拙著『三島由紀夫・文学と事件』に触れる

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近況報告

本日は三か月振りに日大病院皮膚科へ。ここ三か月の間、外に出たのは三回ほど。歩いて五分のイトーヨーカドーに買い物に出ただけである。

相変わらず『罪と罰』について批評を展開している。来年早々に出す『ドストエフスキー曼陀羅──松原寛&ドストエフスキー』には目次紹介した「ドストエフスキー文学の形而下学」550枚(原稿用紙400字詰め)を収録してある。その後もずっと『罪と罰』について書き続けている。半世紀以上にわたって書いているのに書き終えたという感じにはならない。神経痛で毎日痛みに襲われているが、やることがあることはしあわせである。ドストエフスキー文学の巨大さ、その神秘を毎日ひしひしと感じている。

昨日は送られてきた「新潮」12月号を開いて、まずは大澤信亮の連載「小林秀雄」を読む。なにもかも読むことはできないが、大澤の小林論は毎回必ず読む。今回の号は「三島由紀夫没後五十年」特集を組んでいる。ここにも大澤は「平岡少年とキリスト」を寄稿している。「三島由紀夫に積極的な関心を持ったことが一度もない。たぶんこれからもそうだろう」という書き出しは面白かった。

わたしも三島の文学に特に興味を持ったことはなかった。ドストエフスキーに文学を感じるわたしは、三島の小説に文学を感じなかった。が、こういうわたしにも『三島由紀夫・文学と事件──予言書「仮面の告白」を読む──』(2005年9月 D文学研究会 発売・星雲社)がある。韓国ソウルで書き始め、帰国してまもなく700枚の三島論を脱稿した。ひとつのけじめはつけたつもりである。

 目次だけでも紹介しようと思ったがやめる。理由は簡単、疲れるから。

それでも「はじめに」の最初のほうを載せておく。

 三十五年ぶりの三島由紀夫

 三島由紀夫の『仮面の告白』を読んでから何年たったことだろう。二十歳前として、すでに三十五年以上の歳月が過ぎた。が、読み終わった当時の感想を今でもはっきり覚えている。この〈告白〉は〈仮面〉を付ける程の告白ではないな、と思った。

 わたしが大学に入ったばかりの頃、三島由紀夫の大ファンがいて、よく彼のことを話題にしていた。が、こちらはドストエフスキーの文学に没入していたから、「三島由紀夫なんぞ」という気持ちが強く、まともに彼の文学を批評しようと思ったこともない。

 昼まで寝ていたところ、母親が大声でわたしを呼んだ。何事かと思ってはね起きたら、三島由紀夫が割腹自殺を図ったというニュースがテレビで報じられていた。三島由紀夫の文学など認めていなかったが、彼の死に方は衝撃であった。何日かして本屋には三島由紀夫の本がずらりと並んだ。わたしも三島由紀夫の初期作品などを買って読みはじめたが、どうも生理的に受け付けない。解説などを読むと、三島由紀夫は神童で文学的天才のようなことが書かれていたが、わたしは彼の作品に天才を感じることはなかった。こういう才能をむやみに手放しで褒めちゃいけないよ、という感じを持った。

 第一、文学の天才が若い青年に首を切らせるような真似をするかい、と思ってかなり不快感を覚えた。わたしは三島由紀夫の作品は『仮面の告白』と『金閣寺』ぐらいしか読んでいなかったが、どうもしっくりこなかった。わたしの思っている〈文学〉とは何かが決定的に違っている、そのように直覚して、今まで三島由紀夫を正面切って問題にしようと思ったことはなかった。(以下略)

 「池田大作の『人間革命』を語る──ドストエフスキー文学との関連において──」

動画「清水正チャンネル」で観ることができます。3回に分けてありますので是非最後までご覧ください。

https://www.youtube.com/watch?v=bKlpsJTBPhc 

https://www.youtube.com/watch?v=I-qg45NxyKQ

https://www.youtube.com/watch?v=B1grbVxCc0o

ドストエフスキー曼陀羅─松原寛&ドストエフスキー

(D文学研究会星雲社発売)

