ネット版「Д文学通信」29号(通算1459号)岩崎純一「絶対的一者、総合芸術、総合感覚をめぐる東西・男女の哲人の苦闘 ──ニーチェ、松原寛、巫女の対比を中心に──」(連載第24回)
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ネット版「Д文学通信」29号(通算1459号) 2021年12月04日
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「Д文学通信」 ドストエフスキー&宮沢賢 治:研究情報ミニコミ誌
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連載 第24回
絶対的一者、総合芸術、総合感覚をめぐる東西・男女の哲人の苦闘
──ニーチェ、松原寛、巫女の対比を中心に──
岩崎純一(日大芸術学部非常勤講師)
八、始原の一者としての「非ヤマト的なるもの」・「母なるもの」が見えていたかつての法華系新宗教(創価学会など)と現在の頽落
吉備の巫女たちの悲壮と共に、浄土信仰の使徒・松原寛の亡霊に問う
価値転倒(国家神道を除く神道との連携、立正安国論の復権、ヤマト皇統・現国体の転覆)を成し遂げかけた法華系新宗教(創価学会など)
ここに、国家神道・現皇統以外の勢力の裏話の例として、出雲神道と創価学会の関係を挙げる。いや、こういう話は「知らぬが仏」ではあるものの、裏話でも何でもなく、表に出た話を述べているに過ぎないのであるが、ともかく、国家神道の拡大の裏にあった教派神道と法華系教団の苦しみがよく分かる例である。
二〇一九年十月二十二日、令和の即位礼正殿の儀が執り行われた。ところで、かつて孝明天皇の信任厚き「陰謀の宮」こと久邇宮朝彦親王のもと、南朝正統を掲げて活動していた大日本皇道立教会は、北朝系天皇である明治・大正・昭和天皇によってもはや国体が確定した中、衰退していた。先にも述べた通り、当初の南朝正統論は、単に明治天皇が武家から政権を奪還したことを祝い、それを南朝・後醍醐天皇の建武中興になぞらえたものにすぎなかった。大日本皇道立教会も、概ねそのような立場だった。
ところが、北朝・明治天皇打倒論に近い南朝正統論も、もちろん存在した。南北朝合一とは言っても、明徳の和約で南朝の後亀山天皇が北朝の後小松天皇に折れる形で合一したのであり、これが気に入らない藩閥官僚や神道関係者は多くいたのである。南北朝正閏論の中に、なお北朝正統論、南朝正統論、両統迭立論、両統並立論、両統対立論などが混在していたのである。しまいには悔しいあまり、実は明治天皇は南朝血統である、孝明天皇の子ではない、などとする強硬な南朝正統論も登場した。
立教会の衰退以後もしばらく利害が一致していた出雲神道(祭神論争で政府・神道事務局に敗北し疲弊した、千家尊福ら出雲大社派)と創価教育学会(のちの創価学会初代会長の牧口常三郎、第二代会長の戸田城聖および一部の幹部)は、「南朝正統、現皇統(北朝系)傍流」論(一部の出雲の急進派は現皇統打倒・国体転覆論)を掲げて共に活動し、それを、もはやヤマト王権・現皇統に対抗して新王朝を建てる必要性を感じていない吉備神道などが傍観する形だった。かつて出雲大社・千家家とのちの創価学会幹部が蜜月で、国家神道・神社神道に反旗を翻した同志であったことなど、学会員もほとんど知らないようである。
平成の即位礼正殿の儀の時に、吉備神道(特に古代吉備王国に起源を持つと思われる女系巫女神道)が単独で、皮肉を込めて、ヤマト・出雲・吉備融和および南北朝融和の秘儀を各家で私的に行ったことは、三十年後の今、吉備人の私にも報告されたのであるが(秘儀の記録の一部は将来、私にも預けられる予定)、出雲や他の教派神道系の巫女も、創価学会が「折伏大行進」を行うなど急速に異端宗教化したため、この時点で学会から離れて単独の秘儀を行っている。
二〇一四年の皇族と千家家の姻戚関係の成立(ヤマト・出雲の融和)により、出雲神道が創価学会と組む意味・利点が決定的に無くなり、傍観が得意な吉備神道と同様の今の立場に収まったのである。この結婚に際しては、純粋な男女の熱愛模様のみに焦点が当てられ、一部始終がテレビでも大々的に報道されたが、ヤマト神道と出雲神道との婚姻であったことに目が行ったのは、(出雲大社・出雲大社教に所属していない)出雲の巫女、吉備の教派神道(神習教、黒住教、金光教)、吉備の巫女、(私を含む少数の)吉備神道研究家など、少数の研究者だけであったようだ。そして、出雲神道と創価学会の縁が、これを以て正式に切れたのである。
現在、創価学会を最大の支持母体(ほぼ結党主体)とする公明党は日本国の政権を担う。そのまま令和の即位礼正殿の儀を迎えたというわけだ。独自の神話を持つ出雲とさえ男女の縁でもって仲直りしたヤマトの大王(天皇)血統を、「自公」政権・安倍首相が見上げたという構図が、吉備岡山出身の私としても興味深い。
