偏愛的漫画家論(連載53)

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偏愛的漫画家論(連載53)

日野日出志論Ⅱ
「『日野日出志のザ・ホラー 怪奇劇場』を観る」 (その④)

漫画評論家 荒岡保志

●「オカルト探偵団 死人形の墓場」を読む


日野日出志「オカルト探偵団 死人形の墓場」は、1986年に、秋田書店「ホラーコミックス」から発行された、約190ページの描き下ろし作品である。前回の「怪奇!死人少女」でも書いたが、日野日出志は、この時期に集中して秋田書店に描き下ろし作品を発表しているが、「オカルト探偵団 死人形の墓場」がその第一作目となる。

1986年というと、ひばり書房にも「怪奇!死肉の男」を描き下ろしているが、この時期のひばり書房には、もはや新刊を出版する体力がなかったように思われる。それは、同じく立風書房にも共通して言える事で、日野日出志が、作品発表の場を秋田書店に切り替えたのも必然だったのであろう。

また、秋田書店は、これから訪れるホラー漫画ブームを予見したかのように、1987年にホラー漫画専門月刊誌「サスペリア」を創刊している。古賀新一好美のぼる、黒田みのるなどのひばり書房立風書房の看板漫画家たちがこぞって作品を描き下ろした「ホラーコミックス」のシリーズは、正にその布石であったのだ。

「オカルト探偵団 死人形の墓場」は、人形には魂が宿り、自分勝手な人間を呪うというホラーの王道のストーリーを、中学校のキャンパスを舞台に描いた、言わば学園キャンパス・ホラーである。学園キャンパス・ホラーは、この作品の直後に発表した、同じく「ホラーコミックス」シリーズの「地獄のペンフレンド」を始め、この時期の日野漫画には特に多いカテゴリーである。これは「ホラーコミックス」シリーズが、原則的には少女を対象としたものである為、明らかに読者層を考慮して描いたのだ。

快活な女子中学生チコは、ボーイフレンドで幼馴染みのダイちゃんと、学園で一目置かれている超能力者の白鳥冬美が会長を務める「オカルト研究会」に入会する。
そこで、多種多様の超常現象を教えられるチコは、その帰途に、ゴミ捨て場に捨ててあった西洋人形を踏んでしまう。その夜からチコは、人形に襲われる夢を見るのだ。

霊感の強い白鳥会長は、それは捨てられた人形たちの悪霊の為だと見抜く。そして白鳥会長は、その謎を解明しようと、空法陣を描いて異次元への入口を開き、チコ、ダイちゃん、オカルト研究会の会員と共に死人形の墓場へと向かう。

学園キャンパス・ホラーは、日本ではあまり馴染みがなかったが、ハリウッドでホラーと言えばもれなくこのカテゴリーだと言っていい。古くはブライアン・デ・パルマ監督の出世作「キャリー」、ポール・リンチ監督の「プロムナイト」、ダリオ・アルジェンド監督の「サスペリア」もそのカテゴリーと言える。ショーン・S・カニンガム監督の「13日の金曜日」、ウェス・クレイブン監督の「エルム街の悪夢」、「スクリーム」など、列挙すれば限りがないほどなのだ。

日本でも、ここ最近はこのカテゴリーのホラーがずいぶん増えたという印象である。先駆的な作品としては、思い当たるのは大林宣彦監督の「ハウス」だろう。伊藤潤二原作、及川中監督の「富江」シリーズも記憶に新しく、近作では柴田一成監督の「リアル鬼ごっこ」、福田陽平監督の「×ゲーム」、「学校裏サイト」など、ジャパニーズ・ホラーでも王道となりつつある。
そして、福田陽平監督の「学校裏サイト」、この学園キャンパス・ホラーの原作、脚本、そしてプロデュースは山本清史、なんと「オカルト探偵団 死人形の墓場」の監督なのだ。


●「オカルト探偵団 死人形の墓場」を観る


「オカルト探偵団 死人形の墓場」は、「日野日出志のザ・ホラー 怪奇劇場」第二夜の第一話として劇場公開された。
監督は山本清史、明治学院大学文学部心理学科卒業であるが、幼少期をマレーシアペナン島で育ち、出身は東京都八丈島という変り種である。
大学卒業後、CS番組、メイキング監督として活躍し、2003年に「ほんとうにあった怖い話 怨霊 劇場版」で映画監督デビュー。この「オカルト探偵団 死人形の墓場」は、第二回監督作品となる。

主人公の女子高生七海は、ボーイフレンドの大介と共に、超能力者白鳥が会長を務める「オカルト研究会」に入会する。研究会は、別名「オカルト探偵団」とも呼ばれ、昨年に謎の自殺を遂げた女生徒にまつわる呪いについて調査した結果、押入れの奥にしまった幼い頃に愛用した人形が、彼女の死に深い関わりがあったと判明する。
その帰途に、道端に捨ててあった人形をうっかり踏んでしまった七海は、自殺した女生徒と同じ死人形の霊が取り憑かれてしまう。その原因を解明する為に、白鳥会長を始め、「オカルト研究会」のメンバーは異次元に存在する死人形の墓場へと向かうのだ。

