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随想 空即空(連載73)内村鑑三の最初の結婚と破局を巡って#ドストエフスキー&清水正ブログ#
鑑三は三人の友人に宛ててタケの事を書き記しているわけだが、友人とは言え、自分が愛して結婚した女の欠点、弱点をあげつらうような文章をよく書けたものだと思う。確かに鑑三は苦しんでいる、悶えている。彼が真剣に悩み、解決を求めて呻吟していることをつゆ疑うものではない。別に女性差別的発言をするつもりはないが、もしこの文面が女性の手になるものであれば、それほど抵抗はない。女性は異性関係の悩みを親しくしている同性の者に事細かに打ち明け、相談に乗ってもらうことは珍しくない。しかし、男性、しかも明治生まれの、武士の息子である鑑三がこのような手紙を書いていることには驚かざるを得ない。一つの理由として、これらの手紙がすべて英文によって書かれていることにあるのかもしれない。鑑三と宮部金吾、太田(新渡戸)稻造は東京外国語学校時代からの同期生で、彼らは会って話しをするときはすべて英語を使うことに決めていた。彼らは三人ともに札幌農学校の第二期給費生となり、そこでキリスト教に入信している。特に宮部金吾とは寄宿舎で同室であったこともあり、彼らの信頼関係は絶対であった。これやそれやを考えれば、鑑三が謂わば人生の第一の危機的状況にあって、内心の悩みを正直に打ち明けているのも納得できないわけではない。
先にも少し触れたが、鑑三の手紙はドストエフスキーのそれを彷彿とさせる。これだけ自分の悩みを率直にぶちまけ、恥も外聞もなく結婚した相手の欠点をさらけ出す鑑三が、どうして文学や演劇を嫌っていたのかまったく不思議である。鑑三に関する文献でドストエフスキーと関連づけて論じたものがあるのかどうか不明だが、少なくとも鑑三の弟子筋にあたる研究者のものにはない。それよりなにより不思議なのは、鑑三がドストエフスキーの文学にまったく触れる機会のなかったことである。未完とは言え、内田魯庵が『罪と罰』を英訳から日本語にして刊行したのは明治二十五年である。鑑三と親しくしていた北村透谷はこの翻訳本の書評を書いている。鑑三にドストエフスキーの作品を読むよう薦めた弟子や友人はいなかったのであろうか。いないとすれば、そのことも不思議である。先に、日芸(日本大学芸術学部)の実質的創設者松原寛を論じた時にも思ったが、松原は苦悶と求道心に溢れた著作を何冊も残しながら、ドストエフスキーの作品内容に関してまったく触れることがなかった。英語力のある鑑三は英訳ドストエフスキーで彼の文学世界に足を踏み込むことができたのに、どういうわけか鑑三はドストエフスキーに接近することはなかった。
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「清水正研究」No.1が坂下ゼミから刊行されましたので紹介します。
令和三年度「文芸研究Ⅱ」坂下将人ゼミ
発行日 2021年12月3日
発行人 坂下将人 編集人 田嶋俊慶
発行所 日本大学芸術学部文芸学科 〒176-8525 東京都練馬区旭丘2-42-1
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