違う次元で、明日はどうなるだろうかとかさ、それを考えていたわけでしょ。今や作家や批評家が小市民的な存在になっていて、大事な問題に命がけで取り組まなくなってしまった。みんな逃げちゃってるんですよ、現場から。で、ぼくはこの文芸GG放談で、言いたい放題言う。けっこうみんな言いたい放題言ってないんですよ。昔はみんな言いたい放題言ってたんですよ、作家とか批評家は。どうせ別に、警察に捕まろうと自殺に追い込まれようと、それが作家なんだから……その代わり彼らは自由な発言をしていた。一般市民はできませんよ、そんなこと。だからぼくは今、こういう放談で復活させたいと思ってるんですよ(笑い)。それを期待して
、だからぼくは清水さんの文芸GG放談をやろうという提案にたいして同意したわけですよ。で、宮内勝典のことに関してはぼくは高校時代に、その変な目つきの、変な青年という印象をすでに持っていたわけです。宮内さんはぼくの先輩だから見てて知っていたんです。だから彼はただ者ではないということを前提にして話しているんです。宮内さんの初期の作品は、結構いろいろあってぼくも読んでるんですけども……宮内さんの中に何か二つの分かれ目があって……つまり大江健三郎みたいなところがあって小説と、エッセイとに分かれてるんですよ。小説を読んでるとかなりあぶない人間とかが出てくるんですけど、エッセイは何か反戦平和運動とか市民運動とかが出てきてね。『焼身』という小説は、ベトナム戦争の後の、焼身自殺をしたお坊さんの跡を追いかけていく青年の話でしたよね。で、なんか中途半端だな、という印象を持ったんです。あの人は、なんか変な理想を持ってるんですよね。ぼくはその変な理想というのに、違和感をちょっと持つんです。例えばオウム真理教事件に対して彼が凄く興味をもって取り組んだときには、ぼくは面白かったですよ。あの、他のひとはすぐに批判するじないですか、オウムなんかに対しては、反社会的事件、変な奴がやったということで。でも宮内さんはその変な事件にすごく興味を持って中まで入りこんでいくんですよ、上裕なんかと対談までして。宮内さんの中に潜んでいる変なものは、たぶんオウム真理教の上裕の中にある変なものと繋がるものがあるんですよ。


清水:ぼくは、今の段階でははっきりしたことは言えないけど、『焼身』を読んで思うのは宮内さんは行動的な小説家ということですね。ジャーナリステックな作家で、現地にまで行って調査して、関係者にインタビューしている。ことの本質とか真実とかを、からだを惜しみなく使って、とにかく現場に行って確かめてこようという、ジャーナリスト的な志向性を強く感じますね。が、ジャーナリスト的志向では収まらない小説家としての眼差しも持っている。この眼差しは何かというと、やっぱり〈永遠〉を見つめる眼差しということになる。ドストエフスキーだったら神の存在ということになるけれども、宮内さんは神という言葉はあまり使っていない。今、ここに生きているということ、今ここに〈私という存在〉を存在たらしめている或るなにものかを、彼もまたずっと問題にしている。二十世紀を越えて二十一世紀を生きている現代人を真っ正面から見据えて取り組んでいる真摯な姿勢を感じましたね。


山崎:うん、宮内さんの凄いところは、作品を書いて売れっ子になって、金を稼いで楽な生活しようと思えばできる状況にあるのに、彼はそういう途はとらないんですよ。そこはぼくは尊敬できるなぁと思っている。あえて貧乏であることを引き受ける。作品を売ることよりも、何か重大な問題を引き受けるということに、なんかすごい、それこそバカバカしいくらいに燃えている人というか、今の作家でこういう人っていないと思いますよ。なんかみんな売れちゃって、金が入って……そういうのを求めているから。けど宮内さんは、それ以上のなんか本質的なものを求めてますよ。


清水:山崎さんが宮内さんについて書いたブログを見せてもらいましたが、何か女子高校生が美しい先輩に憧れてるような、そんな感じを持ちましたね。高校一年の山崎さんが、三年の宮内さんに対してね。


山崎
:そうそう、ボーイズラブですよ(笑い)


清水:あの当時……宮内さんは団塊の世代、いやそれより少し上ですかね。あの当時、何かやろうと思う人は、とりあえず大学に進学するというのが主流というか、常識だったと思うんですが、彼はあえて大学に行かなかったわけですね。この点に関して山崎さんはどう思ってるんですか。


