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随想 空即空(連載4)

正宗白鳥恐るべし(3)

 白鳥は「自分で心酔するとか、何か意味を認める者を、一人でも見つけたらそいつをどこまでも研究すればいい」と言っている。しかし、続けて「そいつは見つからない。見つからないというより、見つけないんだけど」とも言っている。一筋縄ではいかないというか、天の邪鬼な、癖のある言い方だ。白鳥は藤村の生き方を認め評価しているのだから、島崎藤村研究を本格的に始めればいいと思うが、当人はその気にはならないらしい。それなら、藤村にも大きな影響を与えたドストエフスキーに取り組めばいいようなものの、その気もないらしい。

 小林秀雄に向かって「キミはドストエフスキイを……」と言っているのも面白い。正直に言えば、白鳥だって一度ぐらいは生涯をかけてドストエフスキー研究をしようと思ったことがあるのではないか。白鳥は「僕は文学なんかどうでもいい」と言っている。白鳥が白鳥自身の〈文学〉について言っているのならまあいいだろう。しかし白鳥はドストエフスキーの文学を前にして「文学なんかどうでもいい」とは言えないだろう。白鳥は「人間の生きる悩み、どうして生きるか。この世に人類というものが発生した苦労だな。そういうようなところに、いつも惹かれるんだな」と言っているではないか。ドストエフスキーの文学はまさに白鳥が惹かれる〈人間の生きる悩み〉を徹底して問題にした小説家ではないか。

 もし白鳥が「ドストエフスキーの文学なんかどうでもいい」と言っていたなら、こんな面白い発言はなかっただろう。なにしろ相手はドストエフスキー研究に命がけで取り組むもうとしている小林秀雄なのだから。それにしてもなぜ小林秀雄は「僕は文学なんかどうでもいい」というどうでもよくない言葉に突っ込みを入れずにすましているのか。これではとうてい対等の立場での対談とは言えないだろう。「キミはドストエフスキイを……」この白鳥の言葉は、横綱が幕下相手に軽くいなしているような感じすらある。同時に、白鳥がいかにドストエフスキーと深く関わっていたかを暗示する言葉でもある。

 白鳥は「それは一生かかってやるような大きなものだからな。――一生かかってやって、最後に、つまらんということになるかも知らんけどな」と言ってその後、笑っている。小林も「そう言っちまっちゃ……。あなたはすぐ身も蓋もないところに話を持って行く。話のつぎ穂がないですよ」と言って笑っている。

 両者の〈笑声〉は次元を異にしている。白鳥はドストエフスキー研究は一生かけてやるものだという、その重大さを分かって笑っている。小林秀雄は未だ白鳥の言っていることを本当には分かっていない。まして「つまらんことになるかも知らん」ことを分かっていたわけではない。そもそもドストエフスキーを研究したもので、〈つまらんこと〉にまで達した者はいないだろう。白鳥は〈西洋崇拝者〉として、〈翻訳人間〉としてドストエフスキー文学の偉大さを思い知っていただろう。だからこそ、一生かけてやらなければならないことも分かっていた。しかし白鳥は〈西洋崇拝者〉であって同時に、紛れのない日本人であることを自覚していた。日本人はどうあがいても西洋人にはなれない。結局、日本人は一生かけてドストエフスキーを研究しても、ドストエフスキーを真に理解することはできない。白鳥には白鳥なりに結論が見えていたと言うべきか。

 これからドストエフスキー研究に打ち込もうとしていた小林秀雄には返す言葉がない。小林は白鳥の〈笑声〉に〈笑声〉で返すしかなかったが、このときの小林秀雄にはドストエフスキーが生涯苦しんできたという神の問題に未だ直面してはいなかった。青年期にキリスト教に入信し、後に棄教したが、それでも執拗に聖書を読み続けていた〈日本人〉白鳥のドストエフスキー観は深い沈黙を介してでなければ語れなかっただろう。白鳥の〈笑声〉は、ここで白鳥が発している自虐とも諦めとも皮肉ともとれる言葉をはるかに超えて重く響いてくる。生まれたときから仏教の影響を自然に受けて育ってきた日本人が、聖書を読んで彼らの帰依する神を受け入れることは困難を極める。

 アクセサリーとして首に十字架を掛け、結婚式にキリスト教会を利用する者、キリスト教のなんたるかも真剣に考えたことのない者がキリスト者になりすましているのではない。キリスト者はキリストの言葉に従い、自らの十字架を背負わなければならない。白鳥はキリスト教を大まじめに考え、実践しようとして実践仕切れなかった無念を抱え〈文学〉に従事してきたが、そんな〈文学〉などはどうでもいいという精一杯の開き直りに生きていたと言えようか。

 

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清水正研究」No.1が坂下ゼミから刊行されましたので紹介します。

令和三年度「文芸研究Ⅱ」坂下将人ゼミ

発行日 2021年12月3日

発行人 坂下将人  編集人 田嶋俊慶

発行所 日本大学芸術学部文芸学科 〒176-8525 東京都練馬区旭丘2-42-1

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