清水正・ドストエフスキー論全集第10巻が刊行された




清水正ドストエフスキー論全集第10巻が刊行された。栞原稿の一部を紹介します。

https://www.youtube.com/watch?v=MlzGm9Ikmzk

これを観ると清水正ドストエフスキー論の神髄の一端がうかがえます。日芸文芸学科の専門科目「文芸批評論」の平成二十七年度の授業より録画したものです。是非ごらんください。

清水正の著作はアマゾンまたはヤフオクhttps://auctions.yahoo.co.jp/seller/msxyh0208で購読してください。
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日芸生は江古田校舎購買部・丸善で入手出来ます。



80年代の終わり

上田薫。(日大芸術学部文芸学科教授)



  80 年代が終わろうとする時、世の中は狂乱の経済に沸き立っ
ていたが、池袋の居酒屋でドストエフスキーを語る先生の話を、
苦いビールと一緒に流し込む私たちには、世の喧騒は耳に入ら
なかった。私たちは、バブルだったその時代を少しも生きてい
なかった。先生も、そしてごく僅かなゼミ生も、ラスコーリニ
コフがどうだとか、ソーニャがどうだとか、ポルフィーリーが
どうだとか。或は、トーマス・マンの『魔の山』だとか、カミュ
の『異邦人』とか『ペスト』とか、もうとうに過ぎさった物語
の世界を彷徨っていた。そして、 19 世紀ロシアの物語を語る先
生の話は、毎週深夜まで続いた。
 
私はラスコーリニコフのようにこの世を嫌悪していたし、卒
業後も、バブル期だというのに僅か十万円の月給の使いみちさ
えわからない生活をしていた。それどころか、私は生活を捨て
たい、生活を捨てる道はないかと日々考えていた。私の言葉は
同世代の誰にも通じなかったのだと思う。友達はとうとう一人
も居なくなった。ただ、先生だけが、私の拙い哲学と、情熱と、
怒りを受け止めてくれていたのだと思う。