随想 空即空(連載146)兵役拒否を巡って

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随想 空即空(連載146)兵役拒否を巡って

清水正  

 

 聖書を読んでいて特に思うのは、旧約の神と新約の神をどのように受け止めたらいいのかという問題である。ユダヤ教徒の場合は、神エホバが絶対であるから、基本的にはその命令に従っていればいいということになる。が、キリスト教徒の場合、父なる神をどのように理解しているのだろうか。旧約の神は試みる神であり、裁き罰する神であり、これは愛と赦しを説く新約の神イエス・キリストとは明らかに異なっている。さらにわかりにくいのは三位一体の教義である。父なる神も聖霊も地上の世界にその姿を現すことがないが、三位一体の教義を受け入れればイエスその人が神ということになる。が、だとしても、それならなぜイエスは〈父なる神〉からこの地上の世界に遣わされた神の独り子などとなるのだろう。〈父なる神〉と〈神の独り子〉が同等同一の存在であるなら、キリスト教における〈父なる神〉は明らかに旧約の神とは異なっている。異教徒の殲滅を命令する妬みと報復の旧約の神が、愛と赦しを前面に押し出す新約の神と同じであるわけがない。キリスト教の教義において、旧約の神との決定的な決別宣言がなされないかぎり、〈旧約の神〉と新約の〈父なる神〉との境界はきわめて曖昧であり、恣意的な解釈を許すことになる。

 イエスは山上の垂訓において「昔の人々に、『人を殺してはならない。人を殺す者はさばきを受けなければならない。』と言われたのを、あなたがたは聞いています。しかし、わたしはあなたがたに言います。兄弟に向かって腹を立てる者は、だれでもさばきを受けなければなりません」(「マタイ福音書」5章21~22節)と言っている。

 イエスは実際に「人を殺してはならない」と言っているばかりでなく、「腹を立てる」だけでも裁きを受けなければならないと言っている。これは姦淫についても同じである。イエスは言う「『姦淫してはならない。』と言われたのを、あなたがたは聞いています。しかし、わたしはあなたがたに言います。だれでも情欲をいだいて女を見る者は、すでに心の中で姦淫を犯したのです」(「マタイ福音書」5章27~28節)と。

 イエスの言葉をそのまま受け止めれば、これに従える者などただの一人もいないということになろう。わたしはいつも不思議に思うのは、こういったイエスの言葉を受け止めきれない者が、何故にキリスト教徒を名乗れるのかということである。「ルカ福音書」には「あなたの敵を愛しなさい。あなたを憎む者に善を行ないなさい。あなたをのろう者を祝福しなさい。あなたを侮辱する者のために祈りなさい。あなたの片方の頬を打つ者には、ほかの頬をも向けなさい。上着を奪い取る者には、下着も拒んではいけません。すべて求める者には与えなさい。奪い取る者からは取り戻してはいけません」(6章27~31節)とある。

 ここに語られているイエスの言葉を文字通り受け入れたキリスト教徒が存在するのだろうか。すべての人間が一度にこれらイエスの言葉を受け入れたら、一種の理想郷が現出するかもしれない。が、現実においてイエスの言葉を受け入れ実践した者は、自らの死を甘受しなければならないだろう。戦争において汝の敵を愛すことはできないし、もしできたとすれば、敵を愛しながら殺すという矛盾を受け入れなければならない。上着を奪われて下着を与えた人、民族、国家は滅びる運命にある。イエスの言葉は現実離れのした言葉であり、現実を生きていない者にしか通用しない。厳しい現実を生きる者たちにとって「歯には歯を」こそが説得力のある教えであり、イエスの言葉は肉体なき理想国に生きる者にしか通用しない。戦争において旧約の神の命令(異教徒を殲滅せよ)に従う信者に迷いはない。しかし戦争において「汝の敵を愛せよ」という新約の神の命令に従う者には精神分裂の危機が襲うであろう。鑑三が非戦論を唱えながら、兵役拒否を拒み、キリスト教徒の戦争参加を受け入れたことは、イエスの言葉を完全に裏切っている。裏切っていながら、鑑三には自分を背教者と見なす視点がない、まことに不思議なことである。

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