山崎:それは重大問題ですよ。彼はね、ぼくの高校の、後に校長になる村野という先生がいたんですよ、その先生が中学生の彼に目をつけたらしいんですよ、宮内勝典に。「おれの高校へ来いよ」と呼ばれて行った、そういう超秀才なんですよ。たぶん彼は、県の中学の模擬試験なんかでかなり上位に、十番以内かなんかにいたんですよ。鹿児島で上位十番て言えば、確実に東大コースですよね。そういうレベルの学生だったんですよ。だから彼は期待されて高校に入ってきてる。受験してやっと入ったとか、そういうんじゃないんですよ。ぼくなんかやっと入ったんですけどね。彼は、高校に入って、一番の趣味は絵ですね、美術。で、美術から文学にきている、芸術の方へすすんできている。あれ、何て言うんでしたっけ。芸術くずれというか、放浪とかね。ちゃんとエリートコースを進んでいくということに対して疑いを持つというか、たぶん高校時代に持ったと思うんです。


清水:宮内さんは美術クラブに入っていたんですか。で、どうなんですか、彼の絵というのは。山崎さんは宮内さんの絵を見たことはあるんですか。


山崎:いや、ぼくは見たことがない。でもぼくにとって高校時代の彼は、美術部の部員の宮内勝典で、自分の教室と美術部の部室を行ったり来たりする、画家くずれみたいな……というと怒られるけども(笑い)。画家になりきってたんですよ。


清水:もし宮内さんが、絵を描いていたとしたら、これはいずれ彼自身に聞いてみたいけれども、彼の目というのは瞬間にして世界をみる目なんだよね。つまり絵を描くキャンバス、神がつくった世界でもいいけれども、それを一瞬のうちに見る眼を持っている。一瞬のうちに見た世界というものを彼が探究して小説にしようと思うと、地理的、空間的に移動していかなければならない。直観的にそれが分かったんだからいいんじないかと思うけれど、それをきちんと実証的に、自分自身に対して証明してみせたいという衝動があるんだな。


山崎:昔の作家とか詩人とかいうのは、ただ詩を書いたり小説を書いたりするだけじゃなくて、ある意味で生活でそれを実行していましたよね、中原中也でも太宰治でも。


清水:何を実行していたの?


山崎:小説とか詩を書くと、その小説的なもの詩的なものを、まず生活の次元で自分を実行していた。たとえばランボーという詩人は、自分の詩の中にあるものを実行してしまう。まあ、それがいいかわるいかは別としてね。芸術的にみればくだらないけど、それに文学をやってる人は憧れますよね。だって学者が、実際の生活でその学問的なことを実行するということはほとんどあり得ないじゃないですか。頭のなかで考えることと、実際にすることはふつう別じゃないですか。芸術家のすごいところは作品と実生活をくっつけちゃってるとこです。最近の小説家、詩人、批評家は作品は作品、生活は生活というように分けてしまっている。ところが宮内さんはこういう作品を書いたらこういう生活をやりたいみたいな衝動があるように思う。たとえば海外放浪する作家とか、ジャーナリストとかいっぱいいますけど、なんか宮内さんが言う海外放浪と立松和平の海外放浪とは違うんですよ。立松和平は帰ったらこれを本にして売ろうかなというのがあるけど……。沢木耕太郎
なんていうのも最初から予定組んでさ、これを本にしたらいくら売れるかなみたいな、出版社からもう前借りしているみたいな……。宮内さんなんてもう生きるか死ぬかみたいなところまで行っちゃうもの。


