〈ある何ものか〉をめぐって(3)
山下聖美
〈ある何ものか〉
それにしてもなぜ、ドストエフスキーを長年批評し続けて いる清水先生が、先に述べたように、宮沢賢治に「とりつか れた」かのようになっていたのだろうか。このことを清水先 生は「ドストエフスキーにものを書かせている霊的なもの と、宮沢賢治にものを書かせている霊的なものが共通してい る」こと、清水先生自身も、その霊的な〈ある何ものか〉に よってものを書いているというようなことをよくおっしゃっ ていた。
清水先生の本を読んでいると、確かに〈ある何ものか〉と いう言葉が頻出する。ドストエフスキーの作品の登場人物た ちも、宮沢賢治の作品の登場人物たちも、人知を超えた〈あ る何ものか〉によって人生を翻弄され、試みられ、見守られ ている。清水先生の批評の特徴は、そのまなざしが、〈ある 何ものか〉という遙かなるものへと向かっていることにあ る。もちろん、緻密な人間描写、現実を見つめるまなざし は、徹底的に鋭い。さすが、生々しい浮き世を生きぬいてき ただけあるなと感心するばかりである。しかし、現実を凝視 するまなざしのその先には、何か巨きなものが広がってい る。先生自身が持つ、ゆったりとした巨きな雰囲気は、まな ざしているものの大きさと重なっているのであろう。
ちなみに清水先生は、現実の人を見る際にも、その人の背 後にある〈何か〉を見ているようである。例えば私の場合は「山下家の野望」という言葉でよく表現してくださる。平た く言えば〈ご先祖様〉であろうか。つまり、何か〈霊的〉な るものをも含めた人間存在の姿を、清水先生はキャッチでき るようなのである。こう書くと、またもやスピリチュアルな 方向へと向かっていきそうであるが、清水先生自身はいわゆ る「スピリチュアル」はお気に召さないようで、特定の層か ら熱狂的な指示を得る、スピリチュアルタレントの大御所を 「霊格が低い」と真剣に非難したりして、私たちを大いに笑 わせてくれるのである。
清水正の著作はアマゾンまたはヤフオクhttps://auctions.yahoo.co.jp/seller/msxyh0208で購読してください。 https://auctions.yahoo.co.jp/seller/msxyh0208 日芸生は江古田校舎購買部・丸善で入手出来ます。
清水正への講演依頼、清水正の著作の購読申込、課題レポートなどは下記のメールにご連絡ください。
shimizumasashi20@gmail.com
(人気ブログランキングに参加しています。よろしければクリックお願いします)
https://www.youtube.com/watch?v=MlzGm9Ikmzk
これを観ると清水正のドストエフスキー論の神髄の一端がうかがえます。日芸文芸学科の専門科目「文芸批評論」の平成二十七年度の授業より録画したものです。是非ごらんください。
https://www.youtube.com/watch?v=MlzGm9Ikmzk
(人気ブログランキングに参加しています。よろしければクリックお願いします)
https://www.youtube.com/watch?v=MlzGm9Ikmzk
清水正・ドストエフスキー論全集第10巻が刊行された。
「清水正・ユーチューブ」でも紹介しています。ぜひご覧ください。
https://www.youtube.com/watch?v=wpI9aKzrDHk
https://www.youtube.com/watch?v=MlzGm9Ikmzk