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清水正・画
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わずか八歳で猟犬にかみ殺された子供、それを眼前に見なければならなかった母親、同じ身分の召使いたち、勢子にかり出された人々、彼らはどのような思いを抱いて生きていくのか。将軍は自分が犯した大罪をどのようなかたちであがなうのか。時代が将軍の〈生殺与奪の権利〉を認めたとしても、その理不尽な権利を執行された側の人間たちの恨み、憎悪、反逆のマグマを誰も抑えきることはできまい。
農奴制時代において、地主の横暴に対して反逆の狼煙をあげた例がないわけではない。現にドストエフスキーの父親は自分の領地の農奴によって殺害されている。イヴァンは詳しく語っていないが、子供殺しを命令した将軍はその後〈禁治産〉になってしまったということであるが、その原因が果たして子供殺しにあったのかどうかについては不明である。
さて、イヴァンはこのエピソードを話し終えると、すぐに相手に向かって「そこで……どうだい? この将軍は死刑にでも処すべきかね? 道徳的感情を満足さすために、死刑にでも処すべきかね? 言ってごらん、アリョーシャ!」と訊く。
返事を迫られているのはゾシマ長老に指示する見習い僧アリョーシャである。父フョードルに「神は存在するか」と問われて躊躇なく「存在します」と答えたキリスト者アリョーシャは、はたしてどのような返事をするのか。息詰まる瞬間である。が、アリョーシャはここでも躊躇なく言葉を発している。
「死刑に処すべきです!」 あお白いゆがんだような微笑を浮かべて兄を見上げながら、アリョーシャは小さな声でこう言った。(上・330)
――Расстрелять!――тихо прοговοрил Алеша, с бледною, перекосившеюся какою-то улыбкой подняв взор на брата.(ア・221)
この即座の返事にアリョーシャ・カラマーゾフの性格がよく出ている。理性や分別を超えて、感情がまず作動する。アリョーシャが殺された子供やその母親に限りのない同情を寄せ、同時に理不尽な子供殺しを命じた将軍に抑えきれない怒りを覚えたのは確実である。
問題はアリョーシャが神を信じるキリスト者であったことである。キリスト者が躊躇なく〈死刑〉を宣告することなど許されるのか。キリストは「汝の敵を愛せよ」と説いていたのではなかったか。一時の感情の高ぶりに支配されていたとは言え、その口から〈死刑〉を宣告するなど文字通りキリスト者失格を露呈しているのではないか。
いずれにせよ、アリョーシャの返事に誰よりも先にイヴァンが驚いている。
「ブラーヴォ!」とイヴァンは有頂天になったような声でどなった。「おまえがそう言う以上、つまり……いや、どうもたいへんな隠遁者だ! そらね、おまえの腕の中にも、そんな悪魔の卵がひそんでるじゃないか、え、アリョーシカ・カラマーゾフ君!」(上・330)
――Бравο!――завοпил Иван в каком-то вοстοрге, ――уж коли ты сказал, значит…Ай да схимник! Так вοт какой у тебя бесенок в сердечке сидит, Алешка Карамазов!(ア・221)
この場面におけるイヴァンの問いとアリョーシャの返事に関して素通りするわけにはいかない。改めて神と悪魔を考えなければならない。アリョーシャは神を信じるキリスト者である。が、子供殺しを命じた将軍に対して「死刑に処すべきです!」〔Расстрелять!〕と断言する。この返事に関して深堀するために少し立ち止まろう。米川正夫は〈Расстрелять〉を〈死刑〉と訳したが、本来は〈銃殺〉という意味である。死刑と一口に言っても、手段はいろいろとあるわけだが、ここで作者が〈Расстрелять!〉と書いている以上、それは〈銃殺〉ということになる。
旧約(「出エジプト記」21章24節)には「歯には歯を目には目を」とある。これを将軍に適用すれば、彼は召使いたちの面前で丸裸にされ、勢子に追われ、猟犬どもに食い殺されなければなにないことになる。これが〈歯〉に対する〈歯〉であり、〈目〉に対する〈目〉ということである。このように厳密に考えれば〈銃殺〉は〈歯〉にたいする〈歯〉とは言えないが、しかし〈殺人〉に対する〈殺人〉ということでは、アリョーシャは旧約の神の言葉に従ったまでのこととも言える。旧約の神は〈殺し〉を否定していない、どころか異教徒との戦いにおいては敵の殲滅を命じている。殲滅とは相手が女子供であろうが、容赦なく殺せということである。
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人間のあるべき姿を検証する。人道主義(ヒューマニズム)と宗教の問題。対話によって世界平和の実現とその維持は可能なのか。人道主義と一神教的絶対主義は握手することが可能なのか。三回に分けて発信していますがぜひ最後までご覧ください。
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「清水正研究」No.1が坂下ゼミから刊行されましたので紹介します。
令和三年度「文芸研究Ⅱ」坂下将人ゼミ
発行日 2021年12月3日
発行人 坂下将人 編集人 田嶋俊慶
発行所 日本大学芸術学部文芸学科 〒176-8525 東京都練馬区旭丘2-42-1
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