「畑中純の世界」展を観て(連載26)

今年は宮沢賢治生誕百二十周年にあたる。今まで単行本に収録していない千五百枚強の賢治童話論
を刊行することにした。『清水正宮沢賢治論全集』第二巻として今年中に刊行する予定で準備に入った。現在、校正中。

清水正が薦める動画「ドストエフスキー罪と罰』における死と復活のドラマ」
https://www.youtube.com/watch?v=MlzGm9Ikmzk

清水正の講義・対談・鼎談・講演がユーチューブ【清水正チャンネル】https://www.youtube.com/results?search_query=%E6%B8%85%E6%B0%B4%E6%AD%A3%E3%81%A1%E3%82%83%E3%82%93%E3%81%AD%E3%82%8Bで見れます。是非ご覧ください。

京都造形芸術大学マンガ学科特別講義(2012年6月24日公開)
ドラえもん」とつげ義春の「チーコ」を講義

https://www.youtube.com/watch?v=1GaA-9vEkPg

清水正ドストエフスキー論全集』第八巻が刊行されました。


清水正への原稿・講演依頼は  qqh576zd@salsa.ocn.ne.jp 宛にお申込みください。ドストエフスキー宮沢賢治宮崎駿今村昌平林芙美子つげ義春日野日出志などについての講演を引き受けます。
清水正『世界文学の中のドラえもん』『日野日出志を読む』は電子書籍イーブックジャパンで読むことができます。ここをクリックしてください。http://www.ebookjapan.jp/ebj/title/190266.html


ここをクリックしてください。清水正研究室http://shimi-masa.com/

四六判並製160頁 定価1200円+税


ここをクリックしてください エデンの南 

畑中純の世界」展を見て
 神山美玖





 私が「まんだら屋の良太」を初めて読んだとき、描かれている絵には全て意味があり無駄なコマなど無い漫画だと思いました。
たとえば、第1話9ページ1コマ目の、良太がタケシさんと染子さんの仲を疑問に思うシーンには、タケシさんの私物であると思われるものが数多く描かれています。一見ただの背景の様に感じるけれども、裸の女性の絵や染子さんとのツーショット写真から、この1コマで『宮川タケシ』がどのような人物なのか読者は想像することができます。特に二人が仲睦まじく写っている写真立ては、良太の目線から外れたところに置かれていて小道具の配置にもこだわりを感じました。印象的な小道具を効果的に配置することで、セリフだけでは伝えきれない人物の特徴を表現しているところは素晴らしいと思いました。
 また背景の描き込みはかなり細かく、背景が描かれていないコマを見つける方が難しいと感じるほどです。描かれている背景は全てリアリティがあり、九鬼谷へ実際に旅をしている気分を味わえます。他にも、作中に出てくる台詞はモノローグも含めて全て小倉弁を使用している点も印象的でした。畑中純氏が実際に過ごしたことがある小倉の方言だからこそ温かみがあります。そして、小倉弁を話すことで漫画に生活のリアルさが生まれているように思います。そのため小倉弁はまんだら屋の良太という作品における重要なキーワードになっていると感じます。

この漫画を読んで、現代の若者に流行しているコミックと比べて映画的な印象を受ける作品のように感じました。また最近の漫画に多い、疾走感があるだけで特にメッセージ性がないものやキャラ・世界観の魅力だけでストーリーに魅力が感じられない作品とは違い、物語に魅力のある作品だと思います。
なぜ現代のコミックとは違うと感じるのか、それは少し現実離れした内容を現実味のある描写をしているからだと考えます。最近流行しているコミックには、キャラクターの表情・心情に対して『ガーン』『パァァ』などのオノマトペが使われていることが多いです。しかしこの畑中純氏の作品では、擬音はボイラーの音や太鼓の音などの限られた生活音に使用されているだけです。人物に対応したオノマトペは限られたコマでしか描かれておらず、それが作品のリアルさを演出しているように感じます。人物の心情を文字で表現しないからこそ描かれている絵を細かく見て心情を読み取ろうという気持ちになり、必要のないコマがなくなります。そして結果的に漫画の世界に入り込むことが出来ます。
また畑中純氏の作品は限りなく現実に起こりうる出来事をテーマにしているように思えます。まんだら屋の良太に出てくる登場人物は全員人間味があります。主人公の良太は勿論のこと、温泉宿に宿泊している脇役も表情や台詞から漫画のキャラクターとして立っていると感じます。脇役含めどの人物を主人公にしても物語として成立すると思えるほどのキャラクターが織りなす人間模様は、見る人を引き込む強い力があります。

私は、畑中純氏の作品はまんだら屋の良太しか知らなかったため、彼の描く絵は全て現実を漫画独特の表現法で描いていると思っていました。そのため畑中純氏の作品展示「畑中純の世界」展を見た時、曼陀羅という表現に相応しい色鮮やかなファンタジーの世界に驚きました。限られた色しか使用しない版画には、細かい描写から自然と色が見えてくるように感じました。また展示されている絵画からは、まんだら屋の良太からは読み取れない畑中純という漫画家の引き出しの多さが見えたように思います。
展示されている作品の中で、私が一番好きだと感じた作品は「銀河鉄道の夜」です。4枚の絵を繋げてみると確かに銀河鉄道だとすぐにわかります。しかし、1枚1枚を個別に見た場合でもそれぞれが銀河鉄道の夜として成り立った独特な世界観があり、吸い込まれてしまうような感覚に陥りました。星の表現も、流れ星と惑星、夜空に浮かぶ星々とで描き方が異なり、宮沢賢治の描く世界を畑中純氏の表現力で展示会場に生み出しているように思いました。
展示を見たことにより、まんだら屋の良太を少し読んだだけではわからなかった畑中純ワールドを目の当たりにしました。そしていかに畑中純氏が漫画を描くことに命を注いできたのか、その凄まじさを肌で感じることが出来ました。まんだら屋の良太は、作者の漫画に込めた思いを少しでも読み取る努力をすることで新たな側面から漫画を捉えることができると感じた作品です。