「日野日出志研究」に収録するエッセイ

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日野日出志研究」は今年中に刊行の予定で鋭意編集中ですが、今回は日本近代・現代文学研究家の山下聖美さんのエッセイを紹介します。
日野日出志先生に敬礼                           
山下聖美

西武池袋線の車中で。
 あの日野日出志日芸にいるの?! と私は過去に数回、数人から尋ねられたことがある。マンガ実習を担当されているよ、と答えると、たいがいは皆、感嘆の声をあげながらなつかしそうに語り出すのである。何歳のときにこういう日野作品を読んでこんなに衝撃を受けたなあ、夢にまで出てきちゃうくらいだったよ、というように。
 日野先生の作品が、思春期の少年少女たちに与えるインパクトの大きさは、はかりしれない。悩み苦しむ若く柔らかい心の奥底に、何かがずしりと入り込んでいくようなのである。否、彼らの心のなかだけではない。いい年をした大人の私が、今改めて日野先生の作品『蔵六の奇病』を読んでみても、そのなんともいえない迫力に胸がぴりりとする。生活に流されているのではないか、がむしゃらに、本気で何かにうちこんでいるのだろうか、私は? とどきりとするのである。
 であるから、日野先生ご本人と接するときもある種の緊張感をもって、接していた。にこにこしてはおられるが、あるときぴしりと真剣で切りつけられるのではないかという恐れを常に抱いていたのである。そもそも日野先生の独特な服装や個性的な髪型、それは忍者のようであり、武士のようであり、軍人のようであるため、敬礼をせずにはいられない感覚に襲われる。大学構内でも、日野先生が歩けば視線はそこに集中する。この方はいったい何の先生なのだろうか、というざわざわとした違和感と、一種独特の緊張感。日野先生は、マンガ作品だけでなく、その存在感をもってして、私たちに日常を見つめ直す大きな問いかけを発しているのだ。
 しかし、人間は何にでも慣れるものである。いつしか大学構内を歩く忍者のような、武士のような、軍人のような姿は日常と化した。一方で私もまた、日野先生とお酒の席をともにさせていただくことが重なり、むしろ先生の日常をかいまみるようになった。「ワセジョ(早稲田の女子学生)」だった奥様とのなれそめ。先生のお嬢さんと私が顔やしゃべり方がそっくりであるらしいこと。韓国の漫画家仲間とひたすらに飲み続けていたこと。ふんどしのはき方。スペインの空港でポーターと間違えられ、荷物を持ってと言われて思わずイエスと答えてしまったこと。こんな話を、見た目よりも意外にかん高い声で、落語のネタのように、何度も聞いた。どのネタからも、どうしようもなく平和で暖かなお人柄がにじみ出ており、いつしか私は、日野先生は実は私が知っている大人のなかで一番人が良いのではないかと思うまでになっていた。
 こうして私はすっかりと、日野先生に慣れてしまっていくのである。こうした慣れの態度が、もしかしたらお嬢さんのしゃべり方などと重なっていくのかもしれない。(日野先生、慣れ慣れし過ぎたならば、ごめんなさい。そして、勤務先にまでうるさい娘がいて、ごめんなさい。)
 一方で、先生はしばし名作『蔵六の奇病』創作時のことについて、熱を込めてお話してくださる。「あの作品には自分のすべてをそそぎ込んだ」「一コマ一コマ、一言一句に意味が込められている」こうおっしゃるときの日野先生は、またまた敬礼したくなってしまう迫力に充ちている。ちなみに日野先生は、お酒の席において、政治の問題や世界情勢についてもご自分の意見をはっきりと力強く主張される傾向がある。それはそれで大変おもしろく聞いているのだが、しかし、そんな話よりも、やはり漫画家は、自分の漫画について語るときに、もっとも迫力が出るのだなあとつくづく感じた。
 考えてみれば、こうして伝説の漫画家・日野先生から直接にいろいろなお話をうかがうことのできる私はとても幸福な人間だと感じる。日野先生とのこのハッピーな関係がいつまでも続くことを、切に願っている。