清水:ぼくは宮内さんの本はまだ二冊しか読んでいませんが……しかし二冊読んで、宮内さんの書いているものはぜんぶ読もうと思いましたね。ぼくが読んでて面白かったのは、つまり9・11世界貿易センタービルの破壊ということですが、これはぼくにとってはあまり現代的なことじゃなかった、これはドストエフスキーを読んでいれば、いわば当たり前のことですよね。宮崎駿のアニメについて書いたときにも、世界貿易センタービル破壊よりも宮崎駿の『千と千尋の神隠し』の方が凄いと言ってるんです。なぜかって言うと、宮崎駿は『天空の城ラピュタ』というアニメで主人公のシータとパズーの口を通して、宇宙壊滅、世界破滅の呪言をすでに発してまっている、と。だからその世界壊滅の呪言が映像の中にインプットされている、あの映像の中に内蔵されている。そのことを観客の多くは気づかないけれどもね。しかし9・11のあの衝撃的な映像よりも、もっと凄いものが宮崎駿のアニメの中に潜んでいる。だから『千と千尋の神隠し』にしてもね、エンター
ティンメントの作品ではあるけれども、やっぱり無意識のうちに強烈に引きつけられるんですよ。それを観客はきちんと論理化できないけれども、それが凄いアニメだっていうことは体感的に感じるんですよ。で、9・11というテロリストによる爆破は、もうある意味では非常に当たり前のことであるからね。ドストエフスキーは『罪と罰』でロジオン・ロマーノヴィチ・ラスコーリニコフという、イニシャル666という悪魔の数字を額に刻印されたテロリストをすでに描いている。つまり『罪と罰』には、主人公が高利貸し老婆アリョーナ・イワーノヴナを殺すという話の深層に、実は皇帝殺しを企むテロリストであったという筋書きが埋め込まれている。そのようにぼくは『罪と罰』を読んでいるから、別に9・11なぞという事件はことさら現代的な事件ではないんだよね。ところが宮内さんは、9・11という事件から出発していくじゃないですか。そしてあの焼身したベトナム僧ですがね、ぼくも思い出しましたよ、まだ二十歳を過ぎたばかりのころ、確かに新聞紙上に大きくとりあげられてましたよ。あのガソリンに火をつけて火達磨になっている僧の写真は目に焼きついていますよ。で、あの衝撃的な写真から、彼の『焼身』という小説は始まる。だからジャーナリスト的な眼差しはある。今、世界でいったい何が起きているのか、といった点に関して、彼はやっぱりからだが動いていく。で、ぼくはそういうことにたいして静観するところがあるわけです。つまりぼくにとって〈現場〉というのは、〈ドストエフスキーの小説〉なんですよ。ドストエフスキーの小説がものすごい現場なんですよ、ぼくにとっては。そうすると、宮内さんの小説がぼくの現場であるドストエフスキー文学を超えてくれないとね。やっぱりドストエフスキーの小説の方が現場なんだよ、ということになってしまう。


山崎:そういうことですね。


清水:もし現代の小説の方が凄ければ、なぜおまえは十九世紀のロシアの小説なんかやってんだよ、ということになってしまう。「今、おれが書いているこの小説の現場こそがおまえがきちんと見なくちゃいけないんだ」ということがなければ、ぼくはやっぱりドストエフスキーという文学の方が〈現代文学〉ということになる。そういう意味で宮内勝典さんの小説を検証してみたいわけよ、本当に彼の小説がドストエフスキーじゃない、ドストエフスキーを超えているかどうかをね。清水よ、おまえいつまでもドストエフスキーなんかやってるんじゃないよ、おれの文学こそ本格的に研究しろよ、こっちにこそ現代文学の現場があるんだということを、言われているのかどうかということだよな。


山崎:そこが宮内さんの、弱点だと思う。9・11からこだわってベトナム戦争焼身自殺した僧のことを、ゴ・ディン・ジェムとかいう大統領の義妹マダム・ムーが「坊主のバーベキューは面白いわね」とか言った、あの事件を、ぼくは今正確に思い出せないけど、『焼身』を文芸時評でとりあげて、ちょっと批判的に書いたんですよ。いまいち、ちょっと違うような気がする。宮内さんはけっこういいとこあるんだけど、その部分に関してはジャーナリスト的なんですよ。新聞記者的な発想でやってるような気がした。清水さんの言うとおりだと思う。


