清水正の『浮雲』放浪記（連載150）

清水正への原稿・講演依頼は　qqh576zd@salsa.ocn.ne.jp　宛にお申込みください。ドストエフスキー・宮沢賢治・宮崎駿・今村昌平・林芙美子・つげ義春・日野日出志などについての講演を引き受けます。

清水正の講義・対談・鼎談・講演がユーチューブ【清水正チャンネル】https://www.youtube.com/results?search_query=%E6%B8%85%E6%B0%B4%E6%AD%A3%E3%81%A1%E3%82%83%E3%82%93%E3%81%AD%E3%82%8Bで見れます。是非ご覧ください。

https://www.youtube.com/watch?v=LnXi3pv3oh4

批評家清水正の『ドストエフスキー論全集』完遂に向けて
清水正VS中村文昭〈ネジ式螺旋〉対談　ドストエフスキーin21世紀（全12回）。
ドストエフスキー、トルストイ、チェーホフ、宮沢賢治、暗黒舞踏、キリスト、母性などを巡って詩人と批評家が縦横無尽に語り尽くした世紀の対談。
https://www.youtube.com/watch?v=LnXi3pv3oh4

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https://youtu.be/KqOcdfu3ldI　ドストエフスキーの『罪と罰』
http://www.youtube.com/watch?v=1GaA-9vEkPg&feature=plcp　『ドラえもん』とつげ義春の『チーコ』
https://youtu.be/s1FZuQ_1-v4 畑中純の魅力
https://www.youtube.com/watch?v=GdMbou5qjf4『罪と罰』とペテルブルク（1）

https://www.youtube.com/watch?v=-0sbsCLVUNY 宮沢賢治「銀河鉄道の夜」の深層（１）【清水正チャンネル】

清水正『世界文学の中のドラえもん』『日野日出志を読む』清水正への原稿・講演依頼は　http://www.ebookjapan.jp/ebj/title/190266.html

ここをクリックしてください。清水正研究室http://shimi-masa.com/

デヴィ夫人のブログで取り上げられています。ぜひご覧ください。
http://ameblo.jp/dewisukarno/entry-12055568875.html

「清水正研究室」のブログで林芙美子の作品批評に関しては［林芙美子の文学（連載170）林芙美子の『浮雲』について（168）］までを発表してあるが、その後に執筆したものを「清水正の『浮雲』放浪記」として本ブログで連載することにした。〈放浪記〉としたことでかなり自由に書けることがいいと思っている。

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『清水正・ドストエフスキー論全集』第八巻が刊行されました。

清水正の著作・購読希望者は日藝江古田購買部マルゼンへお問い合わせください。
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　清水正の『浮雲』放浪記（連載150）
　平成◎年11月18日

　富岡のもとを離れたゆき子を作者は「ゆき子は、いかに生きてゆくべきかを考え、穴の中におちこむような孤独を味っていた」と書いている。ゆき子は精神的に自立できていないが、さらに経済的にも自立していない。作者は続けて「このまま身動きがならないとなれば、思い切って、伊庭のところへ行き、当分は大日向教の事務でもとろうかと思った」と書いている。ゆき子は〈思い切って〉〈伊庭のところ〉へ行こうと考えるわけだが、この時もゆき子は富岡兼吾を〈思い切って〉いない。ゆき子は描かれた限り、伊庭の妾となってすら富岡を思い切れない女である。富岡を切り捨てられないゆき子を、伊庭がどのように思って性的関係を結んでいたのか興味のあるところだが、作者はゆき子と伊庭の濡れ場を描かない。もしその細部を綿密に描けば、ゆき子のしたたかさや、女の業が浮き彫りになったであろう。女がひとり生きていくためには、きれいごとの小舟に身をまかせるわけにはいかないのだ。

　　五日ばかり、また、無為に過ぎた。
　　伊庭からさいそくの手紙が来た。一日も早く来てほしいという文面である。ゆき子は、大日向教というものがどんなところなのか行ってみるつもりになった。富岡からは、何の音信もない。少しでも愛情が残っているものならば、富岡は、自分から尋ねて行くと言った約束を守ってくれそうなものである。ゆき子は、富岡との縁があるものかないものか、大日向教に頼ってみようかと、心が少しばかり動いて来た。
　　焼けつくような暑い日であった。
　　ゆき子は､池上上町の三の××番地大日向教というのを探して行った。なるほど銀行家の家邸を買ったというだけあって、御影石の門柱には、鉄格子の扉がついて、玄関まで砂利が敷きつめてある。庭樹は手入れが行きとどき、新しいトタン葺きの自動車小舎まで揃っている。耳門から邸内へはいって行くと信者ででもあろうか、痩せ細った中年の女が、大麦藁帽子をかぶって、庭の草むしりをしていた。玄関の軒下に大きな桧の一枚板に、緑色の文字で、点晴と書いてあった。硝子戸は開かれ、たくさんの下駄がずらりとタイルの床に並んでいる。
　　龍を描いた新しい大衝立が玄関の正面にある。その陰で、机に向っているのが産院で見覚えのある大津しもであった。白粉をこってりとつけて、紺の上着に紺の袴をはいて、何か書きものをしていた。奥深い玄関なので、冷い風が吹き抜けている。奥のほうでは、祈りでも始まっているのか、がやがやと不安な声で合唱が聞えた。（339〈四十五〉）