荒岡保志の偏愛的漫画家論(連載25)

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偏愛的漫画家論(連載25)
華倫変
 死に憑かれたカルト漫画家は極楽に辿り着けたのか (その⑤)

荒岡 保志漫画評論家


華倫変最初で最後の長編作品「デッド・トリック」、連載2週目で打ち切り決定


傑作連作短編作品「カリクラ」に続いて発表されたのは「デッド・トリック」で、同じく「週刊ヤングマガジン」、1990年40号から2000年9号まで連載された、華倫変初の長編作品で、本格ミステリー作品である。華倫変は、2003年3月に夭折されるまで長編作品は発表しておらず、結果的に華倫変唯一の長編作品となってしまった。
内容的には、普通にコツコツと謎を解くミステリーなのだが、キャラクターの造形は飛び抜けている。スプラッター色を絡めながら、ややコメディ仕立てのストーリー進行も、読み物としては大変面白く読めると評価出来るが、何故か連載2週目で打ち切りが決定してしまい、この「デッド・トリック」連載終了後に、華倫変はメジャー誌から遠ざかってしまうのだ。

サブタイトルに「七本署稀覯犯罪図鑑」と銘打つ「デッド・トリック」は、猟奇犯罪を扱い、スプラッター色の強いCASE1「連続子宮強奪殺人事件」と、主人公の捜査官が殺人事件の犯人に仕組まれるCASE2「徳子の犯罪」、おまけ、と言っては失礼だが、同じく同署の巡査長の創作トリックを披露するCASE3「一森くんの挑戦状」の3話から構成されている。

CASE1「連続子宮強奪殺人事件」

七本町の「七本高校」で、猟奇殺人事件が起こる。教室で女子高生が殺され、子宮が持ち去られているのだ。
管轄する「七本署」から現場を担当するのは、この「デッド・トリック」の主人公で、捜査官の「徳川徳子」、そして巡査長の「一森一平」である。何とも安易な登場人物名を付けたものだが、この徳子のキャラクター設定は際立っている。ショートカット、眼鏡の、やや線が細い25歳、独身、彼氏なし、と言う設定だが、校庭の隅で暇つぶしに蟻を潰したり、殺虫剤で蜂を殺して遊んでいたりする。捜査官としての見識は大したものなのだが、性格が歪で、同僚の一森も、どこかで距離を置いている印象である。

第2の犠牲者は同校の教諭で、今度は自宅の浴槽、同じく子宮が持ち去られている。そして、第3の犠牲者は、校舎の屋上の貯水タンクの中で発見される、やはり同校の女子高生で、同じく子宮が持ち去られているのだ。
犯人はすぐに特定される。事件と同時に失踪している同校の男子生徒で、自宅を捜査すると、悪魔崇拝の儀式に使う人形などが多量に出て来る。その他、ルーズリーフに被害者の血で描かれた魔法陣、被害者宛に送られた脅迫状めいた手紙の筆跡、指紋も一致し、重要参考人として男子生徒の手配が掛かるが、その男子生徒は、校舎の屋上から投身自殺を遂げてしまう。

ある意味、一件落着である。しかしながら、ここで登場するのがこの「デッド・トリック」の準主役と言っていいだろう警部の「畠山道明」である。この畠山のキャラクターも常軌を逸している。か弱そうな眼鏡の男性で、タイプ的には徳子と同タイプであるが、何があったか分からないが、徳子は畠山を異常に嫌っている。近親憎悪と言うものか。桁違いの切れ者なのだが、性格は徳子以上に歪で、ブルマー姿の女子高生の写真を撮ったり、糞尿嗜好であることを公言したり、「だっちゅーの」と死語となったギャグを連発して寒さを誘ったりする。

畠山の登場により真犯人は逮捕される。手紙に付いた指紋の不自然さ、魔法陣が描かれたルーズリーフに付着した染み、犯人からの電話に残る公衆電話を切った時に発生する音などから、科学的に、パズルのように解き明かされるその猟奇殺人事件に隠された真実。純粋に謎解き、本格ミステリーとして充分に楽しめるストーリーである。

第2週で打ち切り決定、と言う事であるが、第2週は、第2の殺人が起きて、容疑者の一人に男子生徒が挙がる、と言う未だ導入部に過ぎないが、ここまでで打ち切りを決定する決定的な要素があったのだろうか。読者アンケート、人気投票かとは考えられるが、これも、連載が始まったばかりの作品を、たった2週間の実績で打ち切りにしたりするものだろうか。少なくとも、私が読んだ印象では、突出こそしてはいないが、なかなか面白く読めると評価出来るのだが。

長編本格ミステリー「デッド・トリック」の本質は、何と言ってもキャラクターの魅力に尽きるだろう。まるで兄妹のようだが、畠山と徳子の、警察官でなければ単なる変質者と言っても過言ではないほど悦脱したキャラクター設定。華倫変独特の、ダウン系のネームで解き明かされる真実。どうして、なかなかの力作ではないか。

