小林リズムの紙のむだづかい(連載49)

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紙のむだづかい(連載49)


小林リズム

【不審者と遭遇した夏の思い出】


 そういえば、私はどんな満員電車に乗ろうが酔っぱらおうが痴漢とか不審者に遭遇したことが一度もないのだけど、それってどっちかというと私が不審者側で、不審者に不審者が近寄るなんていうことがないように、何か彼らと通じるオーラみたいなものを発しているからなのかもしれない。とか、最近思うようになって自分に危機感を覚える。
 いや、でも、一度だけあった。あれは華も恥じらう女子高生で、風が吹くたびに「いやだー、髪の毛巻いたのにとれちゃうー」系女子でキャピっていた頃だ。水泳の授業があるたびに「メイク落ちちゃうー」とか言いながら、きっちりとウォータープルーフのマスカラを使っていた頃だ。そんなうざったくてかわいらしい時代に、私は不審者に遭遇した。

 その日は受験生の夏休みで、ちゃんと夏期講習にも行っていて、でも授業まではまだ時間があったので私は駅ビルで本屋さんにいた。本屋さんにはあんまり人がいなくて、だからやたらとオレンジ色のセーターを着ている太った人が目立っていたのだった。立ち読みをし終えてから塾に向かうときに、明らかに後ろからその太ったオレンジセーターのおじさんがついてきていて、「え、これってつけられてるよね…?」と勘付いたのだった。
 ただでさえ女子高生は自意識過剰な年代なのに、通常より倍くらい自意識が強いんじゃないかという私にとって、そのはじめての不審者につけられるという出来事は、それはそれはもう面白かった。わざとゆっくり歩いてみたり、ちょっと早歩きをしてみたりして、相手がどうリアクションするんだろうと試してみたりしたのだった。
 案の定、私がゆっくり歩くと彼のペースもゆっくりになり、反対に早歩きするとペースも速くなる。この人どこまでついてくるのかな、と思いながら複雑な道を曲がり込んだときに、なんとそのオレンジセーターのおじさんが私めがけて駆け寄ってきたのでギョッとしてしまった。あまりにも唐突で思考が一瞬ショートした。そのたっぷりしたおじさんの豊満なボディー、というかオレンジのセーターが伸び切ったおなかを見て固まっていると、
「あの…僕の家をいっしょに探してもらえますか?」
と言われたのだった。…これはやばい、これはやばい、これはやばい…そう、やばいから逃げないと…と、思った瞬間ほとんど反射的に走っていた。短距離走でも万年ビリの私だけれど、これだったら1位で間違いないだろうというくらいの走りっぷりだったと思う。思いっきり走ってから振り返ると、オレンジのセーターおじさんは幻かのように消えていなくなっていたのだった。

 でも今から考えると、彼は不審者じゃなかったのかもしれない。何か脳に問題を抱えていて、本当に自分の家がわからなくなって、それで親切そうな女子高生に声をかけたのかもしれない…。もしかしたら真剣に困ってて…やっぱり私は不審者に甘いのだと思う。