荒岡保志の偏愛的漫画家論(連載16)

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清水正の著作   D文学研究会発行本

偏愛的漫画家論(連載16)
山田花子
 「誰にも救えなかったオタンチンに再び愛を」 (その③)

荒岡 保志漫画評論家

山田花子の本を手にする荒岡保志。 撮影・清水正
この膨大な作品の中から、少しだけ解説しよう。

まずは、「神の悪フザケ」の連載を終了したに関わらず、再び「ヤングマガジン」に連載を開始した「修羅の図鑑」、前述したが、ここで編集者はY氏から変わったと言う。連載開始時期が1989年5月8日号というわけだから、山田花子が「ガロ」でデビューする直前の作品になる。


「図鑑」と銘打っていることで分かる通り、この連載漫画には全体を通した主人公は存在しない。あの楳図の分身が描かれる「ルリ子とケンジ」、うだつの上がらないサラリーマン「山田」、ドン臭い無口なクラスメイト「ズビ田」と小心者の「道子」、良い子だが不器用な小学生「マモルくん」、やはり小心で不器用な高校生「アキラくん」、そして女子高時代の山田花子ご本人と、多種多様の小心、不器用のオン・パレードである。

ルリ子は相変わらずケンジの言いなりで、サラリーマンは上司の顔色のみを窺い、ズビ田の仲間と後ろ指を指されることを嫌がる道子、どうしても友達が作れないマモルくん、いつも自己主張ができない小心者のアキラくん、山田漫画お馴染み、と言えるキャラクターたちであり、そのタイトル通り「図鑑」である。

女子高生の山田花子は、そのままいじめられっ子という設定で登場し、それを阻止する学級委員にも、「私をダシにしてカッコイイ役独り占めしやがって・・・」と、素直な感情が持てない。山田花子の人間不信は揺るぎない。
ただし、放課後に一人になれてホッとする山田花子は、「友達づきあいなんて疲れるけど・・・お弁当食べる時とか一人じゃ困るもんね」と呟く。これが本音だろう。不器用だから、友達とは上手く付き合う自信はないが、本音は寂しいのだ。「お弁当を食べる時」というのは、すなわち「生活」である。もっと言えば「人生」である。この「修羅の図鑑」を執筆しながら、「私の人生は一人で寂しい」と訴えているのだ。

1989年12月号から「シンドバット」に連載される「桃色ルンバ」であるが、ここにもルリ子とケンジは登場する。もちろん、ルリ子はケンジの言いなりで、強引なケンジに、とにかく逆らえない。「あの日、君がつけてたリボンよく似合っていたよ・・・」と言うケンジに、「何だか私にはハデな気がするの・・・」とルリ子が答えると、ケンジは、急に身を乗り出し、「もうあのリボンつけてこないの!?」と突然顔を真っ赤にし、凄まじい形相になってルリ子に迫る。「今度会うときにつけてくる」と、ビクビクしながら震える声を絞るのが精一杯のルリ子であった。男性不信、男性恐怖に起因する脅迫観念である。

ただし、このルリ子とケンジのストーリーは、今までのたまみと楳図、もしくはヒヨ子と楳図の関係性とはやや異なり、かなり交際期間がありそうな印象を受ける。ルリ子は、ケンジに対して違和感を持ちながらも、一つは諦めの心境、もう一つは何処かでケンジを頼らざるを得ない女心を垣間見せる。

続いて、「リイドコミック」に1990年5月28日号から約1年半に渡って連載された「マリアの肛門」、これも山田花子の代表作と言っていいだろう。山田漫画の主要キャラクターが続々と登場する集大成のような作品である。

やや複雑なのだが、この「マリアの肛門」は、何故かリイド社からは単行本化されず、青林堂、青林工藝社から発行される作品集に収録されるに過ぎない。しかもだ、これも何故か一冊の単行本に纏まっておらず、1990年8月に青林堂から発行された「嘆きの天使」、1993年1月に同じく青林堂から発行された「花咲ける孤独」、そして1998年1月に青林工藝社より発行された「からっぽの世界」と、何と出版社まで異なる3冊の単行本に渡って収録されるのだ。

嘆きの天使」は、青林堂からの発行ということで、本来は「ガロ」に発表した作品を中心にすべきなのだろうが、ご周知の通り山田漫画は2ページから4ページの超短編漫画がほとんどであるため、単行本化するのにページ数が足りなかったのだろうと推測できる。
ヤングマガジン」に連載された「修羅の図鑑」、「シンドバット」に連載された「桃子ルンバ」、「俗物天使」、「漫画スカット」に連載された「至福を肥やせ!子供たち」など、完成された単行本を見ると、半数はおろかほとんどが他紙に頼らざるを得なかった中で発行されている。ここで、「マリアの肛門」を全話収録できなかったのは、単純に、まだ連載中だったからである。しかし、連載終了後ならまだしも、連載中の漫画を、他出版社から発行させることはあまり例を見ないのではないか。山田花子は、「ヤングマガジン」で「修羅の図鑑」の連載を終了した後、1990年1月号の「ガロ」に「修羅の図鑑(地上編)」を発表している。前述した「神の悪フザケ」のときもそうであったが、山田漫画に国境はないのである。
荒岡 保志(アラオカ ヤスシ)、漫画評論家。1961年7月23日、東京都武蔵野市吉祥寺生まれ。獅子座、血液型O型。私立桐朋学園高等学校卒業、青山学院大学経済学部中退。
現在、千葉県我孫子市在住。執筆活動と同時に、広告代理店を経営する実業家でもある。
漫画評論家デビューは、2006年、D文学研究会発行の研究情報誌「D文学通信」1104号に発表された「偏愛的漫画家論 山田花子論」である。その後、「児嶋 都論」、「東陽片岡論」、「泉 昌之論」、「華 倫変論」、「ねこぢる論」、「山野 一論」などを同誌に連載する。