プーチンと『罪と罰』(連載3) 清水正

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プーチンと『罪と罰』(連載3)

清水正

 

 信仰の問題はその実践においては簡単なことだが、信仰についての思索を展開すればきりがない。ドストエフスキーは神の問題に関して一生涯苦しんだ作家である。彼は最晩年の作品『カラマーゾフの兄弟』まで絶え間なく神を追究し続けた。しかしそれにも拘わらず、彼を正真正銘の〈キリスト者〉と断言することができない。

    わたしは二十歳の昔から、ドストエフスキーディオニュソス的小説家であって、その精神世界は信と不信の間を絶え間なく揺れ動いており、一義的絶対的な信仰に至り着くことはなかったと見なしている。彼は〈キリスト〉を信じ、〈キリスト〉と共に生きることを願い続けていたディオニュソス的作家であるからこそ、〈悪魔〉や〈反キリスト〉をも描き得たのである。ただ、わたしはこの偉大なるディオニュソス的作家もまた、現実生活を生きる一人の人間としては敬虔なキリスト者として振る舞っていたとは思っている。深く分裂した精神そのままに生きる者は〈狂人〉であり、社会生活を送ることはできない。ドストエフスキーは自らの分裂した精神を統括する《我》を保持しており、小説を書く時の〈我〉と現実を生きる時の〈我〉を明確に区別している。もし、この〈我〉と〈我〉が統括する《我》から乖離するような事態になれば、社会的に正常な生活は送れないということになる。

 小説を書いている時にはディオニュソス的精神を存分に発揮するが、現実世界を一人の人間として生きる時には分別を働かして生きる、そんな生き方自体が自己欺瞞ではないかと思うひともいるかもしれない。が、どう思われようと、ディオニュソス的作家といえども、明晰な意識を保持する者は現実社会をディオニュソス的に生きることはできない。たとえば現実を生きるドストエフスキーは神の存在を認めないイワンと、神の存在を認めるアリョーシャの実存を同時に生きることはできない。このドストエフスキーに「あなたはイワンなのか、それともアリョーシャなのか」と詰め寄っても無駄である。ドストエフスキーはイワンでもなく、アリョーシャでもなく、彼らを同等の価値を持った人物として描き出すことのできる小説家なのである。ドストエフスキーは自分の永遠に決着のつかない精神の分裂状態をリアルに表現することはできるが、彼が創造した一人物にぴったり適合して生きることはできないのである。  

 わたしは今まで何度かドストエフスキー論のなかで、デカブリストの妻フォンヴィージナ宛の彼の手紙を引用して、彼の精神分裂の救い難き深刻さを指摘してきた。この手紙はドストエフスキー論者で引用しない者がいないほど有名なものだが、しかしこの手紙の内容に深く食い込んでいった者はいない。ドストエフスキーはキリストほど理性的で男性的な存在はいないと書いているが、キリストの〈理性的〉や〈男性的〉を一言も説明していない。彼は、たとえキリストが真理の外にあっても、真理よりはキリストを選ぶと書いているが、ふつうに考えればキリストこそが真理を体現しているからこそ彼を信じるのであって、真理からはずれたキリストなどおよそキリストにふさわしくないということになる。

   またドストエフスキーは、キリストを最大限に賛美すると同時に、自らを不信と懐疑の時代の子とも書いている。しかしここが肝心なことだが、ドストエフスキーはこの手紙のなかで、キリストに対する〈不信〉も〈懐疑〉も一言も発していないのである。従って、この手紙からは、ドストエフスキーが最大限に賛美するキリストに対して、彼がどのような疑問を抱いていたのかを知ることはできない。否、彼の全作品を射程に入れても、キリストに対する不信、懐疑、反発を見いだすことはできない。ドストエフスキートルストイのようには、キリストの教えを律儀に一途に我が身に引きつけて考えるようなことはなかった。キリスト者として生きることが、自らの作家活動を否定することに繋がるような視点をドストエフスキーに見ることはできない。

 

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