清水:なぜぼくが宮内勝典に注目するかと言えば、彼はジャーナリスティックな眼差しというか、ジャーナリスト的な動き方をするんだけども、この小説(『焼身』)の中に、まあ小説と言ってもかなり、取材する側の宮内さんをかなり反映していると思いますが、やっぱり読む者の心に残る文章を書いているんですよ。たとえばこういう言葉が書かれている。
「青空深く、木々の枝がのびあがっていた。緑の葉の一つ一つがひっそりと宇宙にふれあい、ふるえているようだった。そこが吃水線にみえた。すぐそこに世界の果て、無とふれあう波打ち際があった。ならば、ここは異郷でもなんでもなく、なんの変哲もない、永遠の一角にすぎない。だとすれば自分は孤独でもなんでもない。」(13)
「永遠がのしかかって時間をとめてしまったようだ。」(15)
「蝉の声と、蜂の翅のうなりが、こちらの頭蓋のなかで耳鳴りのようにひびいた。すべてが生の絶頂でしんと静止しているようだ。」(26)
「なにかしら永遠が宿ったような深い笑顔だった。」(42)
「信ずるに足るものをつかみたいと思っていることや、自分が小説家であることもつけ加えた。」(44)
「漂白されて枯れた聖者らしさよりも、清濁あわせ呑みつつ、生を抱きとめるほうを私は選ぶ。たとえ破綻するとしても。」(61)
「駅前は荒涼としていた。吹きさらしの無でありながら、闇が、甘く熟れすぎた熱帯果実のような息で深呼吸している。」(73)
「永遠の一角にたたずんだまま、無をせき止めているような静けさがあった。」(123)
「いっせいに妻を見た。鬱々とした性欲がたちこめていた。青年僧のはにかみや探究心をとっくに失っていながら、俗世にもどっていく決心もつかないまま、ずるずる僧侶をつづけているのだろう。」(156)
「本堂はがらんとしていた。小さな仏像がぽつんと坐っている。金色ではなかった。古びて、剥落したまま、灰色に凝固しつつ時の底にひっそりと沈んでいた。」(183)
「少年時代、なぜか私はその墓群に心をひかれ、夢中になって遊んでいる途中、ふっと立ちどまることがあった。遠い過去から時空をこえてくる思念の流れのようなものが、自分にまとわりついて、とり憑いてくるような不安があった。」(193)
「うっすらと瞼を閉じかけた半眼であった。肉厚の唇が、三日月のかたちに反っている。クメールの微笑だ。温かくもなく、冷たくもなく、冬の日だまりの岩がひっそりと余熱をふくむような、中性的な微笑だった。だが、その唇の端には、ぞっとするような暗闇が張りついている。鉱物から、物理的な無の奥から、かすかに微笑がにじみだしてくる。私にはそれが意味の始まりであると思えてならなかった。スコールが通り過ぎると、観音の閉じかけた目からとめどなく水が滴ってくる。」(200)。
ぼくはね、宮内さんの小説を読んでいて感じたのは、彼はものすごく時間を意識している、それも〈永遠〉、つまりなぜ今、わたしはここに存在しているのか、という〈今、ここ〉に存在するということに対して〈永遠性〉ということを常に考えている。つまり時間ということですね。われわれは世界という時空の中に存在している。時間、空間の中に存在していてそこから逃れることができない。この時間空間の外に神というものは存在していて、この世界の時空を成立せしめたのか、それとも神ですらこの時間空間の中に存在していて、つまり、われわれの生きてあるあり方に干渉できないのか。宮内さんはあまり神とかいう言葉は使わずに〈それ〉とか書いているけれどもね。「永遠がのしかかって時間をとめてしまったようだ」とかね、こういう表現が随所に出てくる。「すべてが生の絶頂でしんと静止しているようだ」もそうですね。「もしも神というやつがいるなら、せめてそいつに一矢を報いて、憤死するように死にたかった」とかね。ある意味ではもの凄く真剣に、純粋にね、彼は信ずるに足るものを求めているんですよ。『カラマーゾフの兄弟』のアリョーシャ・カラマーゾフなんですよ。しかし、宮内勝典には師事したいという、すべてを投げ出して絶対帰依したいと思う、ゾシマ長老のような存在がいないんですよ。信ずるに足る〈ゾシマ長老〉が存在しない世界の中で、しかし彼は永遠に信ずるに足るものを求め続けているんですよ。そのときに十九世紀ロシアの作家ドストエフスキーが語った神という言葉を言ってしまっていいものかどうかということをね、彼は考えている。でも基本的に、文学の姿勢としては同じものを感じる。