祭神論争で敗北した出雲神道が心底から親ヤマトの立場を決心した背景には、日蓮主義系新宗教による「折伏大行進」などの国体・国民精神改造(ひいては国立戒壇建立)の強行、つまり一見宗教色の強化に見える事実上の政治色の強化への著しい抵抗があったと思う。結局、自公政権下の国土交通大臣(要するに宗教的には地上の仏国土造成者の立場)のほとんどを公明党員が担っており、無論これは偶然ではない。
吉備出身の宗教ウォッチャーである私としては、日蓮・法華経を標榜していながら南朝正統論を簡単にやめて北朝系天皇を仰ぐ政権に入った集団の本性よりは、出雲・吉備神道が苦悩しながらも現上皇・上皇后両陛下および現天皇・皇后両陛下に寄せる崇敬のほうに首肯する。南朝の後裔を名乗った自称「熊沢天皇」こと熊沢寛道でさえ、まだかわいいほうだった。いずれにせよ今となっては、皇統の変更などという大それた非現実を策謀するよりは、現皇室に有り難みを感じつつ、大人しく宗教研究を楽しむのが良いというのが私の意見である。
自らの神道のほうを元祖「日本」と見て、現行の「日本国」を祟る呪法を秘密裏に実践する出雲や吉備の巫女たちのように、もし創価学会が政党の形で政権に入らず、出雲神道や吉備神道の悲哀と運命を共にしていたら、日本の神道、あるいは日本人の宗教観にも違う未来があったはずである。今や、戦後の群衆道徳が最も好んできた自民党と手を組んで、大和朝廷の代表者となってしまった。それで、吉備の一部(私の地元に近い地域)では、巫女たちが創価学会を呪う秘儀をも、形式上ではあるが執り行っている有様である。
創価学会と池田大作現会長については、清水先生も評論を発表し、しかもブログや授業で取り上げるという、勇気あるタブーの打破に挑んでいるので、参照されたい。
政党の形で政権を取っている創価学会は言うまでもないが、今では法華系新宗教のほとんどが政府・政権に対する発言力を有し、組織票を以て選挙結果に多大な影響を与えている。本来は浄土真宗や天理教が帯びた群衆道徳性に法華経を以て反抗することが、自身らの存立意義であったのに、自ら群衆道徳に陥っているように思える。
阿弥陀経を誤解した極楽往生煩悩が全国の葬式を支配し、おまけに法華経を乱用した国家改造精神が日本国の為政者側に立った以上、釈迦牟尼的君主道徳による頽廃仏教的僧侶・奴隷道徳への反転攻勢は、この国ではもう見られなくなったのである。神習教や黒住教や金光教をはじめとする吉備起源の教派神道に、今でも政府を呪う巫女たちが多く残っている一方で、これら法華系新宗教に親和を感じる巫女たちは、少ないようである。
本来、国家神道(国家祭祀、皇室神道、神社神道)や神社本庁、神道政治連盟、日本会議が持っている神道観は、先に述べた教派神道のそれと相容れないばかりか、創価学会などの法華系教団の国立戒壇思想とも相容れないはずなのである。しかも、創価学会(創価教育学会)の原点は、法華系新宗教教団の創立そのものではなく、近代日本の天皇観への違和感、南朝皇統への懐かしさ、奴隷的極楽往生願望への抵抗、全ての天皇の母である天照大神への思慕、さらにその背後にある始原の一者への回帰にあったはずである。それを知る国民は、学会員も含めてほとんどいないようである。私は、そのような歴代の各会長の思想の原点に「だけ」は、賛同するものである。
松原寛の天理教信仰や浄土信仰も、このような新宗教ブームや葬式仏教ブームの中で、致し方なく選択されたものであるかもしれない。それにしても、教派神道を選ばず国家神道を選び、古神道系の教団を選ばず神道色の極めて希薄な天理教を選び、日蓮・法華経を選ばず他力救済の親鸞・阿弥陀経を選んだところに、未だに「宇宙の始原」への達観ではなく、カントと大衆が持ち出してきたほうの「神」を始原と勘違いして、似非キリスト教信仰を懐かしむ松原寛の寂しさが見えるのである。松原寛にとっての「天理」と「浄土」は、地上の汎神ではなく、超越の唯一神なのである。「天理」・「浄土」か、「宇宙の始原」か、松原寛はこの問いを持たず、前者が後者の正しい姿と見たのである。
今、松原寛が生きて神道に丁寧に触れていたなら、巫女たちが母なる聖母として抱擁し、天理教や浄土信仰の必要性を溶解させてくれたかもしれない。それらの価値を間借りせず、自力で新たな聖価値を建設できたかもしれない。
ところで、キリスト教、仏教、神道などあらゆる宗教の教義を取り込んだと主張している新宗教のうち、教派神道や法華系新宗教よりもむしろ国家神道に近い教義・教条を持つのが、(先の大本以外では)生長の家や幸福の科学である。
