随想 空即空(連載198)

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随想 空即空(連載198)

清水正  

 

〈書く〉行為に意味を求めることはできない。なにしろわたしは十七歳で『地下生活者の手記』の洗礼を受けているのだ。地下男の言うように〈書く〉ことに意味はないが、書いているとなにかしら仕事らしい仕事をしているような充実感がともなうことは確かである。空しいと言えば空しい。絶対的真理はないかも知れないが、それがあるかように振る舞うことはできる。この空しい行為に遊び戯れること、それがわたしにとって〈書く〉ということである。世界の事象はすべて神秘に満ちている。その神秘を解き明かすことはできないが、その神秘と共にあることはできる。わたしは生きている限りは、生きてあることの神秘と共にあり、そのことを言語化するであろう。そのことの意味、無意味を超えて、わたしは書き続ける。わたしをこの世界に誕生させ、生かさせ、不断に向き合うことを余儀なくさせている〈或る何ものか〉をわたしはしょっちゅう意識している。意識の意識、意志の意志、その未知なる力を不断に感じながら、わたしは生きている。少年ドストエフスキーは人間は神秘であり、その神秘を解き明かすために生涯を費やすことは決して無駄ではないと兄ミハイルに書いているが、そのドストエフスキーでさえ人間の神秘を描くことはできても解き明かすことはできなかった。おそらく〈或る何ものか〉は人間にその秘密を明かすことはないだろう。人間は予めそのように設定されているとしか思えない。

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