畑中純の魅力(連載4)




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畑中純の魅力(連載4)日大芸術学部文芸学科「雑誌研究」・2015.7.10)

講演者・畑中眞由美(畑中純事務所代表)
司会進行・清水正(日芸図書館長・文芸学科教授)

参加者・日野日出志(実存ホラー漫画家・文芸学科講師)/犬木加奈子(ホラー漫画家・文芸学科講師)/畑中元(長男)/畑中沙代(次女)/秋山江梨(三女)/「雑誌研究」「マンガ実習」受講者


畑中純のエロスとカオスの桃源郷

畑中純のエロスとカオスの桃源郷

清水 では、僕が『まんだら屋の良太』のすごさを少し語って、その後で日野先生にもご意見を伺いたいと思います。僕はいつも言うんですけど、日野先生の線っていうのはすごく美しい線なんですよね。しかし断面図で見ると深く食い込んでいる線なんですよ。面のところしか見えませんけれどね。一方、展示会の絵を見ていただければわかりますように、畑中純の線っていうのは彫刻刀でビュッと切り込んだ線ですからね。これはもう畑中純にしかできない線です。この間も少し言ったんですけど、牛乳瓶の底みたいな眼鏡をかけている棟方志功っていう版画家が、テレビ番組で葛飾北斎の「富嶽百景」の特集をやったとき、北斎の線について「この線にデーモンが取り憑いている」って言うんだね。つまり「悪魔が取り憑いていないと葛飾北斎の線は出ない」と言うんですよ。その後に美学系の大学教授が色々話していましたけれど、その話は全然伝わってきませんでした。棟方志功のこの言葉だけで全部言い切っていますよ。それと同じように畑中純の線っていうのもそういうものを持っていますね。枠から外れていくところがあります。だから展示で風の又三郎が飛んでいる図がありますけれどね、ここにある枠にとらわれてしまうと小さくまとまっていうように見えるんだけど、枠を外して写し取ると完璧に宇宙を飛んでいる線になるんですよ。
 九鬼谷温泉っていうのは架空の温泉ですけれども、舞台は北九州の小倉です。その九鬼谷温泉のなかに男性も女性も人間以外のものも、あらゆるものが集まってきて癒されるんですね。だから、男と女の色事も、金のことも、犯罪も、いろんな人たちがここに来ていろんなドラマが展開されます。この架空の九鬼谷温泉は、単に日本の北九州の小倉にある限定された温泉地ということではなくて、理想郷なんですよね。畑中純が目指していた桃源郷です。いま世界では色々な争いが起きています。イスラム国にはイスラム国の、アメリカにはアメリカの神がいるんでしょう、おそらくね。だから様々な神々が戦っていますけれども、あらゆるすべての人間に対して、人種が違っても宗教が違っても民族とか思想が違ってもみんなここへいらっしゃいということですよね。
 しかも畑中純のすごさっていうのは、ただ単に人間だけではなくて、人間以外の生物もいらっしゃいというところですよね。動物も昆虫も。もちろんそれだけではなくて現実の世界を超えたもう一つの世界にまで飛翔して行っているんですよ。だから単に一つの世界ではなくて、異界にまで飛び込んだ理想郷、桃源郷ですね。これを目指して書き続けていった。しかも庶民の生活と言いますか、我々が現世において生きている現場から離れずに。
 それに加えて僕が感動するのは、これだけのストーリー性のある漫画を六日間で一話仕上げているということのすごさですね。しかも最初から最後まで密度が落ちていません。このすごさです。
 僕は晩年の畑中純さんとお会いしたときに色々話をしました。一つは展示会挨拶にも書きましたけれども、「畑中さん、どのぐらい仕事やってんの?」って聞いたら「うーん、起きている間中」っていう言葉が返ってきました。もう一つはマンネリズムの話です。つまり僕もそうなんですけど、五十年間もドストエフスキーについてずうっと書き続けているとですね、必ず同じところを何回も何回も書くことになります。だから『まんだら屋の良太』を描いていた畑中さんも、おそらく「あ、また同じようなことだ」っていうことを繰り返しやってきたと思います。僕は畑中純さんの仕事を「偉大なるマンネリズム」と表現しています。

