D文学研究会再活動を祝う

D文学研究会再活動を祝う


下原敏彦



「そろそろ活動を再開しようかと考えている」清水正氏から、こんな話を聞くようになったのは、いつごろだったか。たしか還暦を過ぎたあたりではなかったか。
氏は、半世紀前、「ドストエーフスキイの会」脱会の後、D文学研究会を立ち上げた。選挙に例えればカバンはどうかは知らないが、地盤・看板もないたった一人の旗あげだった。が、氏の活動は目覚ましかった。ミニコミ紙「D文学通信」の発行を原動力に猛烈な勢いでドストエフスキー研究を発信しつづけた。その研究は、一人ドストエフスキーに留まらず宮沢賢治志賀直哉など多くの作家、作品を巻き込み、想像・想像批評を駆使して多彩な比較批評を展開させた。とりわけ「D文学通信」は、驚異的スピードで増発され、たちまちに1000号を突破するまでになった。書かれた論稿のほとんどが通勤電車の車中という。その集中力にただ凄いと嘆息する他ない。しかし、その勢いもここ10年は、多忙な大学職務や諸事情もあって下火となり、近ごろは開店休業状態になっていた。
今春、氏は『清水正ドストエフスキー論全集7』を刊行した。これを機にD文学研究会の再活動を決心したようだ。手始めに7月21日に「D文学通信第1420号」を発行、復活の狼煙をあげた。そして26日、晴れて再活動の一環としてD文学研究会主催で第一回清水正講演会を開催した。快挙である。遅まきながら、ドストエーフスキイ前作品を読む会「読書会」を代表してお祝い申し上げます。
開催した7月26日は、4日前、例年より遅い梅雨明けがあったばかりで、関東地方は、連日の猛暑だった。会場は、氏が勤める日本大学芸術学部江古田校舎で、時間は、午後3時から。カンカン照りで午後の気温はうなぎ昇りだった。まさに熱中症が心配される時刻だった。が、学生、市民、大学関係者など多勢の参加があり盛会だった。
ドストエーフスキイ全作品を読む会「読書会」からは、10名の会員が参加した。今回参加の会員は、清水氏のドストエフスキー論愛読者が多く、既に6巻まで読みきっているという猛者もいる。読書会で議論中に氏の著作や評論があがったりすることもある。それだけに、今回の講演会を心待ちにしていた会員も少なくない。
ドストエフスキーの作品読みにおいても、今回、参加の皆さんは、全員が熱心な読者で、すでに3サイクル、4サイクルと読み継いで現在5サイクル体験中の人もいる。常連中の常連の皆さんである。そのなかの一人、西武池袋線石神井にお住まいの歌人のN子さんは、ことし卒寿半ばのご高齢ながらお元気で年6回の読書会には欠かさず参加している。10年前、ドストエフスキーの曾孫、ドミィトリ―氏が、来日したのを新聞で知って講演会場かけつけたのが縁で、それ以来ドストエフスキ―作品のとりこになっている。彼女は、戦前、一時日芸にも籍を置かれたとのことで、街や校舎の変わりように驚かられていた。息子さんが日芸の映画学科卒業というFさんは、初めて入る息子の母校に感無量だった。横浜から駆けつけたご夫婦は、林芙美子ファンでもあることから氏から『林芙美子の世界』を贈与され感激していた。若い人がいなかったことがやや残念といえば残念であった。
この日氏が講演されたのは、『清水正ドストエフスキー論全集第7巻』を記念して『ドラえもん』から『オイディプス王』へ、を話された。
氏のドストエフスキー論は、マンガ論を取り入れたことで、従来の検証的考察から、弁証的考察に変わってきた。つげ義春論、日野日出志論がそれである。
しかし、今回の講演会は演題から読書会の会員の多くは、戸惑いもあったようだ。「オイディプス王」については、先の著作『「オイディプス王」を読む』(1997)を読んでいた。それに、オイディプスの物語自体も、どこかドストエフスキーを思わせるところもあって、さほど違和感はなかった。が、「ドラえもん」となると、「?・・・ ?」の人が多かった。つまりドラえもんの漫画を読んでいないのだ。今回、若い人が少なかったのは、その辺に原因があると想像する。実際に参加者から「まだ、いちども読んだことがない」「ドストエフスキードラえもん、どんな話になるのか、さっぱりわからない」そんな不安というか心配するつぶやきを耳にした。しかし、講演がはじまると、皆、清水氏の巧みな落語的話術にどんどんはまっていった。ドラえもんの最初の一コマのなかに、ドストエフスキーの作品にみる雄大さ、無限さが潜んでいる。そのことを知り、そして、いつのまにかドストエフスキーの世界にどっぷりつかっていることに気がつくのである。
全作品を読む会の読書会は、ほとんど作品のみに添った議論が多い。それだけに、マンガ作品や古典を混同させたドストエフスキー論の講演は、斬新でめずらしくもあった。ほとんど面白い演芸をみた。そのような感想の人もいた。
 講演会終了後は、大学近くにある中華料理店「同心房」で、懇親会が開かれた。清水教授、山下准教授、評論家で日芸講師の山崎氏、他関係者多数に加え読書会の会員10名全員が参加、賑やかで楽しい宴席となった。「ドストエーフスキイ全作品を読む会」にとって有意義な時間でした。厚く御礼申し上げます。復活したD文学研究会のますますのご発展を心より祈念して、お祝いの言葉にかえさせていただきます。ありがとうございました。