荒岡保志の志賀公江論(連載2)

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荒岡保志の志賀公江論(連載2)

70年代少女漫画に於ける志賀公江の役割(その②)

志賀公江先生と日野日出志先生 清水正研究室にて。
志賀公江「スマッシュをきめろ!」作品論①

大雑把ではあるが、志賀公江が登場するまで少女漫画史について綴ったが、ここで、本題に戻り、志賀公江の作品解説に入りたい。

デビュー作ある「走れ!かもしか」であるが、実は、未だどの単行本にも収録されておらず、申し訳ないが、ここではご紹介することができないことをご了承頂きたい。タイトルから、陸上競技を題材にしたものだろうとは連想できるが。

そして1969年33号から1970年36号まで、「週刊マーガレット」に連載された「スマッシュをきめろ!」は、先ほど触れたようにテレビドラマ化もされ、その知名度により、現在もなお志賀公江の代表作と位置づけられている。前述した通り、テニスを題材にしたスポーツ少女漫画の草分け的作品でもある。

これも前述したが、スポーツ少女漫画と言うと、直ぐに思い当たるのは女子バレーボールを題材にした、浦野千賀子の「アタックNO・1」であるが、これは明らかに、1966年、講談社少年マガジン」19号から連載が開始された、日本漫画史上の傑作中の傑作、「川崎のぼる」の「巨人の星」に触発されたものである。未だ、東京オリンピックの熱も冷め遣らぬ時代背景であったことも、この漫画に影響を与えただろう。あの、日本全国を熱狂させた「東洋の魔女」である。
単純にスポーツ少女漫画と言うカテゴリーを考えると、実は、その10年も前の1958年に、やはり「高橋真琴」がバレエを題材にした「東京〜パリ」を「少女」誌上に発表しているのだが、「高橋真琴」の「東京〜パリ」は、舞台もパリから始まるお洒落な少女漫画であり、スポーツ漫画としての汗臭さは全くない。その意味では、「アタックNO・1」が、やはりスポーツ少女漫画、「スマッシュをきめろ!」に継承されるスポーツ根性少女漫画の草分けと呼んでも差し支えないだろう。

「スマッシュをきめろ!」の主人公は「槇さおり」、名門「紫苑学園」の、天才と呼ばれる中学生テニスプレイヤーで、長い金髪の、瞳の大きな可愛い、優しい女の子である。父は世界的テニスプレイヤーの「東城博之」であるが、さおりが生まれて間もない頃に両親は離婚し、別居、病弱だったさおりはブティックを経営する母「晴子」に引き取られ育てられていた。さおりには一歳違いの妹「真琴」がおり、父に引き取られて信州でひっそりと育てられていたのだが、父の死により、母方に、さおりの家庭に引き取られることになる。自分に離れ離れになった姉妹がいたことは、お互いにここで初めて知ることになるのだった。
そして、さおりの下へやって来た真琴は、黒髪のショートヘアの少女で、信州で父親の英才教育を受け、さおりと負けず劣らずの天才テニスプレイヤーであったが、その瞳は憎しみに満ちていた。父を捨てた母と、父が自分を差し置いて、後継者として認める姉さおりの存在が許せなかったのだ。

この設定だけで、「スマッシュをきめろ!」が、ただのスポーツ根性少女漫画ではないことが読み取れるだろう。このドラマは、父親を奪い合う姉妹の愛憎物語から始まるのだ。

主要人物としては、学生テニスチャンピオンの大学生で、さおりが慕い、さおりのテニスのコーチにして良き理解者でもある「大石哲也」、そして、現役のテニス全日本チャンピオンで、尊敬する東城のテニスをさおりの中に見出し、さおりを指導するようになる「甲山選手」がいる。

そして、相変わらずさおりに敵意を持つ真琴は、さおりの通う紫苑学園には入学せず、「田淵」というコーチが在籍する「西第一中学校」に転入する。田淵コーチは、表向きは東城の親友ということだが、実は東城とは対立しており、さおりに継承されている東城のテニスのスタイルを破壊しようと、さおりに憎悪を持つ真琴を利用しようとしているのだ。

