帯状疱疹後神経痛と共に読むドストエフスキー(連載14) 師匠と弟子

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帯状疱疹後神経痛と共に読むドストエフスキー(連載14)

師匠と弟子

清水正

  今日、キリスト者でない知識人の何人が福音書に書かれてある奇跡を文字通り信じることができるのであろうか。熱い純朴な信仰心が病を癒すことは知られている。イエスの衣に触れただけでもある種の病を癒されたということは今日の医学ではとうぜん認められるであろう。しかし、比喩的表現でないとすればどうしても納得できない奇跡もある。

 柳宗悦は『宗教的奇蹟』(柳宗悦全集著作篇第二巻。昭和五十六年三月 筑摩書房)で次のように書いている。

   抑も奇蹟とは何事であるか。今日何事の意味を吾々に示すのであるか。奇蹟とは自然法の破壊を意味するではないか。自然の法則に反抗の旗を翻して迄、之は守護すべき真理であるか。之を如何なる意味で自然法への違反でないと解し得るか。科学と矛盾しない奇蹟をどこに求めたらいゝのであるか。かゝる企てはもしや先天的にも不可能ではあるまいか。吾々は此問題を理知によつて笑ひ去らうか。又は不可解だと云つて封じ去らうか。それよりも一層、古い昔の教へに過ぎぬと云つて棄て去らうか。かゝるものを強ひて弁明する任務が、吾々にはないと云ひ棄てようか。

  実際今日ではかゝる疑惑や否定が寧ろ一般であらう。或者がまだ奇蹟に思ひ惑ふ時、人々は屡々その誠実をさへ疑つてゐる。多くの者は奇蹟を既に決定された題材だとさへ見做してゐる。彼等は奇蹟を許さない自然をこそ寧ろ愛してゐる。近世の宗教思想を顧る時、かゝる否定の態度は躊躇なく採用された。

  イエスの最も美しい伝記を書いたルナンすら奇蹟の記事を彼の筆から除き去つた。かゝる物語の捏造は、寧ろ弟子が主に加へた侮辱であるとさへ考へられた。ルナンは彼の「耶蘇伝」第十六章に於て勇敢にも此見解を明言した。吾々と同じ時代に生きてゐた偉大な宗教家であつたトルストイも、彼の編纂した聖書の翻訳から、奇蹟の部分を抽き去つて了つた。(略)近世哲学の柱であるカントも、多くの執着なく奇蹟を彼の思索の領域から退けて了つた。況や大部分の科学者が此問題に冷であるのは云ふを俟たない。自然法が普遍の法則であるなら、之に矛盾する奇蹟を自然から棄て去るのが、至当な理解であると考へられる。之は科学を守る者の自然な明白な立論であつた。然し科学者でなくとも、批評を愛する歴史家は、聖書に不合理な出来事を読むのを欲しない。奇蹟の記録は歴史的保証を欠くと云ふのが、その研究によつて帰納せられた結果であつた。奇蹟へのかゝる否定は今理知の文明に漂ふ思潮である。実に多くの者はかゝる否定を発言する事に、何等の疑惑をも又逡巡をも持たないのである。

  かゝる風潮の中に基教は再び反省せられた。抑も奇蹟と宗教との間には、何等の本質的関係がないではないか。実際奇蹟なき宗教は可能ではないか。寧ろ宗教を合理的ならしめる任務が吾々にありはしまいか。よし古代には奇蹟への信仰が意味を齎らしたにせよ、教養ある今日の吾々は、かゝる理解を反復すべきではないであろう。奇蹟は何事の意味をも宗教に与へはしない。寧ろそれは不純な要素の追加に過ぎまい。奇蹟なくともイエスは驚くべきイエスではないか。録された凡ての奇蹟を聖書から抹殺しても、吾々は尚深い聖書をそこに読む事が出来る。寧ろ基教を奇蹟から救ふ事によつて、一層倫理的な基教を確立する事が出来はしまいか。吾々の求めるものは合理的宗教ではないか。之は実に多くの信徒が今日抱く見解であると云はねばならぬ。(385~387)

 わたしは福音書に描かれた奇蹟物語は「弟子が主に加へた侮辱」であり「不純な要素の追加」であると考えている。「奇蹟なくともイエスは驚くべきイエス」であり、「録された凡ての奇蹟を聖書から抹殺しても、吾々は尚深い聖書をそこに読む事が出来る」と考えている。

 福音書から人間イエスを具象的に浮き彫りにすることは困難を極めるが、わたしはわたしなりのテキスト解読の方法を駆使してそれをなさなければならない。まず、マルコ福音書を書いたマルコとは何者なのか、を問わなければならない。

 

 ドストエフスキー文学に関心のあるひとはぜひご覧ください。

清水正先生大勤労感謝祭」の記念講演会の録画です。

https://www.youtube.com/watch?v=_a6TPEBWvmw&t=1s

 

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 「池田大作の『人間革命』を語る──ドストエフスキー文学との関連において──」

動画「清水正チャンネル」で観ることができます。

https://www.youtube.com/watch?v=bKlpsJTBPhc

 

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これを観ると清水正ドストエフスキー論の神髄の一端がうかがえます。日芸文芸学科の専門科目「文芸批評論」の平成二十七年度の授業より録画したものです。是非ごらんください。

ドストエフスキー『罪と罰』における死と復活のドラマ(2015/11/17)【清水正チャンネル】 - YouTube

 

 https://www.youtube.com/watch?v=KuHtXhOqA5g&t=901s

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