小林リズムの紙のむだづかい(連載78)

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紙のむだづかい(連載78)
小林リズム

【【ちょっとばかし、前世に行ってみました 前編】


 昔々、あるところにルビーという女の子がいました。彼女の家はわりと裕福で、それなりに恵まれていました。彼女はおばあさんから溺愛されて育ち、外の世界を知らずに育ちました。彼女は毎日退屈でした。たまに、近所に住む年の近いお姉さんがやってきて、外の世界での刺激的な情報を提供してくれます。ルビーはその話を聞くのが大好きでしたが、自分が外の世界に行こうとはこれっぽっちも考えていませんでした。
 誰かのためになることや、人に何かを与えることの喜びを知らないまま時が過ぎました。年をとり、死ぬ間際に彼女の周りには身内がたくさん集まってくれましたが、彼女は特に嬉しいとは思いませんでした。目を開けて微笑もうとすら思いませんでした。そして、ルビーは死にました。
 …というのが、私の前世らしい。なんて淡白な。そして、なんてつまらない…。

 「前世療法に予約したから今度行ってくる!」と友達に話したら、「バカじゃないの?」と言われた。確かに額は高いし、少々うさんくさい気もするけれど、ずっとやってみたかったことだから後悔はなかった。けれど「ああいうのって一種の洗脳だって」「お金ドブに捨てるようなものだよ」とまで言われると、さすがに影響されてきて「まあ、騙されたら騙されたで2万円ぶんのネタになるように還元するよ」と笑うと、今度は「無職なのに2万も使ってるなんて!」と叱りを通り越して絶句されてしまったのだった。

 人には意識している状態と無意識の状態がある。意識は自覚している部分のことで、全体の10%くらいまでにしか満たない。理性をコントロールをしたり、社交辞令や愛想笑いができるのも、この意識のおかげだという。
 無意識というのは、感情だとか感覚のことで、嬉しいとかモヤモヤするだとか、なんか嫌だなって感じることを指すらしい。催眠療法というのは、その無意識の部分をすくいとっていくような感じ。たとえば面白い映画を観終わったあと、目から覚めたような感覚になるアレ。本を読み終わったあと、小さな世界が自分のなかでも幕を閉じたような、アレ。周りの音も気にならないくらいに集中してのめりこんでいるとき、あっという間に時間が過ぎていたという状態も、ある意味催眠と同じなのだという。

 前世療法もこの仕組みと同じで、自分がココにいるという意識はあるし、我を失うことはないのだけれど、それとは別に頭のなかで映像が映し出されていく。それが前世なのかと問われたら確証はないし、証拠もないのだけど、とりあえず形式上はそれが“前世”だとされているのだった。

 意識をしているときは時間を感じられるものの、無意識の状態のときは時間軸がゆがむ。過ぎてしまえば普通はそれを“過去”と見なすけれど、無意識の状態ではそれを“過去”としない。人の感情に深く刻まれたものには時間がない。いつでもリアルタイムに引き出せるので、悲しかったことも鮮明に感じるし、楽しかったことも昨日のことのように実感できる。だから同じ前世でもひとつ前の人格とか、みっつ前の人格とか、しょっちゅう飛んで色んな時代が重なるのだった。