東城のテニスは、変化球の必殺技が世界的に有名で、それは「ローリングフラッシュ」と呼ばれていた。さおりは、何とかその変化球を修得しようと日々猛練習し、一方真琴は、打倒さおりを掲げ、特別メニューの特訓をこなしていく。これは、勝敗に拘る「巨人の星」の「大リーグボール」の特訓とはまるで違う意味を持つ。「ローリングフラッシュ」を自分のものにすることは、そのまま東城のテニスを、言い換えれば父を自分のものにする、父の腕に抱かれることを意味する。
そして、中学生テニス選手権大会、その決勝戦という舞台で、さおりと真琴はついに対決を迎えるのだ。

実力は5分と5分である。一進一退、一歩も引かない二人の試合は続く。力対力、技対技はもちろんであるが、この戦いは父東城を奪い合う姉妹の愛憎の対決であり、もう一方では、今は亡き東城のテニスと、東城のテニスを抹殺しようとする田淵コーチとの戦いでもある。

そして、接戦を制したのはさおりであった。最後の最後に、父の形見である黄金のラケットを手にするさおりが、「ローリングフラッシュ」を初めて決めたのだ。父は、さおりの下へ降り立ったのだ。この黄金のラケットは、父から真琴に、さおりに渡すように頼まれ信州から持ち帰ったものであった。黄金のラケットをさおりに渡した時、真琴にはこの決着が見えていたに違いない。

素直に負けを認め、また、田淵コーチの、東城のテニスを亡き者にしようとする策略を知った真琴は、テニスを諦め、そのまま信州に帰ってしまう。さおりは、真琴の後を追い信州に向かい、そこで信州の大自然、そして真琴の閉ざされた心と触れ合う。そして、少しずつではあるが、姉さおりの存在を認める真琴は、再びラケットを握り、さおりの下へ戻るのだ。ここに、最強のダブルスが誕生するのである。

ここまでが第1部というところだろうか。父のテニスを、そして父の愛情を奪い合う姉妹の戦いは一先ず幕を下ろし、これからスポーツ根性漫画へと展開を見せる。優しい様相の姉、さおりも、テニスの練習では真琴の前で鬼となる。父が、鬼の東城と異名があったように。

そして、ダブルスの日本代表選手を決定する「グリーンリーグ予選大会」が開催される。「ローリングフラッシュ」を完成させたさおりと真琴のダブルスには一見死角がないよう見える。ただ、さおりに心を開いたかのように思えた真琴には、まだ何かが燻っていた。真琴は、ここで再び出会う田淵コーチの、またしても術中に嵌ってしまうのだ。どこかで、真琴は田淵コーチに父の面影を投影していることに他ならない。それは、極端に言えば恋愛に近い感情である。

「グリーンリーグ」の試合は、見事に決勝戦まで勝ち進むのだが、ここで、絶望的なニュースがさおりに飛び込んでくる。「ローリングフラッシュ」の特訓中に、さおりの放った変化球を眼鏡に直撃を受けた甲山選手が、眼球摘出の手術を受けるほどの重症だったことが判明するのだ。さおりは、プレイヤーの予測のつかない変化をする「ローリングフラッシュ」が、一歩間違えると相手に大怪我を負わせてしまう可能性があることを知る。動揺するさおりは、ここ一番で「ローリングフラッシュ」を打つことができなくなる。その結果、決勝戦では大敗してしまうのであった。

真琴は、さおりが「ローリングフラッシュ」を封印し、決勝戦で大敗したことに激怒する。たとえ相手を片端にしても勝つぐらいの闘志と根性がなければ、どんな強力な変化球でも意味がない、真琴はそう言い捨て、父親の形見の黄金のラケットを折ってしまう。田淵コーチの申し出により、甲山選手を失明させたさおりの「ローリングフラッシュ」は危険球として使用禁止扱いとなり、真琴は、自分を騙し続けてきた田淵コーチにテニスボールを強かぶつける。裏切られても信頼し続けていた田淵コーチに、今度ばかりは怒りが噴出したのである。ただし、その暴力行為により、真琴のテニス選手の資格を剥奪し、二度と試合に出ることが許されなくなるのだった。真琴は、再びさおりの下を去る。そして、母、晴子は、さおりにもテニスを諦め、自分が経営するブティックを継ぐことを勧めるのだ。

ここまでが第2部と言えるだろう。第1部で、漸くスポーツ根性漫画の様相を見せた矢先ではあったが、やはり志賀漫画は素直には進まないのだ。家族が纏まるどころか、進むにつれ更に混沌としてくるではないか。ただし、このことが、「巨人の星」、そして「アタックNO・1」との圧倒的な相違点になるのである。この「スマッシュをきめろ!」は、テニスを題材にしているものの、内容はヒューマンドラマなのだ。始めから勝敗に拘ったものではなかったのだ。
そして、このヒューマンドラマは、「エースをねらえ!」に引き継がれていくのである。