本書はドストエフスキー生誕200周年・日芸創設100周年を記念して刊行されます。

目次
苦悶と求道の哲人・松原寛をめぐる断想……清水正
トルストイの「懺悔」、松原寛のキリスト像柳宗悦の奇蹟観などに触れながら―

 入院中に松原寛論を執筆/  松原寛とドストエフスキー/  トルストイの「懺悔」をめぐって/  柳宗悦トルストイ観/  松原寛のキリスト像/  キリストと松原寛の決定的な違い/  柳宗悦の奇蹟をめぐって/  小室直樹の『日本人のための宗教原論』をめぐって/  「かのように」の哲学/  十字架上で奇蹟を起こさなかったイエス・キリスト/ 「死せるキリスト」をめぐって/  

ニーチェと松原寛……岩崎純一
 ――東西の哲人の共通点と相違点――

 序/  一、ニーチェ、松原寛との邂逅/  二、哲人たちの哲学の根底/  三、様式美としての哲人の生涯/  

理念(テクスト)と現実(コンテクスト)……此経啓助
 ――松原寛著『親鸞の哲学』を読む――

松原寛と日芸精神……伊藤景
 松原寛との出会い/  『芸術の門』と「苦悶」/ 

松原寛「随想録」から……戸田浩司/ 
  
松原寛とその周辺の年譜(町田直規編)/


ドストエフスキー文学の形而下学……清水正

マルメラードフの告白に秘められた形而下学――〈哀れみ〉とカチェリーナの〈踏み越え〉――/ ■性愛描写・省略の効果/ ■描かれざる場面・スヴィドリガイロフの場合/ ■〈奇跡〉の立会人から〈実際に奇跡を起こす人〉となったスヴィドリガイロフ/ ■〈実際に奇跡を起こす神〉スヴィドリガイロフとソーニャの〈神〉/ ■スヴィドリガイロフとソーニャの〈性愛場面〉をめぐって/ ■『貧しき人々』における描かれざる〈性愛場面〉/ ■『地下生活者の手記』における〈描かれざる性愛場面〉/ ■四十年ぶりに『地下室の手記』を批評する――〈描かれざる性愛場面〉をめぐって/ ■地下男と娼婦リーザの性愛関係/ ■地下男とリーザの〈描かれざるセックス〉後の場面/ ■《洋品店》でのセックス/■地下男の形而下的側面/ ■「べつに……」(Так…)の女リーザとソーニャ/ ■厄介極まる地下男/ ■地下男のリーザ征服の巧妙な手口――闇の中で〈似たもの同士〉がしゃべりあう――/ ■狂信者でも聖女でもない、人間としてのリーザ――地下男の〈たぶらかし〉――/ ■リーザが心の扉を開いた時――リーザの絶望と地下男の怖じ気――/ ■地下男とリーザの新たな関係――「リーザ、訪ねてきておくれ」/ ■〈さよなら〉(прощай)と〈またね〉(до свидания)/■魂の繋がりを求めるリーザ――〈いまわしい真実〉の露呈――/ ■地下男を訪れたリーザ――地下男とリーザの〈描かれざる第二回目のセックス場面〉――/ ■ロジオンの〈打ち明け〉と〈跪拝〉――殺意と〈嵐〉(буря)――/ ■リーザと地下男の〈嵐〉(情欲の発作)/ ■〈眉唾〉(невероятно)/ ■「さようなら」(прощайте)をめぐって/ ■三つの神/ ■地下男の〈冷酷な仕打ち〉/ ■〈すべて=всё〉(リーザ)を〈十字路〉まで追っていく地下男/ ■地下男とロジオンの類縁性と差異――〈踏み越え〉たロジオンは新たな〈キリスト〉となり得るか――/ ■〈すべて=всё〉を見失った地下男――大いなる〈Так〉の女リーザ――/ ■姿を見せない二人の女/ ■アンチ・ヒーローの全特徴/ ■《生きた生活》から乖離してしまった地下男との異質性/ ■〈淫蕩〉にふける地下男/ ■地下男の後継者ロジオンの〈淫蕩〉/ ■地下男、ロジオン、ドストエフスキーとキリストとの関係/ ■深く分裂したロジオン(〈瀆神者〉か〈狂信者〉か)/ ■ロジオンの革命家としての挫折/ ■『罪と罰』の〈踏み越え〉と現代の〈踏み越え〉――〈斧の振り下ろし〉と〈原爆投下〉(核ミサイル発射)――/ ■議会制民主主義と屋根裏部屋の〈単独者〉/ ■ロジオンの不徹底な〈非凡人思想〉――卑小な非凡人の〈アレ〉/ ■近・現代の〈独裁者〉の〈斧〉とロジオンの〈斧〉/ ■〈思弁〉と〈信仰〉――〈ラザロの復活〉をイエスに問う/ ■人類滅亡の夢と〈理性と意志〉の両義性――ロジオンの描かれざる〈新生活〉と新たな使命――/ ■〈思弁家〉から〈観照家〉へ――第五福音書としての『罪と罰』――/ ■スヴィドリガイロフの〈性愛〉をめぐって/ ■スヴィドリガイロフとソーニャの描かれざる〈性愛場面〉――〈同じ森の獣〉たちの対話――/ ■スヴィドリガイロフの〈奇跡〉/ ■ロジオンを支配する〈突然〉と描かれざる淫売婦ソーニャの実態/ ■ソーニャとキリスト/ ■ケンジ童話における数字の神秘的象徴性(三、六、九、五)とソーニャの部屋(九号室)/ ■〈ラザロの復活〉と聞き耳を立てていた〈立会人〉スヴィドリガイロフ/ ■ソーニャの部屋におけるロジオンの〈死と復活〉の秘儀/ ■ソーニャの住まいを巡る断想/ ■ロジオンがソーニャの部屋を訪ねた時の〈奇妙さ〉――〈何か戸のようなもの〉をめぐって――/ ■ソーニャの〈不安の秘密〉と〈時間の歪曲〉/ ■ソーニャとスヴィドリガイロフの〈秘密の時〉/ ■〈歪なもの〉が置かれた玄関とソーニャの不具的な部屋/ ■自ら罪を犯した〈キリスト〉としてのロジオン――ゲッセマネの〈キリスト〉に関連付けて――/ ■描かれざる日常のディティール ――ソーニャの部屋の間取りから〈トイレ事情〉〈水事情〉をさぐる――/ ■ソーニャの部屋と〈ラザロの復活〉朗読場面――ロジオンの眼差しで捕らえられたソーニャの部屋――/ ■〈この人も、この人も〉を巡って――人称代名詞に要注意――/ ■〈この人=スヴィドリガイロフ〉とソーニャの関係/ ■ソーニャの視る〈幻〉(видение)とスヴィドリガイロフが見る〈幽霊〉(привидение)/

清水正著『ウラ読みドストエフスキー』を読む……坂下将人

ドストエフスキー曼陀羅 目次(伊藤景編)/

 

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清水正ドストエフスキー論全集

 

    ドストエフスキー文学に関心のあるひとはぜひご覧ください。

清水正先生大勤労感謝祭」の記念講演会の録画です。

https://www.youtube.com/watch?v=_a6TPEBWvmw&t=1s

 

www.youtube.com

 

 「池田大作の『人間革命』を語る──ドストエフスキー文学との関連において──」

動画「清水正チャンネル」で観ることができます。3回に分けてありますので是非最後までご覧ください。

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これを観ると清水正ドストエフスキー論の神髄の一端がうかがえます。日芸文芸学科の専門科目「文芸批評論」の平成二十七年度の授業より録画したものです。是非ごらんください。

ドストエフスキー『罪と罰』における死と復活のドラマ(2015/11/17)【清水正チャンネル】 - YouTube

 

 https://www.youtube.com/watch?v=KuHtXhOqA5g&t=901s

https://www.youtube.com/watch?v=b7TWOEW1yV4