 僕は畑中純の『まんだら屋の良太』は「カオス」と「エロス」と「ファンタジー」とが渾然一体とした素晴らしい世界をかたち作っているということで、これは世界にどんどん発信していかなければならない漫画であり版画であると思っていますので、これからも様々なかたちで発信していきたいと思っています。今日はその一環として眞由美さんにも来ていただいて「畑中純の魅力」について語ってもらっているわけです。
 では、日野日出志先生にも畑中純さんの漫画や版画についてぜひ一言お願いします。

日野 畑中さんとは何度かお会いする機会があって、そのときお互いに色々話したことがあります。畑中さんがデビューしたとき一番に感じたのは「ああ、すごい奴が出てきたなあ」って印象です。で、版画を始めましたよね。そのときは、少し俺、絡みながらだと思うんだけど「版画家にならないでくださいね、漫画を描いていてください」ってお願いしたことがありますね。それは大丈夫でしたけれどもね。あと、お嬢さんが泣いていたりとか、すごく羨ましいです。うちの子どもたちに俺のこと聞いたらどういうふうに言うのかって考えるとちょっと鳥肌立ちますよ。ぞっとしますよね。畑中さんはいい家族に恵まれたんだと思います。
 『まんだら屋の良太』って何年ぐらい続けました?
畑中 十年です。
日野 十年。私は駄目ですね、連載は半年が限界。それ以上保たないんですよ。だから短編ということにしたんですけどね。その辺は僕とは違いますね。この作品をご長男は「好きになれない」んでしたか? 「汚くて」「下品で」「好きになれない」と。でも、汚いこととか下品なことを堂々と描くっていうのはすごいことなんです。俺が一番尊敬しているのはそこです。
畑中 ありがとうございます。デビューしてすぐはそういう批判がいっぱいありました。「品性が下劣だ」とか言われましたね。それで本人はけっこう傷ついていましたけど「人間の上半身も下半身も、人間を丸ごと描きたいんだ」と言っていました。
清水 日野先生の代表作は『蔵六の奇病』ですが、主人公の蔵六の全身に汚くて臭いおできみたいなものができていく。けれど蔵六は、からだには汚い毒きのこのようなものができてくるけれども、心の中ではいつも美しいものを求めている。その蔵六をどこまで抱き締められるのかっていうのが、日野先生における大きなテーマだと思います。いま眞由美さんがおっしゃった通りですよね。人間のなかにある卑劣な部分、醜悪な部分、そういうところをもえぐり出して、総合的に人間を大きく抱き締めるというのが、畑中純の漫画のすごいところです。これはドストエフスキーも同じといえば同じなんですが、ある点ではドストエフスキーを超えるようなものすごい包容力を持っているんですよ。それが九鬼谷温泉なんです。だから僕は「カオス」と言っているわけです。だって眞由美さんのこの美しい姿だけじゃなくて、眞由美さんのなかにある醜悪な部分も全部含めて、それをどこまで描き出すかっていうことが勝負でしょう。汚いものを汚いまま出すんじゃなくて、それなりに調理してちゃんとテーブルに出せるようなところまで昇華していく、再構築する。これがやはり漫画家の力量というもので、そこが畑中純さんのすごいところだと思います。ですから元さんはこれから『まんだら屋の良太』を読んで、父親が描いた九鬼谷温泉の湯のなかにゆっくりと浸かってみたらいかがですか? おそらく畑中純さんはあなたのことも描いていると思いますよ。みんなが温泉に浸かっている絵がありましたけれども、おそらく娘さんたちもあなたもあそこに入っているはずですよ。奥様も含めましてね。そのぐらいすごいんですよ。尤も、簡単に「偉大だな」ってわかっちゃうような父親は、実は大したことはないんです。やっぱり反感を持ったり確執があったり、そういった内的な戦いを経てようやく父親を認めていくんじゃないんですかね、息子は。だからそんな簡単に認めちゃいけないんです。そこは娘さんと違うところなんだよね。娘は夜中に煙草を吸いながらお父さんと人生の悩み事を語ることができる。けれど、息子はなかなか語れないんだよね。
 でも、もうすでに描かれていますよ。もう一回帰りに見ていってくださいね、お父さんの描かれた絵を。入っていると思いますよ。ね、そうじゃないですかね(眞由美さんに向かって)。
畑中 そうですね。純さんは昔「あんまり子どもが好きじゃない」って言っていたんですけど、結果的には四人も子どもを持つことになって、「自分の子どもは特別。可愛い」って言っていましたね。特に長男は一番お金のないときに生まれたので、私にしても特別な想いがありますよね。だからそんなこと言うような人じゃなかったんだけど、ある日出掛けて帰って来たら「電車のなかにおかし気な赤ん坊がおったぞお」って言うわけです。「自分の子どもは玉のように可愛い男の子だ」って手紙に書いてあるんです。「玉のような男の子が生まれました」って。だからやっぱり自分の子どもを持ってみると変わるんだなあって思いましたね。
清水 僕は自分の息子とはこういう話はしないけど、元さんと話そう。「元」ですよ、名前。「元」っていう字を付けられているんですよ、あなたは。すごいよね。桃源郷、理想郷の「元々」だもの。しかも最初の子どもでしょう。最初の子どもに対して父親がどういう思いでいるか。生まれて来るまでのハラハラドキドキ、そして生まれてからの喜びとか僕は全部わかるよね。

