プーチンと『罪と罰』(連載8) 清水正

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                清水正・画

 

プーチンと『罪と罰』(連載8)

清水正

 

 ロジオンの〈踏み越え〉の計画はあくまでも彼一人によって遂行されなければならなかった。プーチンの場合は、国家の指導者であり、今や独裁者として振る舞っているから、彼の計画は世界に晒されており、国内外のメディアはウクライナ侵攻の今現在を刻々と伝えている。核保有国ロシアの〈独裁者〉として、事の成り行き次第では核ミサイルを発射しかねない緊迫した状況にある。

    報道番組に招かれた政治・経済・軍事の専門家は各の意見を披露するが、肝心のプーチンの胸の内を的確に伺い知ることはできない。なにしろプーチンの今回のウクライナ侵攻を予め正確に予知していたジャーナリストや軍事専門家はいなかった。知っていたのはプーチンと彼の側近、およびロシア中枢部の秘密条項を握っていた工作員ぐらいのものであろう。が、プーチンの〈踏み越え〉の狙いは彼の内部にドローンを飛ばすまでもなく明白である。

 プーチンソ連邦崩壊以前の全領土の奪回を目指し、そのためにロシア正教会との一体化をはかってきたのである。プーチンは神の名において新ロシア帝国の建設を計画し、そのためにはあらゆる手段が許されていると考えている。ロシア帝国の歴代の皇帝、その専制君主制度の転覆を謀った革命家たち(ネチャーエフ、レーニンスターリンなど)が〈革命〉のためにあらゆる暴力的手段も許容したように、プーチンの考えも基本的には同じである。

 ロジオンの〈非凡人〉思想の内には、未だ〈良心〉が生きており、〈踏み越え〉にあたっては「非凡人は良心に照らして血を流すことが許されている」とポルフィーリイに説明していた。さて、プーチンには〈良心〉があるのだろうか。何万人ものウクライナ人の命を奪うことにプーチンの〈良心〉はなんら疼くことがないのであろうか。

 ネチャーエフの革命家教理問答のうちに〈良心〉などはいっさい問題にされていない。革命家にとって革命は絶対正義であり、この絶対正義に向けての不信と懐疑を抱く者はその時点で革命家としての資格を剥奪される。絶対正義としての革命を実現するためには、自らの命はもとより他人の命を犠牲にすることに全く躊躇しないというのが革命家のあるべき姿として捉えられている。プーチンは絶対正義を実現する独裁者として、戦争で何万人の犠牲者が出ようと、そのことで〈良心〉がとがめられたり、動揺したりすることは許されないのである。

 ロジオンの犯行後の懊悩を良心の仮借に求めるよりは、〈アレ〉に耐えることのできなかった能力の欠如と見た方が納得がいくが、ソーニャはロジオンのこの懊悩自体に彼の人間的本質を見る。痩せ馬殺しの夢の中で、少年ロジオンは殴り殺される痩せ馬に激しく心を揺さぶられている。ロジオンは心優しい、同情心溢れる子供だった。この心優しいロジオンがよりによって二人の女の頭上に斧を振り下ろすことになる。悪魔がとりついてロジオンを試みたとしか言いようがない。

 悪魔は屋根裏部屋の貧しい大学生の頭に、〈非凡人〉の思想を吹き込む。ロジオンの書いた犯罪に関する論文を読んだポルフィーリイは「非凡人はすべてが許されている」と解釈した。ロジオンはそれを訂正し、そんな論文は発表ることさえ許されなかったであろうと言っている。ロジオンのこの言葉を信じれば、彼は良心に照らして老婆アリョーナを殺したことになる。

 問題は、犯行現場を目撃したリザヴェータの殺害である。ロジオンはアリョーナだけを殺して彼女がため込んだ金品を奪い、それを元手にして事業を興し、成功した暁に恵まれない者たちに善行を施せば、自ら犯した一つの犯罪はあがなわれると考えた。つまり第二の犯行、リザヴェータ殺しを全く予期していなかった。ロジオンは殺したリザヴェータに関して、〈非凡人〉論に関係づけて考えることはなかった。ふしぎなことに、あれほど残酷な殺し方をしておいて、ロジオンはリザヴェータに関して良心に苦しめられることはなかった。老婆殺害の現場にぐうぜん訪れた、そのリザヴェータのぐうぜんの出現に謎めいたものを感じただけである。

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