特に、国家神道に最も近い「始原の一者」観を主張しているのが、幸福の科学である。『太陽の法』ほか経典と呼ばれる著作を読むと、教祖の大川隆法は、仏陀、ヤハウェ、イエス・キリスト、アッラー、天照大神などの全宗教の全神仏の一切を傘下に収める始原の魂・至高神であるエル・カンターレの意識体を有して日本の地に誕生した絶対存在であり、熱心な信者らはほぼ「大川隆法=主エル・カンターレ」の方程式を信じている。私は岡山にいる頃から、同地の支部や集会所の存在を通じてこの教団を知っていたが、東京に出てきた後、改めてこの教団についても研究してきたのである。
生長の家は、万教一致を説いてはいるが、万教の始原意識に教団の代表者の意識を置いていない。一方、幸福の科学は幸福実現党を結党して国政に進出しようとしている。従って、近年の新(々)宗教のうち、国家神道と最もよく整合するのは幸福の科学である。(これら新宗教教団による霊感商法などの問題も気になるところではあるが、それはさておき、今私は哲学・宗教学上の厳密な比較論として書いている。)
チベット仏教、ヒンドゥー教、原始仏教や新宗教阿含宗の教義を母体とするオウム真理教も、真理党による国政進出に失敗した後、麻原昇光こと松本智寿夫を頂点(神聖法皇)とする国家樹立を画策し、最終期には省庁制を敷いたが、麻原は自身を仏陀の(少なくとも恒常的な)意識体だとは言っておらず、国家神道や幸福の科学の一者観とは異なる。
むしろ、阿含宗が重視した阿含経は、法華経や阿弥陀経と違って、ゴータマ・シッダールタの教えを最も忠実に写し取ったものとされ、阿含宗が阿含経からずれたと見たそのオウムの教義の一部は、確かに原始仏教・阿含経そのものであり、その犯罪集団性は全く読み取ることの難しいものであった。島田裕巳や中沢新一などの学者らも、そこに騙されたのである。一九九一年九月の「朝まで生テレビ」の「激論! 宗教と若者」の回では、幸福の科学とオウム真理教の論争が実現したが、島田裕巳の幸福の科学批判、オウム擁護の発言は、当時はそれほど浮いたものではなかったのである。
国家神道と幸福の科学との間の唯一の違いは、明治・大正・昭和天皇は自らをヤハウェだ、ゴッドだ、イエス・キリストだ、アッラーだ、仏陀だと主張したことは一度もなく、政府がそう設計し、天皇にそう思い込ませ、国民がそう信じたのである一方、大川隆法は自ら主張しているばかりか、これら全ての神仏の意識を統御する始原の一者、エル・カンターレの地上の顕現で、普通は別個の神職や巫女が務める審神者や巫(かんなぎ)の立場を独占していると主張している。
しかし実状を見てみれば、前者は列島を覆う日本史上最大の新宗教となった一方で、後者は一部の国民のみの信じるところとなっている。前者の主神・天皇は帝国陸海軍の大元帥であったが、後者は今のところ軍隊を組織していない。国家神道の異様な特質が分かるというものである。
ちなみに、本稿で取り上げた巫女たちには、生長の家や幸福の科学の信者は皆無であった。やはり彼女たちにとっても、これらの宗教は、(事実上の国教であった)国家神道と同様、文字通り異次元・異世界の宗教であるということなのだろう。
神道の要素を転用し、万教融合ないし万教一致の相対主義を説きつつ、その主宰者・教祖とその家系のみが特異点としての絶対性を有する国家神道の世界観に近い、その他の新宗教には、大本の影響を受けた真光系諸教団(世界真光文明教団、崇教真光)や世界救世教、扶桑教から独立した丸山教やパーフェクト リバティー教団、臨済宗を基礎とする円応教などがあるが、巫女弾圧期に強制的に配属させられた場合を除いては、これらの教団に自ら所属している吉備の巫女はやはり稀である。
執筆者プロフィール
岩崎純一(いわさき じゅんいち)
1982年生。東京大学教養学部中退。財団事務局長。日大芸術学部非常勤講師。その傍ら共感覚研究、和歌詠進・解読、作曲、人口言語「岩崎式言語体系」開発など(岩崎純一学術研究所)。自身の共感覚、超音波知覚などの特殊知覚が科学者に実験・研究され、自らも知覚と芸術との関係など学際的な講義を行う。著書に『音に色が見える世界』(PHP新書)など。バレエ曲に『夕麗』、『丹頂の舞』。著作物リポジトリ「岩崎純一総合アーカイブ」をスタッフと展開中。
ネット版「Д文学通信」編集・発行人:清水正 発行所:【Д文学研究会】
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動画撮影は2021年9月8日・伊藤景
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清水正・批評の軌跡Web版で「清水正・ドストエフスキー論全集」第1巻~11巻までの紹介を見ることができます。下記をクリックしてください。
清水正著『ウラ読みドストエフスキー』を下記クリックで読むことができます。
「松原寛と日藝百年」展示会の模様を動画でご案内します。
日大芸術学部芸術資料館にて開催中
2021年10月19日~11月12日まで
https://youtu.be/S2Z_fARjQUI(「
日本大学芸術学部芸術資料館での「松原寛と日藝百年」の展示会は無事に終了致しました。