プーチンと『罪と罰』(連載18) 清水正

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                清水正・画

 

プーチンと『罪と罰』(連載18)

清水正

 

 こういう絶対神が〈理性と意志を賦与された旋毛虫〉を人間に感染させるのである。ということは、まず第一に神はこのことによって人間を試みている。〈理性と意志〉を与えられた人間は、そのことで神を否定し、自らの絶対化をはかる。その結果、人類は破綻しなければならなくなる。しかし、これは神の仕掛けた試みであり、シナリオである。自由意志を賦与されたエヴァが神の命令に背いて悪魔の誘惑を受け入れたということを、エヴァ一人の科とすることはできない。なぜなら、全能の神は、エヴァが自分の命令に背くことを予め知っていたからである。全能の神はすべてを知っていて、試みたり、裁いたり、罰したりしている。わたしには退屈紛れの神の一人遊びにしか思えな

い。

 創世記やヨブ記ドストエフスキー文学作品と同様に読む者にとって、旧約聖書の神は不断に疑心暗鬼に捕らわれている独裁者の貌を浮上させる。イエスはこの試み、裁き、罰する旧約の神と決定的な決着をつけないままに〈神の独り子〉として振る舞っているように見える。キリスト教の教会、およびキリスト教を国教としている国家は、旧約の神と新約の神との関係の曖昧さを受け入れたことによってその組織を維持しているように思える。暴力の否定、愛と赦しを説くキリストを受け入れているような振りをしながら、現実においては〈歯には歯を〉の旧約の神の教えに忠実であるからこそ、キリスト教国家でありながら戦争を繰り返しているのである。

 キリストの暴力に対する無抵抗を受け入れているキリスト教国家は存在しない。民主主義国家も独裁国家と同様に軍隊を持っている。武器の研究、生産が止んだことはない。全世界の国家は各々、自分たちの〈正義〉を主張し、その〈正義〉のために戦争を拒むことはない。

  ドストエフスキーがロジオンの〈悪夢〉を通して言いたかったのは、〈理性と意志〉ではなく〈キリスト〉に基づいた新しい世界の創造だったのかもしれない。しかしそれをドストエフスキーはついに描くことができなかった。わたしもその世界をイメージすることはできない。〈理性と意志の旋毛虫〉に感染した人間が相互殺戮によって滅びることは理解できる。この絶対的な災難に際して、何人かの〈選ばれたる人〉を残したのは、ドストエフスキーの非現実的な希望にしか過ぎなかったのではないかとさえ思う。わたしは『罪と罰』本編に関してはそれなりにリアリティを感じるが、エピローグにはドストエフスキーの願望を強く感じるだけである。

 『罪と罰』全編は極めてリアルとも言えるが、同時に幻想とも言える。わたしは若い頃『罪と罰』のロジオンにリアリティを感じたが、しかし殺人行為に関しては納得できなかった。わたしは屋根裏部屋の空想家にリアリティを感じたが、実際に二人の女に斧を振り上げる殺人者には虚構を感じた。

 ソーニャの〈信仰〉に慄いても、ソーニャの淫売稼業の実態がまったく描かれないことに不自然さを感じたし、スヴィドリガイロフの援助によってロジオンをシベリアに追っていく設定も安易に感じた。わたしは殺人を犯さないロジオン、淫売稼業の泥沼から這い出せないソーニャにリアリティを感じるので、エピローグの「愛によって彼らは復活した」「思弁の代わりに生活が到来した」などの言葉は少女漫画り中のセリフのように思えてしまうのである。

 人間は〈理性と意志〉の危険性を自覚しつつ、なお〈理性と意志〉に立脚して生きていかなければならないのではないか。人間は〈宗教〉をも抱き込んで生きている。宗教(一神教の神)が〈理性と意志〉に代わって人間を支配することは、却って人間を不幸に陥れるのではないか。

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清水正研究」No.1が坂下ゼミから刊行されましたので紹介します。

令和三年度「文芸研究Ⅱ」坂下将人ゼミ

発行日 2021年12月3日

発行人 坂下将人  編集人 田嶋俊慶

発行所 日本大学芸術学部文芸学科 〒176-8525 東京都練馬区旭丘2-42-1

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