豊島書房の岡田富朗氏と五十年ぶりに話す

豊島書房の岡田富朗氏と五十年ぶりに話す

 岡田富朗氏はわたしの最初の著書『ドストエフスキー体験』(一九七〇年一月)の改訂増補版を出版してくださった方である。岡田氏を紹介してくれたのが「ドストエーフスキイの会」例会で知り合った近藤承神子氏である。近藤氏は『ドストエフスキー体験』を初めて評価してくれた方で、赤羽に住んでおられた。豊島書房も当時、赤羽で古書店を経営し、出版活動もしていた。近藤氏は豊島書房の岡田氏にわたしの著作の改訂版の刊行を勧めていた。近藤氏は秋山駿やつげ義春を高く評価し、彼らの著作の刊行も推奨していたが、岡田氏はどういうわけか無名の一学生の本の出版を引き受けてくださった。改訂版『停止した分裂者の覚書――ドストエフスキー体験――』(豊島書房)は一九七一年九月、わたしが日芸文芸学科の四年生の時に刊行された。この時の喜びと感謝を忘れたことはない。
 その後、わたしは途絶えることなくドストエフスキーを読み、ドストエフスキー論を刊行してきたが、折に触れて岡田氏のことを思い、改めてお礼の言葉を伝えたいと念じていたのだが、ぼやぼやしているうちに、豊島書房が赤羽から移転し、連絡がとれなくなってしまった。ところが、昨夜パソコンンで「豊島書房」「岡田富朗」と検索したところ、現在、岡田氏は茨城県つくば市吾妻で「ブックセンター・キャンパス」という古書店を経営していることがわかった。岡田氏との連絡をほぼ諦めていたので、住所と電話番号が分かったときはうれしかった。
 本日の午前十一時過ぎに店に電話すると、岡田氏は出かけているということであった。岡田氏から電話があったのは午後一時過ぎ、実に五十年ぶりに言葉をかわすことになった。岡田氏は今年八十五歳、わたしは七十二歳である。最初に赤羽でお会いした時、わたしは二十二歳、岡田氏は三十五歳である。当時、豊島書房は近代文学派の作家や評論家の本を出版、また「辺境」という雑誌を創刊していた。赤羽の豊島書房を何度か訪ねた折にわたしが岡田氏から聞いて記憶に残っているのは「三島由紀夫氏は必ず締切日の前に原稿を送ってきます」「代表作が一作あれば小説家は歴史に残ります。どんなに多くの作品を書いて発表しても代表作がなければ消えてしまいます」。さりげなく発せられた言葉であるが、ずしんと胸に響く言葉であった。また「荒正人氏は、聞きたいことや用事があるときは、夜中の何時であろうが電話をかけてくる」という話も面白かった。
 今年はドストエフスキー生誕二百年、この年にわたしのドストエフスキー本を出版してくださった岡田富朗氏と五十年ぶりに連絡がとれ、言葉を交わすことができたことは本当にうれしいことであった。今まできちんとお礼の気持ちを伝えていなかったので、ここに記して改めて感謝申しあげる次第です。
 2021/06/10

 

清水正の著作の購読申込、課題レポートなどは下記のメールにご連絡ください。
shimizumasashi20@gmail.com

清水正ドストエフスキー論全集』第11巻(D文学研究会A5判上製・501頁が出来上がりました。

購読希望者はメールshimizumasashi20@gmail.comで申し込むか、書店でお求めください。メールで申し込む場合は希望図書名・〒番号・住所・名前・電話番号を書いてください。送料と税は発行元が負担します。指定した振込銀行への振り込み連絡があり次第お送りします。

 

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定価3500円+税

 これを観ると清水正ドストエフスキー論の神髄の一端がうかがえます。日芸文芸学科の専門科目「文芸批評論」の平成二十七年度の授業より録画したものです。是非ごらんください。

https://www.youtube.com/watch?v=MlzGm9Ikmzk

六月一日から開催予定だった「清水正・批評の軌跡」展示会はコロナの影響で九月一日から9月24日までと変更となりました

 会期:2021年9月1日(水)~9月24日(金)

 会期中開館日:平日のみ。午前9時30分~午後4時30分(完全予約制)

 ※ご来場の際は事前に公式HP(https://sites.google.com/view/shimizumasashi-hihyounokiseki)にご確認ください。

九月一日から日大芸術学部芸術資料館に於いて清水正・批評の奇跡──ドストエフスキー生誕二〇〇周年記念に寄せて──』展示会が開催される。1969年から2021年まで五十余年にわたって書き継がれてきたドストエフスキー論、宮沢賢治論、舞踏論、マンガ論、映画論などの著作、掲載雑誌、紀要、Д文学通信などを展示する。著作は単著だけでも百冊を超える。完璧に近い著作目録の作業も進行中である。現在、文芸学科助手の伊藤景さんによって告知動画も発信されていますので、ぜひご覧になってください。