山崎:ぼくは宮内さんは、今話を聞いていて、何かそういう神でもなんでもいいけど、何かを求める姿勢がね、ちょいずれてると思う。(笑い)はっきり言って。今の時代の、今の時代が求めている理想みたいなものとくっついちゃっている。ドストエフスキーっていうのは、はっきり言って、時代、同時代の者が思ってるようなものとは違うもの、もっと何か、孤独であり、超越しているものを求めているところがあったと思う、悪とか、暴力とか何か反市民的なものを。宮内さんの『焼身』とか、たぶん『ぼくは始祖鳥になりたい』もそうだと思ってまだ読んでないんですけど、彼の小説には小市民的なところがあるんですよ。今の時代に受ける、受け入れられてるものとだぶっている。宮内さん自身の顔とか、ぼくが高校時代に見た宮内さんは、はっきり言ってそういった小市民的なものから超越してるんですよ。すげえんですよこいつは。ところが作品はね、何かそこいらへんのちゃちな小説家がちょっと反社会的ぶって書いた反社会的なものに見えちゃう。そこでぼく
は「ちょっと違うんじゃない」と思ってる。オウム真理教の問題を扱った『善悪の彼岸へ』だったかな、あの作品の中では彼はオウム真理教という、危ない事件を扱ってるから、それにひきずられて彼の持ってた本質をずうーっとけっこう行ってるんですよ。ところが『焼身』とかは、ベトナム戦争のときに反戦平和主義運動みたいなものがあったじゃないですか、それにひきずられているような気がする。だからぼくはあまり高い評価は与えな
かった、この作品に関しては。だって怖さがないんだもの。怖くないもの。宮内さん自身はすごく怖い人ですよ、本人は(笑い)。


清水:ぼくは、今日、熱海駅に着いたときにちょうど『ぼくは始祖鳥になりたい』という本を読み終わりましたが、この本を再読するときには本に印を付けたところだけを読むことになるでしょうね。纏めると一、二頁分になってしまう。ほかの部分に関して検証してみようかという気になるかと言えば、そうならないかもしれないね。ドストエフスキーの小説の場合は、たとえば今度、手塚治虫の漫画『罪と罰』に関して千枚書くといって六百枚ほどは書きましたが、やっぱりドストエフスキーの場合はディティールが凄い。


山崎:ぼくも絶対そう思いますよ。


清水:小説の命はやはりディティールにある。人間を描くときに、きちんとディティールを描いていかないとやっぱり心に残らないよね。きちんとディティールが描かれていると何度でも読める。だから、ぼくは現代の小説家のものをほとんど読んでいないからちゃんとしたことは言えないかもしれないけども、まあ、ぼくの中では小説は、十九世紀ロシアで終わっている。ドストエフスキーとかトルストイが出ちゃった後でさ、いったい何を書くんだよ、といったことだね。何年か前に集中的にチェーホフを読んだときに、チェーホフも頑張ってよくやってるなという感じはしたけれども、まあしかしドストエフスキーで書かれているだろうと。それにトルストイもいることだし。もうほとんど書かれてしまっている。われわれが今、二十一世紀に入って生きているこんな生きざまなんかもうとっくに書かれている。だから今世紀、小説をどうするかなんて問題以前に、われわれの人生そのものがぜんぶ書かれてしまっている。すでに書かれてしまっているのに、なぜおまえら生きてるの、といった感じですね。おまえらの人生こそがバーチャル(架空現実)だよ、と。トルストイの『戦争と平和』とさ、ドストエフスキーが『カラマーゾフの兄弟』まで書いた小説群のあのリアリティから比べたら、おまえの人生こそが薄っぺらでさ、表層でさ、なんで生きてるの? みたいなね、そういったことを突きつけられているんだということですね。これを本当に自覚して、認識してね、今、原稿用紙に向かって小説書いている者がはたしているのか、ということですよ。ぼくは初めから批評家になろうと思っていなかったから、小説を書こうと思っていた人間がたまたまドストエフスキーの『地下生活者の手記』を読んで、いったい何なんだこれは、と思ってそこから出発して四十年たってしまったということですから。だから今ね、おれの前で「小説書いてるんだ」と言うんならね、「いったいどういう小説書いてんだ」ということですよ。「それ、ほんとうに小説って言えるの?」と。だから本気できてもらいたい気持ちはあるね。


山崎:実はぼくも、高校時代にね。高校二年くらいの時に、たまたま大江健三郎の小説をちょっと読んだ、で大江健三郎ドストエフスキーのこと書いていて、ドストエフスキーの『地下生活もの手記』を読んで感動しちゃった、古い本、ぼろぼろになった本を持ってますけど。ぼくは大江健三郎という作家の初期の作品を読んだ時に、ドストエフスキーを読んで感動したものと五分五分くらいだった。大江健三郎にぼくは人生を狂わせられましたね、はっきり言って。今はもう大江健三郎、あまり好きじゃないですけど。


