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有即無 無即有 有無即空 空即空 空空空 正空 (清水空雲)

モーパッサン『ベラミ』を読む(連載33)

──『罪と罰』と関連づけながら──

清水 正

 

 

 さて、テキストに戻ろう。

 

  デュロワはもう相手の言うことを聞いていなかった。そういう女たちの一人が、二人のいる桟敷のふちに肘をついて、彼の方を眺めていた。厚化粧をしているので肌は白いが、髪は茶色の太った女で、眼は黒く、切れが長く、鉛筆でくまどりを施し、大きなつけ睫毛をつけている。胸は、大きすぎて、濃い色の絹の着物がぴんと張っている。傷口のように真赤な、厚く塗った唇が、何か動物的な、やけつくような、過激なものをこの女に与えていたが、それでもとにかくそれは男の心をかき立てるものだった。

  女は、顔で合図をして、通りかかった仲間の女の一人を呼んだ。髪の赤い色白の女で、これもやっぱり脂ぎった太り方をしている。さっきの女はその女に向かってわざと人に聞こえるくらいの大きな声でこう言った。

  ――御覧よ。きれいな男だろ。十ルイでどうだいってあの男が言えば、私はいやとは言わないね。

  フォレスチェは振り返って、そして、にやにや笑いながら、デュロワの膝をたたいた。

  ――君のことだよ、あれは。君は大した果報者だ。おめでとう。

  退役下士官は赤くなった。機械的に指を動かしながら、チョッキのポケットの中の二枚の金貨をまさぐっていた。(上・30)

 

 ここに登場する二人の女性はフォリ・ベルジェールで客を物色する娼婦であるが、その体にフィットした服装、厚化粧、脂肪たっぷりの体型、馴れ馴れしい口のききかた、表情のつくりかたなど、淫蕩な男たちの欲望をそそるプロそのものである。読者のだれが、娼婦に身を落とした彼女たちの個人的な事情を詮索しようなどと思うだろうか。彼女たちの振る舞いは自立したプロの娼婦としての振る舞いであり、男たちは彼女たちを肉欲の対象としてしか見ていない。たとえソーニャのような家庭の事情を背負っていても、それがはたから透けて見えてしまうようではプロとしては失格なのである。特に最初にジョルジュの美貌に眼をつけた茶髪の娼婦など、その堂々とした体型と派手な化粧で男たちの獣的な欲望をそそるだけでなく、圧倒的な太母性を感じる。ジョルジュ・デュロワの内心など瞬時に読みとって、まるで子供を扱うように振る舞っている。

 フォリ・ベルジェールは娯楽場であり社交場であり、そして紛れもなく性交渉の場でもある。ここに集まる各階層のすべての者たちが謂わば娼婦たちの存在を公認している。娼婦たちに差別的、侮蔑的なまなざしを送る者はいない。少なくともモーパッサンはそういった人物をここに登場させてはいない。二人の娼婦の言動に、もちろん誇りの意識を感じることはないが、それと同程度に自己蔑視の意識を感じることもない。娼婦にも、そして彼女たちを必要とする客たちにも、相手を貶めるような偏見はない。人間は腹が空けば食事をする、性欲がわけば当然相手を求める、それは人間にとって必須の事柄であって、『ベラミ』の登場人物はそれを自然に認めている。

 ここフォリ・ベルジェールには娼婦であることに罪の意識を覚える、純粋な美しい瞳を持ったソーニャのような娼婦は存在しないのだ。たとえいたとしても、ジョルジュのまなざしはそういった存在をとらえることはできないし、そもそもそういった存在を必要としていないのである。

    見事と言っていいほど、『ベラミ』には罪意識に苦しむ人物が登場してこない。ひとり社長夫人が、罪意識に苦しむ人物として描かれているが、『ベラミ』にあっては夫人の〈罪意識〉ばかりか〈キリスト〉そのものが容赦なく戯画化されている。おしなべて『ベラミ』の世界では性はおおらかなまなざしのもとに許容されており、男女の不倫な性関係を厳しく裁き罰する視点はない。男と女は自分たちの欲望に素直であり、食欲も性欲も権力欲も自然の事として相互に受け入れ合っている。

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