ここまでの大筋はほぼ原作通りであるが、一行が死人形の墓場に到着した場面から、山本監督はホラーよりもアクション、エンターティメント色を強めるのである。

その一つは、原作にはなかった、死人形の墓場の番人、地獄ピエロの登場である。大仰な芝居かかった演技だが、存在感はあり、この存在が、ホラー色の強い日野漫画をアクション、活劇に変えてしまう。
そしてもう一つは、これは原作にもあるが、次々と襲って来る人形ゾンビの造形だろう。原作では、墓場から這い上がった人形の亡者と言った印象で、その名の通り死人形であったのだが、映画ではそのままゾンビの造形である。また、日野漫画では、人形ゾンビから逃げ惑うのだが、映画ではゾンビに向かって戦いを挑むのだ。

そして、ストーリーの脚色として、「オカルト研究会」の副会長星一平が、自分が犠牲となりメンバーを救う直前に、白鳥会長に愛を打ち明け場面を設けるなど、学園キャンパス・ホラーの定番、ラブストーリーも織り込む。

七海と大介は、何とか異次元から現実に戻り、白鳥会長の言いつけ通り、幼い頃に愛用していた人形を見つけ、供養する。これで、七海の、人形の呪いが解けたのだった。
しかし、代償も大きかった。白鳥会長、七海、大介を残し、星副会長を始め、「オカルト研究会」のメンバー全員が地獄ピエロによって惨殺されてしまったのだ。
必然的に「オカルト研究会」は閉鎖となり、同時に白鳥会長は消える。七海と大介は、白鳥会長の安否を心配するが、その頃、白鳥会長は、再び死人形の墓場へ降り立っている。「オカルト研究会」のメンバーの復讐の為、地獄ピエロとの生死を賭けた最後の戦いが始まるのだ。

このエンディングも、原作とは大きく違っている。何と言っても、原作はハッピーエンドなのだ。命からがら、人形ゾンビから空法陣に逃げ込む「オカルト研究会」のメンバーは、間一髪で現実に戻り、チコが幼い頃に愛用した人形を供養する、というエンディングで、「オカルト研究会」のメンバー全員の笑い声のコマで幕が閉じるのだ。
この原作と180度異なるエンディングは、映画版でアクション、エンターティメント色を強める為、そして地獄ピエロを登場させた事によって、ストーリーの肉付けとして犠牲者の存在が欲しかった事、もう一つは、殺陣の場面で、どうしても映像的に血飛沫が欲しかったのだろうと想像する。

捨てられた人形の呪い、というテーマで描き下ろした原作であったが、映画では更に見せ場を作ろうとアクション、エンターティメント色を強め、地獄ピエロを登場させて殺陣の場面を作り、ラブストーリーまで加えた、という山本監督であるが、その狙い自体は決して悪くはなかった。
ただし、映画としてどうかと言うと、やはりその内容は学芸会の出し物レベルの作品で、主要登場人物の演技、動きの稚拙さ、間の撮り方の悪さ、地獄ピエロ、人形ゾンビなどが登場するアクションの淡白さ、残念ながらまったく迫って来るものがないと評価するしかない。

また、エンディングで消えた白鳥会長が、「オカルト研究会」のメンバーの復讐の為に地獄ピエロと対決する件だが、これでは、この映画がまるで白鳥会長を中心に描かれたもののようだ。七海に取り憑く人形の呪い、その謎を解き明かし呪いを解く、という元々のストーリーは置き去りとなってしまった。これは、ゲームオタクに迎合した、ホラーどころか戦う美少女ものと言っても過言ではない。

例えば、人形の呪いにより、人形になってしまった両親はどうなったのか。原作では、悪霊の霊力が去り、元の両親に戻っているときちんと説明があるではないか。戦う美少女より、むしろこのストーリーの本質に迫る部分であると思うのだが、その辺りまでも置き去りになり、実に片手落ちである。制作段階で、脚本をもう少し詰めるべきであったろう。残念である。

日野日出志ご本人の、「オカルト探偵団 死人形の墓場」へのコメントを見てみよう。

この作品は、本格オカルトホラーと呼ぶにふさわしい仕上がりだ。冒頭から恐怖シーンで見るものを引き込んでゆく。
死人形の墓場での壮絶な戦いの後、現世に帰る事ができた主人公の2人。だが向こう側ではもう1人の主人公が、死人形達を相手に戦いを続けている。死人形の歌のエンディングが印象的である。

山本監督は、この後2006年に、井川遥渡部篤郎を主演に迎え、ベストセラーの伝奇ホラー「水霊 ミズチ」を監督し、それは全国70館で封切りされ、話題を呼ぶ。同年、テレビドラマ「心霊探偵八雲」を監督し、2007年には、「殺し屋1」でブレイクした漫画家山本英夫原作のテレビドラマ「のぞき屋」を監督するなど、ホラー映画以外のジャンルでも精力的に活動する。そして、2009年に、福田陽平を監督に迎え、やはり学園キャンパス・ホラー「学校裏サイト」をプロデュースするのである。
また、山本監督は、評価の高かった日米合作のホラー映画「END CALL」を監督し、数多いオリジナルビデオ、テレビドラマを監督する売れっ子監督の一人に成長はしているのだが、をどちらかと言えば、テレビドラマ向きの商業監督なのかも知れない。