甲山選手のフォローにより、「ローリングフラッシュ」の使用禁止は何とか解かれるが、父の形見、黄金のラケットを失ったさおりは、以前のように切れのある変化球が打てなくなっている。そんな中で、「水島ジョージ」がさおりの前に現れる。ジョージは、東城の親友であり、アメリカの往年の名テニスプレイヤー「エル・フラッシャー」の息子であった。
真琴というパートナーを失ったさおりは、ジョージの放つ男子テニスの強い打球を打ち返すことにより、「ローリングフラッシュ」を完全に取り戻し、それを更に発展させ、ネットの白いベルトの影にボールを潜ませる変化球「ブラインドフラッシュ」を完成させる。
そこに、真琴は現れる。真琴は、「ローリングフラッシュ」を破るために帰ってきたと宣言する。そこで、真琴と1セットだけ試合を行うさおりであるが、真琴のサーブが余りにも荒れているため、さおりは即刻試合を中止してしまう。しかし、その試合を見たジョージは、真琴の才能を一発で見抜いてしまうのだ。彼女は今までにないスケールの大きな選手になる、とジョージは確信する。

そして、全国女子テニスチャンピオンタイトルマッチは開催される。日本全国から一流選手が集まり、日本一を争う選手権であるが、未だ中学生ながらも、さおりも出場選手に選ばれる。
その練習試合で、審判を勤める哲也と久し振りに対面するさおりであったが、哲也の態度は余所余所しく、さおりは違和感を覚える。そして、紹介されたのは、大学テニスの女王と異名をとる「藤沢悦子」で、早速さおりと練習試合をするのだが、悦子は汚い手口でさおりを陥れようとしているのだった。それが分かっていて、哲也はあえて余所余所しい態度を取っていたのだが、さおりはそのことには気がついていないのだ。

悦子がさおりとの練習試合で使用したボールは不良品の重量の重いもので、さおりは、コートのイメージが掴めずに苦戦を強いられるが、哲也のちょっとしたアドバイスにより、本来の自分のテニスを取り戻す。悦子の妨害にも漸く気がついたのだ。そして、決勝戦まで上り詰めたさおりが対戦するのは、そのテニスの女王悦子である。

悦子は、試合前に、自分が哲也からプロポーズを受けていることをさおりに話す。もちろん、それは嘘であるが、哲也に思いを寄せる中学生を動揺させるには充分である。相変わらず汚い手口で優位に立つ悦子であったが、ここで、さおりは全てを振り切る、自分の変化球を見てもらえばいい、勝敗は関係ない、と。さおりは、テニスというスポーツの中に、アーティスティックな喜びを見出すのだ。その結果、さおりの変化球、「ブラインドフラッシュ」は冴えまくり、とうとう決勝戦を制し、さおりは最年少にして日本一を勝ち取るのであった。

ここまでが第3部だろう。日本一になってしまった訳だから、スポーツ漫画としてはある意味の到達点に達したと言えるだろうが、このストーリーが抱えている問題点は蓄積される一方である。
そして、妹にして永遠の良きライバル、真琴、父東城と同じ道を歩ませたくない母晴子、さおりが密かに思いを寄せる哲也、そして、父の親友エル・フラッシャー、その息子ジョージ、その一人一人の思いが複雑に交錯し、このストーリーは、このヒューマンドラマは第4部で大円団を迎えるのだ。
荒岡 保志(アラオカ ヤスシ)のプロフィール
漫画評論家。1961年7月23日、東京都武蔵野市吉祥寺生まれ。獅子座、血液型O型。私立桐朋学園高等学校卒業、青山学院大学経済学部中退。 現在、千葉県我孫子市在住。執筆活動と同時に、広告代理店を経営する実業家でもある。
漫画評論家デビューは、2006年、D文学研究会発行の研究情報誌「D文学通信」1104号に発表された「偏愛的漫画家論 山田花子論」である。その後、「児嶋 都論」、「東陽片岡論」、「泉 昌之論」、「華 倫変論」、「ねこぢる論」、「山野 一論」などを同誌に連載する。


今年の夏、ステテコ姿の荒岡保志(下段中央)。 「天才パカポン」命名