清水大江健三郎の初期の作品って、どういうものを指しているんですか。


山崎:だから、『死者の奢り』から『見る前に跳べ』に至るくらいに書いた短編がいっぱいあるんですよ。それを読んだ時に、ああ文学とは怖いもんだな、と。ドストエフスキーを読んだら、ドストエフスキーの怖さっていうのもこういうもんだな、と思いましたね。ぼくはだから、ドストエフスキーは凄いということは認める、だけど大江健三郎が若いときに書いたものも凄かった、感動した、今でもぜんぜんドストエフスキーよりも大江健三郎が負けているとは思わない。宮内さんにそれを期待してるんだけど、宮内さんはそういう意味ではちょっと怖さが、恐れがちょっと足りない。その原因は、宮内さんはね、あれなんですよ、アメリカとかね、たとえばアメリカへの幻想とかね、東京への幻想とかね、宮内さん大学行かなかったでしょ、行かなかった分ね、なんか「バカじゃない」みたいなさ、そういうことを言えなくなっちゃってる、東京の文化に対して。だからひきめをもってる、それをぼくは許せない。東京には凄い奴がいると思ってる。いない、いないんだよ。


清水我孫子にはいるけどね。


山崎:そうそうそうそう、我孫子にはね(笑い)。アメリカにもなにか凄いアーチストがいるとかいう幻想が宮内さんの頭の中に少しあってさ。だから『ぼくは始祖鳥になりたい』とか『グリニッジの光りを離れて』とかさ、そういうのはもうタイトルから見てさ、あっこれは宮内さんが負けてるな、と思う。そういう現代の先端の芸術とかにさ。宮内さん自身が凄いのにさ、なんか東京の最先端の文学者とか、ニューヨークの最先端の文学者たちが凄いみたく思ってるとこがある。そこが気にくわない。


清水:ぼくなんかはさ、神の後ろ姿を見て毛布の一枚でもかけてやろうかとか、そういった発想になる。だからドストエフスキー論を書くときもそうなんですよ。たとえばドストエフスキーが原稿を書いている時の顔を机の下から見て、ああ彼はこういう顔でこういうふうに小説を書いているんだというのが見えたり、ドストエフスキーの背後に回って彼の背中にそっと毛布をかけてやったりする、そういうところにおれの批評がある。だから世界の時空の中にわれわれは存在しているとしても、批評はですよ、意識の中で飛ぶんですよ、世界の外へ。世界の外へ飛ぶから、今、宇宙が膨張しているとしても、その膨張している表面の膜が見えるんですよ、シャボン玉がとんでいるようなものとして。それが見えないと批評はできない、というのがぼくの批評家としての考えです。『ぼくは始祖鳥になりたい』というのはさ……、恐竜が鳥になっていくとは、つまり、自分が自分であるところから自分がこういうものになろうとすることですよね。始祖鳥になりたいというのは、そういう〈もがき〉って言うか、自分がいる世界だけが世界ではない、もう一つ別の世界があるということに対してものすごい憧憬がある。だからその時に、始祖鳥はぶざまに飛ぶわけでしょう、恐竜が鳥になろうとして飛んでいるわけだから。まだ本当の鳥になっていないんだからさ。恐竜から鳥になるその〈はざま〉を本当に超えていく、ジャンプしていく姿を宮内さんは自分自身に投影させている。ドストエフスキーで言えば人類の身体構造そのものが変わらなければ、別のもののところへは行けない、というのがあったけれど、宮内さんもそれをやってるんじゃないですか。ただ、恐竜が鳥になったって結局はこの世界の時空からは逃れられない。絶対者、神というものが存在していて、この神はこの世界をつくった神であっても、だからといって全能な存在ではない、そういう視点があるわけですよ、宮内さんの中にね。それを小説で表現していく時のつらさというか、かったるさはあるんですよ。で、自分の想像力で構築していく作品より、9・11とかオウム真理
教事件とかの方がインパクトが強い、だからそこから出発してしまうわけだな。そこで、この現実で起きている衝撃的な事件から出発していく小説家の想像力は、オウム真理教事件よりも9・11よりも先に自分の想像力で衝撃的な作品を作っていく小説家の想像力に比べたらたいしたものじゃないと言われてしまうかもしれない。まあ、ここは評価の分かれるところですがね。
山崎:宮内さんは『南風』という小説でデビューしたんですよ、文芸賞を受賞してね。それはある意味で、自分の若い時、たぶん二十歳前後のことを書いてると思うんですよ、田舎の、自分が生まれ育ったとこ、子供が死んでその墓参りかなんかしたことなどを書いてる感じがするんですけど、次の作品、次の作品で、だんだん彼は認められてきて『金色の象』とかで芥川賞の候補になって、とれそうなとこまでいったんですよ。で、とれなかったんですけど、ぼくはそのころ彼と会ったことがあるんですよ。ぼくは宮内さんにすごく期待してたから。で宮内さんはもうすぐ芥川賞といった時に「ぼくはもうそういうのいやだ。アメリカへ十年くらい行く」と言って、そのくらい向こうにいたんですよ。要するに、文壇的ステータスはもう少しがんばれば手に入るという時にそれを宮内さんは捨てたんですよ。そういうところは、この人は凄いと、ただ者ではないと思いますね。宮内さんは「十年も文壇を離れたらもう忘れられるだろう。が、それでも自分が必要とされるならば
書く」と。それで帰ってきて、また書きはじめたんですよ。これは凄い人だと思いましたよね、やっぱり。その時の宮内さんの姿が目の前にちらついているわけですよ。芥川賞とれるかとれないかという時に、さっと捨てて行っちゃったんですから。で、その時に文芸の編集者というのは、「すばる」の編集者なんかは、宮内さんに、また絶対書いてください、って。個人的に接触した人たちでいるんですよ。宮内さんにはそういった編集者がけっこう付いていると思いますよ、何人も。書いて欲しい、この人には絶対書いて欲しいんだっていう、そういう人がいるんですよ。そういうとこは凄いんだけど。宮内さんの何というの、大学へ行かなかったことの凄さというのはいい意味でもあるんだけど、そこにコンプレックスも少しあると思う。コンプレックスなんか持つ必要はまったくないのに持っちゃってる。なんか、東大とか、慶応とか早稲田とかのくずれ文学者に対して宮内さんが一目おいてるようなとこがあって……。それは宮内さんのダメなところかな。