この「デッド・トリック」は、単行本化も見送られる。漸く発行されるのは、2003年11月、講談社「KCDX」からであるが、華倫変の死後半年以上の歳月を要している。「週刊ヤングマガジン」の連載終了からは何と約3年、この事実は、華倫変の早すぎた死がなければ、永遠にお蔵入りした可能性を秘めると言う事だ。

CASE2「徳子の犯罪」

彼氏もいない徳子は、非番の日は全く持って暇を持て余す。そこに、高校時代から親友、「賀来美枝」が訪ねて来る。酒を飲み、他愛無い世間話をしながら、寝てしまう徳子。美枝が徳子の飲物に睡眠薬を混入したのだ。
翌朝、徳子が目覚めると、美枝の姿はなく、部屋に、血まみれの果物ナイフが置いてある。徳子の服も血まみれである。そして、美枝の交際相手が、腹部を刺され、死体で発見される。しかも、その事件現場、男性の部屋から、徳子の毛髪が採取されているのだ。

美枝の犯行である事は分かり切っているのだが、美枝には偶然のアリバイが存在し、徳子は犯人として逮捕される。一森も、徳子なら殺人ぐらい簡単に実行するだろうと、実は半分疑っている始末である。ここに登場する、やはり畠山が、そのアリバイ、状況証拠を完全に崩し、徳子の無罪を証明する、と言うストーリーである。

今回も、畠山の、その分析力が優れ、見事に犯罪事件は解決するのだが、この殺された男性は相当問題児で、寧ろ殺した美枝に同情的、徳子自身も、美枝を庇い、「私が犯人だ」と告白する場面もある。そう言う意味では、ミステリー色よりもヒューマンドラマ的要素の方が強いかも知れない。
ここでも切れまくる畠山だが、そのダウン系ネームは相変わらずで、美枝との会話で、ゆっくりと確信に迫って行く件は流石である。

CASE3「一森くんの挑戦状」

この第3話は書き下ろし作品、否、この「デッド・トリック」発行当時に単行本のページ数合わせで書き下ろし作品を描く事が可能な訳はなく、言い換えれば、掲載当時の没作品であろう。ストーリーらしいストーリーはなく、一森が自分で創造した仕様もないトリックを、徳子に問題を出し、解かせる、と言うものである。普段、分析力の高い徳子に挑戦した形である。
流石に、一森の考えるトリックなど他愛もなく、徳子も余り相手にしたくない、と言った雰囲気である。得意になってそのトリックを語る一森に、「本格ミステリーのバカらしさがわかって・・・大変べんきょーになりました」と言う徳子である。元々ギャグ漫画の要素を持った「デッド・トリック」である。ご愛嬌と言うところだろう。

上記3話から構成される「デッド・トリック」であるが、今更ながら腑に落ちないのは、連載2週目で打ち切りと言われた作品が、結局は16週に渡って連載された事だ。2週目で打ち切りの判断をしても、勿論原稿はもう2週分以上受け取ってはいただろうとは推測出来る。また、ミステリー作品をストーリーの途中で止めてしまう事も出来ないだろう。本当に打ち切りと言う事であれば、CASE1終了時に切るのが普通なのではないか。その後、人気が盛り返して続けた、と言う事なのだろうか。

華倫変は、「デッド・トリック」が連載2週目で打ち切りが決定し、「週刊ヤングマガジン」には居づらくなった、と言っている。確かに、この作品を最後に、華倫変はメジャー誌から消える、否、漫画活動さえ休止する。
この後、華倫変は漫画活動に戻る舞台は太田出版の「マンガ・エロティクス」、2001年に入ってからである。約2年間のブランクがあった訳だ。
この「マンガ・エロティクス」の発行人の「岡聡」が、「デッド・トリック」について華倫変と話した内容が後書きに掲載されている。私自身も、岡氏と同意見であったが、この「デッド・トリック」は、編集側の企画であったとばかり思っていた。どうやら華倫変ご自身が、ミステリーが描きたいと頼み込んで描き上げた作品だったようだ。何か、新境地が開きたかった、と言う事だ。
漫画家デビューして5年、ここで華倫変は再び試行錯誤する訳だ。漫画作品の評価は高く、根強いファンも獲得している。ただし、どちらかと言えばカルトな人気である。「デッド・トリック」は、華倫変がメジャー誌で流行漫画家に挑戦した最後の作品だったのではないか。それも敢無く挫折し、漫画活動を休止するに至るのである。

荒岡 保志(アラオカ ヤスシ)のプロフィール
漫画評論家。1961年7月23日、東京都武蔵野市吉祥寺生まれ。獅子座、血液型O型。私立桐朋学園高等学校卒業、青山学院大学経済学部中退。 現在、千葉県我孫子市在住。執筆活動と同時に、広告代理店を経営する実業家でもある。
漫画評論家デビューは、2006年、D文学研究会発行の研究情報誌「D文学通信」1104号に発表された「偏愛的漫画家論 山田花子論」である。その後、「児嶋 都論」、「東陽片岡論」、「泉 昌之論」、「華 倫変論」、「ねこぢる論」、「山野 一論」などを同誌に連載する。