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モーパッサン『ベラミ』を読む(連載36)

──『罪と罰』と関連づけながら──

清水 正

 

 『罪と罰』のロジオンは謂わば絶え間なく内部世界へ照明を与えられている。読者の関心はロジオンの外形や彼が実際に犯した殺人に向けられはするが、それ以上に彼の内部で展開される論理や複雑な心理に向けられる。それはロジオンが自分の犯した犯罪に関して誰よりも関心を持っており、その行為に常に〈問い〉を発せずにはおれなかったことによる。謂わばロジオンは犯行前も犯行後も自分の〈犯罪〉に呪われた存在であり、その〈犯罪〉に決着をつけなければならなかった。ロジオンはソーニャと出会い、弁証法的思弁から信仰へと飛躍することによって決着をつけた。わたしはロジオンの決着に関しては、ロジオン自身によってと言うよりは作者の力が強引に働いたと見ているが、いずれにせよ『罪と罰』の場合はロジオンの犯罪(преступление)自体よりは、ロジオンの神を希求する無神論弁証法や複雑な心理状態に読者の関心は向けられる。極端なことを言えばロジオンの〈犯罪〉(преступление)は〈信仰〉に到るための一つの素材として扱われていると見なすこともできる。 

 ところで『ベラミ』においては、ジョルジュ自身はもとより作者モーパッサンが主人公の内部世界にさしたる関心を示していない。〈第一日目〉に限れば、ジョルジュの内面など記述するまでもなく単純である。食後、暑いパリの街を歩きながらジョルジュが望むのは冷たい酒を喉に流し込むことであり、そのための金がほしいということであり、フォレスチェと出会ってからの欲望はひたすら女のからだに向けられている。ジョルジュの内面世界など求めても、そこには語るに足りる内容が全くないと言っても過言ではないのである。『罪と罰』を読むときの緊張はなく、わたしの頭を間断なくよぎるのは、「ジョルジュという青年は、はたして一編の長編小説を担うに足りる存在なのか」という疑問であった。

 フォレスチェは〈一番の出世の早道は女〉と口に出しているが、はたしてそうだろうか。ジョルジュの持って生まれた美貌が多くの女を引きつけるとしても、はたして女は男の美貌にだけ引きつけられるものだろうか。茶髪の娼婦がジョルジュの美貌に一目惚れしたのはいいとして、すべての女がその美貌に魅惑されるというのはどうだろうか。わたしが言いたいのは、世の中には男の美貌に迷わされない女もいるということである。ジョルジュのような中身空っぽの美貌の男に惹かれる女は確かにいるが、しかし現実においては中身の充実した男に惹かれる女の方がはるかに多いのではないかとも思う。『ベラミ』全編を読んで不満というか、ふしぎに思ったのは、ジョルジュを軽蔑する女が一人も登場してこなかったことである。 

 ジョルジュはいわゆる〈できる男〉ではない。まともな本一冊も読んだことのない、政治や経済問題になんの関心も持たない、しかも芸術方面に疎い、こんな青年に魅力を感じる女がいたとして、わたしはそんな女になんの魅力も感じない。すると、この『ベラミ』という小説はわたしにとって魅力のない男と女たちの物語ということになってしまう。たしかにわたしはこの小説を一気に読み終えたが、しかしその間、精神的な緊張を覚えたことはないし、あえて論じてみたい場面に出会うこともなかった。強いて言えば、社長夫人のジョルジュに対する年甲斐もないのぼせあがりに興味をもったが、しかし彼女の罪意識や懺悔が予め〈まやかし〉に見えてしまうことは否めない。 

 わたしは『ベラミ』をほんの少し読んだだけで、ジョルジュが〈キリスト〉のイメージを与えられていることを予感したが、それは社長夫人の〈おのぼせ〉の場面で実証された。が、ジョルジュのような軽佻浮薄な現世的俗物青年に〈キリスト〉を重ねること自体に無理がある。社長夫人の夫や二人の娘たちが、夫人の〈おのぼせ〉にまるで気づいていなかったような筋の進め方にも不自然さを感じる。作者が〈キリスト〉や〈キリスト教信仰〉を無神論者のまなざしで冷徹に見据えていること、従って夫人の過剰な信仰心や懺悔はパロディにしか思えないということである。 

『ベラミ』には〈姦淫の罪〉に苦しむ人物などただ一人も存在しない。彼らは男も女も不倫の恋を存分に楽しんでおり、人間が快楽を求めるのはごく自然のこととして受け入れている。不倫の恋を道義的次元で非難する者などいないし、ましてやそれを宗教的次元で告発する者もいない。そんな社交界の中では社長夫人の苦しみ自体が何の意味も持たない。作者モーパッサンもこの社交界でのルールをそのまま容認し、〈罪の意識〉を深堀りする気などまったくない。『ベラミ』の街には罪意識に苦しむソーニャのような娼婦は一人もいないし、社交界には実質上の罪意識のない、あるいは例外的存在として罪意識に苦しむ振りのできる〈娼婦〉たちばかりが闊歩していたというわけである。

 ジョルジュの前には『白痴』のナスターシャ・フィリポヴナのような女は現れない。『白痴』の人物の中でジョルジュに最も性格が似ているのはガヴリーラだが、彼の欺瞞的な愛はナスターシャによって公衆(ナスターシャの名の日の祝いに集まった客たち)の眼前で容赦なく暴かれ断罪される。『白痴』に限らず、ドストエフスキー文学の世界にあってはジョルジュのような目先の権力に支配されているような俗物は徹底的に侮蔑と嘲笑の渦に突き落とされ、身ぐるみ剥がされることになっている。が、『ベラミ』の世界ではすべての人間の欲望が肯定され、欺瞞的な生のあり方が根源的に問われることはない。罪とか悪とかが正面きって問題にされることはない。キリスト教の文脈でみれば、すべての人物たちが熱くも冷たくもない、神の口から吐き出されてしまったような生温き人生を生きている。この生温き人々が権力や金や肉体次元の享楽を求めて人生の表層を蠢いている。概して彼らは、美にして永遠なるものなどはなから求めていない。

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令和三年度「文芸研究Ⅱ」坂下将人ゼミ

発行日 2021年12月3日

発行人 坂下将人  編集人 田嶋俊慶

発行所 日本大学芸術学部文芸学科 〒176-8525 東京都練馬区旭丘2-42-1

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