清水:たとえば今、小説を書いててね、小説家として社会的に認知されるためには芥川賞とか直木賞とかを受賞しなければならないということがある。ぼくはそういうことにまったく関係ないところでやってきてるから、そういった賞に対してあまり価値を置くことはない。だけどそういう世界の中で生きていく者(山崎:職業ですからね)にとっては芥川賞直木賞がとれるかとれないかということは重大な問題ではあろうけれどもね。宮内さんの『ぼくは始祖鳥になりたい』を読んでいると「戦うか、逃げるか」という言葉がよく出てくる。つまり、あるのっぴきならない場面に直面した時に、戦うか、逃げるか、といった判断に迫られる。もし戦って負ければ食われてしまう。自分が生き延びるためには戦った方がいいのか、さっと逃げてしまった方がいいのか、その判断を即座に決定しなければならない。宮内さんがやろうとしていることは、やっぱり、小説を書くことによって永遠なるものを、本当に信ずるに足るものは何なのかを追求していくことだと思う。


山崎:だから文壇的ステータスがどうのこうのというんじゃなくて、そういうことを無視して、本当の文学的何かを持っている人ですよ。


清水:戦っている人ですね。


山崎:今の作家たちはナントカ学賞を貰ったとか貰わなかったとか、そういうことでほとんど動いている人たちが九十パーセントですよ。賞も関係ない、地位も関係ない、おれは自分の文学的テーマを追求するんだという作家というのはいるかどうか分からないですよね。ぼくは宮内さんには、それを感じるんですよ。