畑中 だけどね、「畑中元」っていう名前が「お中元」と似ているんですよね。私は全然気がつかなかったんですけど、友だちから「お中元」とかってからかわれていたって言うから、「ああ、本当だね。ちょっと考えればよかったね」って。大好きですけどね。
清水 でもいい名前ですよね。素晴らしい名前ですよ。で、今日は演劇学科の学生も来ているだろ。今までの話を聞いての感想と質問をしてください。


学生9 作品は未読なので何も言えないんですけれども、そこにある表紙を見ていてすごくキャッチーな絵を描くなあと思って。たとえば他の人が同じものを描こうとしても同じ絵にはならないんですよね。私は演劇学科でお芝居をやっているんですけど、芸術をやっている身からすると、そういう「他にはないもの」がすごく羨ましいな、すごいなと素直に思って。日常でも他の男の人にはないものがあるなって思ったこととかはありますか?
畑中 そうですね。私は夫とだけしか付き合ったことがないので、男の人の付き合ってからわかるような部分があまりわからないんですけれども、やっぱり「オンリーワンなんだな」って思いはずっとありますね。「何が魅力なの?」って言われてもちょっとわからなくて、すごく自分に合っていたのかなっていう感じしかないですけど。
清水 では、犬木加奈子先生。感想なり質問なり何か言ってください。いままで話を聞いていていかがでしたか。

犬木 そうですね、私は子ども向けのホラー漫画をずっと描いていました。さきほど「下品で汚くて」っておっしゃっていたんですけれども、私も多分、一番最初にグロくて気持が悪い漫画を描いた女流漫画家で、娘にもまったく同じふうに言われているので、痛いな思っているんですけど、近いと大体そういう感想になっちゃうんだろうなって思います。うちの娘も少女漫画らしい可愛い絵の恋愛漫画を書棚に山のように持っているんですけれども、そのなかで私の絵を見たことはないので、息子さんの意見にはちょっと共感いたしました。
清水 はい、ありがとうございました。ではせっかくの機会ですからほかに質問などありますか? 今日のテーマは「畑中純の魅力」ということで進めてきましたけれども。
学生10 お話を聞いていて、やっぱりご夫婦のあたたかさと家族のあたたかさと、作品を読む読まないとか、そういうこともあるとは思うんですけれど、でも根本にあたたかいものがあるなあと思って。私も九州から出てきて大学進学を機に上京したんですけれど、実家に帰りたくなりました。

学生11 私も、お二人はすごく理想的な夫婦でいらっしゃって、私の両親にもぜひ見習ってほしいところがたくさんあるなと思いました。それから、他の作品も手に取ってみたいなと興味を持ちました。とってもいい講演で今日聞いてよかったなと思いました。

学生12 奥様が畑中純さんの魅力について最初の方で「文章が書けることが魅力だ」っておっしゃっていて、私は文芸学科で小説を書いているんですけれど、『まんだら屋の良太』の設定について、十七、八歳が「子どもとしてのギリギリのライン」ということを聞いて、私も同じ理由で十代後半の女の子を主人公に書くことが多くて、子どもと大人の境目ということをすごく意識して書いています。授業資料として配られた作品しかまだ読んでいないんですけど、お話を聞いて学んでいきたいなと思うところが多くあって、すごく参考になりました。

