「畑中純の世界」展を観て(連載10)

清水正ドストエフスキー論全集』第八巻が刊行されました。


畑中純の世界」展を見て
清水正の講義・対談・鼎談・講演がユーチューブ【清水正チャンネル】https://www.youtube.com/results?search_query=%E6%B8%85%E6%B0%B4%E6%AD%A3%E3%81%A1%E3%82%83%E3%82%93%E3%81%AD%E3%82%8Bで見れます。是非ご覧ください。
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漫画家であり版画家でもあるということは知っていましたが、資料館に入ってみて実際にその作品を自分の目で見てみると版画とは思えないような繊細な作品が並んでいて思わず足を止めたというよりは止めざるをえなかったというのが最初の印象でしたでした。順路に沿って歩いていくとまず目に留まるのは「畑中眞由美」という畑中純さんの奥さんの絵。私は、こういってしまうのも何ですが、若いころの畑中眞由美さんを知っているわけではないので断言はできませんが、確かにその絵はこの間日芸の授業で私たちに話をしてくださった畑中眞由美さんの面影があって、これが今より少し前の畑中眞由美さんなんだと何の疑いもなく頭に入ってきました。根拠もなにもなく「似てる!」と心の中で叫びました。10代の頃に二人は出会ってしかも生涯その人だけだったという二人の歩んできた道が示すように、畑中純さんが畑中眞由美さんをどんなふうに思っていたのか、きっとこの絵の温かみそのままなんだろうなと感慨深い思いでした。
人物画を通り過ぎて奥に進むと版画絵の作品が並び始めます。漫画家だからといってその作風は漫画とはまた違って同じ人が作っていると思えないような印象でした。木版 画の何割かは宮沢賢治の世界を描いたものが多かったような気がします。畑中純さんは宮沢賢治に影響を受けていたのでしょうか・・・。描かれているのは「雨にも負けず」や宮沢賢治の人物画までさまざまです。中でも強く心に残ったのは「注文の多い料理店」の文章をそのまま木版画で起こして作品にしたもの。本の文字ではイメージは自分の頭でするしかないけれど、木版画では文字一つ一つも形を成して作品の一部として視覚的に私たちに訴えかけます。その文字の力強さに思わず魅入ってしまいました。文章の木版画だけでなくて物語の情景を描いた作品にもひとつひとつに表情があり、その作品の表情をちゃん見ようと、作品ごとに足を止めてしばらくその一つの作品と向き合いました。こういうのもど うかと思いますが、作品がどれも「面白い」です。綺麗だからとか絵がうまいからとかではなくて作品がこちらに訴えてくる無の言葉に私自身も無意識にそれを受取ろうと必死だったのかもしれません。
木版画の作品が並ぶ壁から振り返ってみると今度は色のついた作品が並んでいました。木版画とはうってかわってまた違う作風でほんとに同じ人物による作品とは意識していないとわからないくらいです。でも共通して同じ点は線の強さです。それが淡い色使いと良いコントラストで独特な世界観を感じました。この並びの作品に書かれている男の子はどこか畑中純さんに雰囲気が似ているような気がします。畑中純さんでなかったとしても男の子に対する特別な思いがあって書いたのかなと思うくらい躍動感が あってまるで魂がこもっているかのような感覚にさせられました。今にも絵の中で動くんじゃないかとドキドキしました。
木版画と色のついた絵が並んだ壁を進むと、次は実際漫画に使われたいくつもの1ページが並んでいました。そこからは私の知っている畑中純さんの作品のイメージでした。最初に目に入ったのは「オバケ15話”明暗”より」の1ページです。「オバケ」という作品はまだ見たことがなくてネットで少しだけ画像をチェックした程度ですがこの1枚は強烈でした。私の勝手な想像ですが、風刺のようであり、ホラーのようであり、リアルでコミカルな印象です。「黒く塗れ」のその一言が本当にたくさんのことを述べているような気がして畑中純さんの書く漫画の1ページって読者にいろんな情 報と感情を湧き立たせてくれるのだなとふと考えました。白と黒のたったの2色だけでこんなにも伝わるものがあると思うと漫画の可能性は私が思っているよりも本当に大きいものだと思います。
最後に見たのは授業でも扱った「まんだら屋の良太」の展示です。授業で触れたからか、何もわからず見るということはなかったのでいろんなことを考えながら見ることができました。いやぁでもやっぱりこうして見てみるとぎりぎりなシーンが多い・・・。私の世代からすると男女の生々しい関係やシーンをはっきりと書いて世に出すことは勇気もいるし覚悟もいることで、もし出したとしても規制されてしまいそうな気がします。事実はっきりと書いていなくても近い表現のものはモザイクがかかるし、だいぶ制限 されたもんだなと日々思います。そんな中で、私たちが読むような少女漫画とは違えど、ここまで何も抑えない作品を出した畑中純さんの熱意は当時本当にすごかったんだなと感じました。私も芸術学部に在籍する生徒として今後考えていかなくちゃいけないことが詰まってたような気がします。表現の世界として畑中純さんの作品に触れることができたのは本当に良い経験でもあり、同時に自分の視野を広げなくちゃいけないんだなぁと痛感しました。