随想 空即空(連載196)

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随想 空即空(連載196

清水正  

 

  ポリフォニック的思考法を現実生活においても適用すれば、どんな場合においても一義的モノローグ的判断をすることができなくなる。まさにニーチェの言う「ものそれ自体はなく解釈あるのみ」ということになる。社会生活においてなんらかの判断を迫られたとき〈意識空間内分裂者〉は確固たる判断を下すことはできない。提示できたとしてもそれは〈絶対〉ではなく、相対化された〈一解釈〉でしかない。〈意識空間内分裂者〉は社会生活を円満に送り続けるために、その〈一解釈〉をあたかも絶対である〈かのように〉振る舞うことはある。当然の事として空しさがつきまとうことになる。確かにドストエフスキーの言うとおり、人間はなんにでも慣れてしまう存在であるから、この〈空しさ〉に慣れてしまうこともあろう。しかし、慣れるということは真の解決ではない。〈解釈あるのみ〉という一種の絶望的な解決は、そう思わざるを得ない人間の精神を全的に解放はしないのである。

 ある時期から、わたしは〈意識空間内分裂者〉(ポリフォニック的思考法を身につけた者)における一義性ということを切実に考えるようになった。わたしは少年時代から肉体から解放された意識存在というのに憧れていた。肉体がある限り、本来自由であるべき意識はそれに影響され支配される。肉体を保持するためには食事をし、睡眠をとらなければならない。成人すれば否応無く労働仕事をして肉体を養わなければならない。唯我独尊を生きる少年にとって肉体は邪魔ものでしかなかった。わたしは純粋な意識存在として世界に存在したかったのである。

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