学生13 私の家族も全員すごく仲がいいんですよ。で、お子さんたちや眞由美さんたちご夫婦の話を聞いて、一緒に遊んでくれたっていう話だったりとか、私も同じようなあたたかい家庭で育ったのでもらい泣きしそうになってしまいました。私も清水先生が資料として配ってくれた作品しかまだ見ていなくて、最初は見たときにびっくりしてしまったというか、結構裸のシーンとかが多かったので、すごく、アッと思ってしまったんですけど、今日の話を聞いて、そういう表面的なところじゃなくてもっと中身をちゃんと見なきゃなあと思いました。見ます!
畑中 クセになりますよ、読んでいるうちに(笑)。

学生14 畑中純さんはすごく娘さんから好かれていたんだなと思いました。私は父と仲良くはないので、いま詳しい話をしてと言われてもできないなと思って、少し反省しました。あと私は一人の人を愛するっていうのがあんまりわからないので、それも今日お話を聞いて「魅力はわからないけど、合ったんだ」っておっしゃっていたので、そういう人に出会えればいいなと思いました。
畑中 ぜひ出会ってください。
清水 君は一人の男を愛せないの? 変わっていくわけ?
学生14 いやあ……えっと、はい。そうですね。
清水 へえ、初めて聞いたなあ。
学生15 質問が重なってしまうかも知れないんですけど、畑中先生が行ったことで衝撃的だった言葉とか行動ってあったりしますか?
畑中 そうですね、言葉というか……スローガンっていうことではないんだけど、借り物の他の人の言葉ですけれど「自分は革命も自殺もしないだろう」って。それで、「ただ漫画を描き続ける」みたいなことはよく言っていましたね。そんな大したことは言わない(笑)。でも漫画が本当に好きで、絵を描くことが好きで。彼はお酒は飲まないので、それこそ起きている間中仕事ができるんですけど、だから「自分が二人ほしい」みたいなことはよく言っていましたね。他人を信用できないんですね。私がちょっと手伝うのがギリギリの線で、本当は全部自分でやりたい。だから「自分が二人いたらいい」みたいなことは言っていましたね。あとは衝撃を受けたこと……清水先生は私と純さんがすごく愛し合ってラブラブみたいに言ってくれるんだけど、わりとそんなんじゃなくて、私は純さんからひどいことを言われて傷ついたこともあるし、いつもいつもいい関係ってわけではなかったんですね。こう言うとがっかりされるかも知れないけど。だけど男の人の考え方と女の人の、それを受け取る側の気持ちっていうのがまったく同じってわけにはいかないので、平均してみたらよかったのかなっていう感じですよね。衝撃の言葉はちょっと思い浮かばないので、ごめんなさい。
清水 もう時間がそろそろ迫ってきたんだけど、ほかになんかありますか。
学生16 ちょっとだけ読ませていただいたんですけれども、失礼かも知れないんですが、やっぱりちょっと下品な部分もあるじゃないですか。それを奥様はどう思われていたのかなと。そういうことを旦那さんが描くことに関して。
畑中 「描き過ぎじゃないの?」みたいなことは私はよく言っていましたよ。本人も言ってました、「女性と子どもに好かれないと売れない」って。わかってはいましたね。だけど、「人間を綺麗なところだけじゃなくて丸ごと描きたいから、これはこれでいいんだ」って感じでしたね。だから私も手伝ってはいたんですけど、字の間違いや描き間違いがないかとかそういうところの方に視線が行っていたので、なかなかお話を読み込むまではいかなかった気がしますね。だけどあんまりみんなが「下品だ!」とか言うと怒っていましたね。
清水 まだまだ聞きたいこととか語らなきゃいけないことはたくさんあります。『まんだら屋の良太』は五十三巻までありますから全部読むのは大変なんだけれども、みなさん、ぜひ読んでください。下品とか汚いとかを超えた世界ですので。やっぱり僕は日本の漫画界が誇るべき存在だと思っていますし、来年は図書館企画で『日本のマンガ家 畑中純』を作ります。あなたたちにも感想を書いてもらって、そのなかから面白いものがあれば掲載したいと思います。
 今日は、「畑中純の魅力」というテーマで奥さんの眞由美さんに語っていただきました。それからご家族のみなさんにも突然、予定もなくお話いただいて、本当にありがとうございました。