古沢将太「熊谷元一写真展を見て」

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熊谷元一写真展を見て
古沢将太

 
 熊谷元一氏の写真には命が記録されている、私はまずそう感じた。子供達の表情の瑞々しさ、いきいきとした動き、黒板を前に思案する姿、その一瞬を、カラーとかモノクロとか、デジタルとかアナログとかそんなものとは関係のないところに、その時、その場所の空間を保存している。優れた芸術が、時代や状況を超えて、現代につながるとするならば、氏の写真は、時代を超える共通の芸術的言語として十全に、役目を果たしているのではないか。私は、写真に関しては門外漢なので、写真の技法であったり、そういうところではなく、写真が語る芸術としての共通の言語を、映像芸術を学ぶものとして氏の作品から読み取っていきたい。

 子ども達の黒板絵を見ていると本当に、その時、その場の声が聞こえてくるようだった。それは、「絵」以外にも、黒板の端に書かれた「みつよ・けいこ」といった日直の女の子の名前、写真の撮られた日付、構図の節々に現実感として、ある種のリアリティーとして配置されている。
 この写真は黒板絵を撮影した写真に写る被写体として残っているだけであって、彼らが黒板にチョークで描いた黒板絵を、我々はもう二度と見ることができない。彼らが描いているものは、確実に複製や保存のできないものである。しかし、写真を通すことによって質感や色は再現できないが、少なくとも、絵の形姿やその行程、書き直しの跡を見ることができる。黒板絵の「一回性」という特性を写真によって覆している。
 また、絵そのものは複製や保存ができないが、黒板にチョークで書く絵ということは「やりなおし」が可能である。そこに黒板絵の魅力があるのではないか。覚えたての文字と絵の混在に、がまた興味深かった。1年生の頃は、文字をデザインとして、または、ただ最近取得した新たな技能を披露したいが為に文字を書いていたのではないか、というものに対し、学年が上がるに連れ、絵を補足するような、文字、または文章を絵と同じフレームに配置していた。このような、成長に比例する変化も随所に見られた。まず、単純に絵が奇麗に上手になったことである。学年が上の子ども達の描いた絵には、遠近法の走りのような技法も見られるようになった。かたや、1年生の絵を見ると、夢に出てきたような怪物や想像上の生き物など、デフォルメされた動物や、家族の絵などが多かった、本当に自由に書いていたのだろう。
 このように、1年生から4年生まで4年間撮り続けたことによって、ドキュメンタリー性、物語性というような、映像的な側面も生まれた。映画が、1秒間24枚の写真を連続することにより動きを作っていると考えれば、この作品群も写真というメディアとしての意味合いだけでなく、もう一歩進んだところで、何かを表現しているのではないか、と考えることもできる。4年という時間を一緒に過ごしたことで、1年生のときの子ども達の表情と、4年生になったときの表情には明らかに違うものがあった。同じ被写体を撮り続ける、その中で被写体との関係性が親密になり、レンズの存在をだんだんと子ども達の意識から遠ざけていくことができたのではないか、これは、他の写真家ではなく、教師として子ども達に接していた氏だからこそ、撮れた写真である。

 この作品が撮影された時代背景を考えると、黒板を解放するということには、当時、国家間総力戦となった大戦を経て、国家という全体性からの解放(=創造性の解放)、個の尊重、思想の自由といったことを、意図的でないにしろ暗喩しているのではないか、と考えてしまう。それまで、「個」としての自我を抑圧されていた日本人にとって、これから自分達の幸福を得る為には、個人がそれぞれ自由に考え、生きる道を選択することは難しい。それは、今までの画一的な教育では、担保できない領域の能力を求められることになる。自分で考え、自分で表現する能力を、この黒板絵で養おうとしたのではないかと、私は、1946年からフィルムという芸術的言語を自分なりに読み解こうとした結果、そう感じた。

日芸図書館企画の展示「写真家 熊谷元一」は六月二日より十六日まで日芸アートギャラリーで開催されています。詳しくは日芸図書館(℡03-5995-8306)にお問い合わせください。


熊谷元一写真集『黒板絵は残った』(D文学研究会発行・星雲社発売)は五月三十日に刊行されました。

定価は1800円+消費税

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四月三十日の読売新聞夕刊15面に芥川喜好氏の「時の余白」で紹介、また五月二十一日に長野朝日放送で十分ほど特集番組として放映されました。