清水正の『浮雲』放浪記(連載46)

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清水正研究室」のブログで林芙美子の作品批評に関しては[林芙美子の文学(連載170)林芙美子の『浮雲』について(168)]までを発表してあるが、その後に執筆したものを「清水正の『浮雲』放浪記」として本ブログで連載することにした。〈放浪記〉としたことでかなり自由に書けることがいいと思っている。
 清水正の『浮雲』放浪記(連載46)
平成△年7月31日

逢っている時には、富岡と別れることばかり思い続けていながら、富岡が細君のところへ戻って行ったとなると、なぜともなく、富岡の思いどおりに、伊香保で自殺してしまわなかったのだろうかと、後悔もされた。いまになってみると、死ぬことはやすやすとした気持ちでもあったのだ。自分のひそかな絶望の形態が、竹矢来のように、自分の周囲に張りめぐらされた気がした。ゆき子は、富岡の住所を、おせいの亭主にわざと教えてやった。いまごろはどこかで、あの男は、おせいに逢っているに違いないのだ……。(296〈三十四〉)

富岡が妻の所へ帰った後、ゆき子はなぜ伊香保で自殺してしまわなかったのかと後悔する。とは言っても、自殺や心中ほどゆき子にふさわしくないことはない。ゆき子はどんな窮境に置かれても生きていくという姿勢を崩すことはない。富岡の心中願望が空想の域を一歩も出なかったように、ゆき子のような食欲、性欲旺盛な女には自殺も心中も、どちらかと言えば無縁である。作者は「いまになってみると、死ぬことはやすやすとした気持ちでもあったのだ」と書いているが、ここで見落としてならないのは「いまになってみると」であろう。伊香保で本気で死ぬ気持にならなかったゆき子が、今更死ねなかったことを後悔してもはじまらない。ゆき子における〈自分のひそかな絶望の形態〉は、今、小舎の中で一人自殺できないのであるから、今後とも自ら死ぬことはできないのである。
 ゆき子の心を支配しているのは、邦子やおせいに対する妬みや憎しみであって、こんなに対抗心や復讐心の強い女は、自ら完璧に身を引くことでもある自殺を決行することはできない。訪ねてきた向井清吉に、ゆき子は富岡の住所をわざと教えてやる。おせいを巡って富岡と向井の間に一悶着起きることをゆき子は意地悪く期待している。ゆき子が富岡に執着するエネルギーが彼に対する復讐にあることを忘れてはならない。ゆき子本人にとってすらはっきりと自覚できない〈秘中の秘〉としての〈復讐〉は、それを認識できない者にとっては愛とすら見えるであろう。
 男と女は嫉妬、憎悪、復讐によってすら何よりも強く深く結びつくことがある。おせいがゆき子よりもさらに強く富岡を恨みでもしない限り、ゆき子に勝つことはできない。問題は、作者林芙美子が、新たに登場したおせいにそれだけの力を賦与することができるかどうかにかかっている。できなければ、おせいは作者の手によって処理される運命にある。未だ、この段階において、ゆき子とおせいの力関係は拮抗しているが、最終的には、作者は富岡とゆき子の関係の続行を選択した。

  その翌る朝早くまた、おせいの亭主が尋ねて来た。
 「富岡さんはいましたよ。やっぱり、おせいのことは、何もごぞんじない様子で、驚いていましたがね・・・。私も、あいつの行きそうな心あたりがないンで、警察にでも頼んでみようかと思います。富岡さんで泊めてくだすったンですが、蒲団がないンで、夜じゅう炬燵のごろ寝で、奥さんにも、えらいご厄介をかけてしまいました」
  おせいの亭主はそう言って、ゆき子の立ち場が初めて判ったらしく、少々訓々しいぞんざいさで、亭主は暗い小舎のなかへ上り込んで来た。(296〈三十四〉)