清水:だからぼくは、ドストエフスキー一本でやってきたから、現代で小説を書いている人をあまり注目してこなかったけれど、今回は宮内さんの作品を読んで感じるところはありますね。講師懇談会の時に宮内さんは『カラマーゾフの兄弟』を七回読んでいると言ってましたが、面白いのはまだ『未成年』は一度も読んでいないということでした。宮内さんの文学的テーマは実は『未成年』にこそあると思うからね、ぼくは(笑い)。やっぱり、まさに『カラマーゾフの兄弟』を書く前にドストエフスキーは『未成年』を書いたわけでしょう。『未成年』のテーマというのは、主人公アルカージイ・ドルゴルーキイ青年が、実の父ヴェルシーロフと、育ての父マカールという、まさに対極的な存在を前にして、どちらの途を選ぶかというところにある。実父ヴェルシーロフは信ずるに足る神を求めて苦行までするが、結局彼には神を信仰する能力が欠けており、救いようもない精神の分裂に陥っている。育ての父、百姓のマカールは素朴に純朴に神を信仰している。しかし、十
九世紀の青年アルカージイは、やはり理性と知性でものを考えているわけだから、マカールのような素朴な信仰者になることはできない。かといってヴェルシーロフの途を歩めば彼もまた精神の分裂を覚悟しなければならない。まさに彼は二人の父を前にして二者択一を迫られながら、その確固たる第一歩を踏みだすことができないでいる。まさに彼もまた分裂した状況に置かれた未成年と言える。しかし彼には一つの理想があった。それはロス
チャイルドになること、つまり世界一の金持ちになるということです。が、それはあくまでも表層的な次元のことであって、彼はそうなることで〈平静な力の意識〉を獲得したかったわけです。まあ、〈平静な力の意識〉を持ちたいというのであれば、別にロスチャイルドにならなくてもいい。宮内さんは曹洞宗だそうですが、ぼくもそうなので禅寺にでもこもって座禅修行して〈平静な力の意識〉を得てもいいわけです。が、アルカージイ・ドルゴルーキイは世界一の金持ちになることによってそれを得ようとしたんですね。今、二十一世紀になって、連合赤軍事件で〈革命幻想〉が消えた、オウム真理教事件で〈宗教幻想〉が消えた、ホリエモンの逮捕で金に対する幻想も消えた。まさに今はそういう時代ですよ。だからぼくは、ホリエモンはせっかく留置所に入れられたんだから、『罪と罰』ぐらい読めばよかったと思いましたよ。が彼はそこまでいかなかった。自分が本当に欲しいものは何なのか、金を得て六本木ヒルズの最上階に住むことが理想なのか、そこまで行っ
た後に何が欲しいのか、というところまでいかないとね、つまりドストエフスキーの世界までこないとだめだということですよ。そうでないと十九世紀ロシア文学の作中人物にすらなれないということですよ。ああいう次元にとどまっていてはだめですね。だからぼくは、二十世紀の百年をまたぎ越えて、今二十一世紀になっているけれども、今現在生きている人たちが、もう一度十九世紀に立ち戻って考えてほしいよね。ドストエフスキーは人間の問題をほとんどすべて描きつくしているよ。それもこれも含めて、現代において小説を書くことでいったい何を表現し、何を訴えかけていきたいのか、ということですね。ぼくは、宮内さんは今の世界の中できちんとこういった問題を見据えながら小説を書いている人だと思う。だからぼくは彼の仕事を見守っていきたいし、彼の書いている小説はぜんぶ読もうと思っている。


山崎:文学は、先程も言いましたけれども、文学を使って小市民的にちょっと偉くなりたいとか、そういうこととは違う。けど今の作家たちのほとんどはそうだと思う。そのようにしか受け取れなくなっちゃったから、文学の力というものが弱くなってしまったんだと思うんですよ。が、宮内さんを見てるとぜんぜんそうじゃないですよね。こういう人は文学を復活させる可能性を秘めている人ではあるけれども、ときどき宮内さんも何か、ミーハー的なところも潜んでいてそれを感じることがある。


清水:それではこの辺で文芸GG放談の第一回を終えることにしましょうか。


・・・・・・・・・・・・・・・編集室から・・・・・・・・・・・・・・


◎「文芸GG放談」は「文芸爺い放談」(ブンゲイジジイホウダン)であり、「文芸時事放談」(ブンゲイジジホウダン)でもある。山崎行太郎さんはすでに還暦を迎えたし、わたしも2009年には還暦になる。自分がやるべき仕事はきちんとやっていくことにして、この歳になれば少しは社会に向けて積極的に発言していくことも必要だろうと考えていた。山崎行太郎さんとだったら面白い対談ができるのではないかと前から思っていたので、二年位前から頭の中で構想を練っていた。現代の小説家に対しても忌憚のない、時には辛辣な批評もしていこうではないか、そのことで文芸の世界が活性化し、本来の力が発揮できるようになれば面白いではないか。ということで、今回「文芸GG放談」の第一回を熱海で実現させることができた。山崎行太郎さんはブログ「毒蛇通信」でこの放談を発信していくことになるだろう。わたしは「D文学通信」で、なるべく放談を忠実に再現していこうと思っている。さまざまなゲストもお呼びして、賑やかにやっていきたいとも思っている。