ネット版「Д文学通信」22号(通算1452号)岩崎純一「絶対的一者、総合芸術、総合感覚をめぐる東西・男女の哲人の苦闘 ──ニーチェ、松原寛、巫女の対比を中心に──」(連載第18回)

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ネット版「Д文学通信」22号(通算1452号)           2021年11月27日

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「Д文学通信」   ドストエフスキー&宮沢賢 治:研究情報ミニコミ

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連載 第18回

絶対的一者、総合芸術、総合感覚をめぐる東西・男女の哲人の苦闘

──ニーチェ、松原寛、巫女の対比を中心に──

 

岩崎純一日大芸術学部非常勤講師)

 

六、始原の一者としての「非ヤマト的なるもの」・「母なるもの」の否定・排撃としての国家神道と群衆道

吉備の巫女たちの悲壮と共に、国家神道使徒・松原寛の亡霊に問う

 

ヤマト王朝(大和朝廷)勢力による非ヤマト系王朝に対する殲滅作戦としての神道近代化

 

 なぜ当時の近代政府がここまで日本古来の、とりわけ吉備・瀬戸内海沿岸地域・出雲の巫女祭祀に恐怖し、これを蔑視し、撲滅の国策に走ったか。そして、なぜこれが現代の教科書に載っていないか。なぜ現在の宮内庁文化庁神社本庁神社神道が未だかつてこれに触れたことがないのか。巫女弾圧策の真相に迫るその根深い問題を簡単に説明しておきたい。

 これらの巫女たちが弾圧された表向きの理由は、巫女禁断令の本文からも分かるように、神々を自身に憑依させる巫女たちの伝統的手法、女性たちの手の入った神道祭祀が、人民を惑わせる欺瞞行為で、日本の国体の近代化・男権化の障害になると断罪されたからである。

 私のフィールドワークによる儀式形態の収集も、随分充実してきた。中山太郎の『日本巫女史』にもあるように、確かに一部には性器や排泄物を用いた儀式もあり、現に今もこれらの擬似的または忠実な再現によって皇統を呪う秘儀も存在する。これらの巫女の儀式(一般にはヒステリーなどの精神異常と観察されるだろう)には、自身の子宮(ヒステリア)に八百万の男神・女神たちやそれを取りまとめる始原の一者の子宮を化体させる儀式もある。

 しかし、弾圧の最大の、かつ本当の理由は、元を辿れば、彼女たちの多くが「ヤマト系」神道の巫女でなく、「非ヤマト的なるもの」を自らの世界観・宇宙観としているから(非神社神道・非神社本庁系の神道観を堅持している巫女であるから)という点に帰着する。

 本稿では、簡単に非神社神道・非神社本庁系の神道などと書いているが、神社本庁の傘下にない靖国神社などの神道系単立宗教法人も、もちろんヤマト系神社神道に含めて論じている。神社神道は、単にヤマト型の神社施設を拠点とする神道であるという以上に、神体・神の依り代を限定された極点に定める(森羅万象に神々が宿るとは見ない)点に特徴がある。中でも、巫女に対しては、その全員を非神職神職の従者・使用人)と(規程上も)見なしており、神の依り代に一切ならないものと前提している。

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図七《伏見稲荷大社(非神社本庁系単立神社、旧官幣大社)》 二〇〇九年、筆者撮影

 

 ただし、これらの理由は表裏一体のもので、むしろ全く同じことである。なぜならば、東京や京都、奈良、大阪、名古屋など大都市部の大規模神社の巫女たちは、すでに天皇・近代政府や自分たちの直接の「主君」である男系男子神官・神職側の男権主義にひれ伏すほかなく、あるいは自ら寝返って、巫女神事を取りやめ、西洋的近代神道を目指すようになっていた一方、山陽・山陰の巫女たちはそうではなく、天照大神血統・男系皇統を重視しない古式の神法を維持していたからである。

 かつて古代の日本列島には、ヤマト、出雲、吉備、筑紫、毛野(けぬ)など、いくつかの有力な王権があった。当初、ヤマト(大和)とは今の奈良県を指し、天武天皇の頃に「日本」の呼称が生じたが、その頃とて蝦夷の居住地(北海道)や隼人・熊襲の居住地(九州南部)は「日本」とは呼ばれなかった(「日本」が征討すべき異民族の土地だった)。「征夷大将軍」の「夷」とは、北方蛮族の意味である。ついに、古代ヤマト(天皇勢力)が列島全土を支配するに至り、今や「ヤマト」の国とは「日本(国、列島)」そのものを指すのであるから、その意味では、ヤマト神道も出雲神道も吉備神道も、ヤマト神道・日本神道であることになる。

 ところが、神道(日本神道)の概念が宗教体系と認識され整備されたのは、明治時代のことである。度会神道とか吉田神道とか平田復古神道といった、創始者の男性神職を基準とした神道分類も、正確には明治以降に遡及的に整備・命名されたものである。

 これを正しく受け取れば、「出雲神道や吉備神道は日本(ヤマト)神道ではない」という言い方もできる。あるいは、吉備や出雲の一部に残るシャーマニズム系巫女神道こそが原始の「日本神道」であるという言い方もできる。この「神道の源泉」、「随神(かむながら)の道の母」、「汎神・多神の集う心臓」、「天照大神をも超える始原の子宮」としての宇宙・カオスを、とことんまで重視する態度を近代化以後もずっと取り続けているのが、私が交流している吉備の巫女たちである。

 前述したように、今現在一般に用いられている「神道」なる語・呼称は、古代の吉備や出雲や毛野のシャーマニズム系巫女祭祀がヤマトに取り込まれたのちに、広義の神社神道として整備された宗教体系に付されたものである。吉備の巫女たちも、自身の「神々の道」をあくまでも致し方なく「吉備系巫女神道」などと呼んでいるにすぎない。

 かつて折口信夫は『最古日本の女性生活の根柢』の中で、古代の女がその生涯の全部または一部において必ず巫女であったことを指摘した上で、そのような女性性に立脚しつつ女の自然信仰を描いたが、現在の吉備の巫女の「神々の道」観も、ほぼこれに等しいと考えて差し支えない。

 従って、太古日本の自然信仰を「神道」と呼んだ時点で、本来はそれ自体が西洋形而上学的観点を孕んでいる。吉備の巫女たちが自身の神道(女性身体における直覚体験を人類と自然との合一体験の窓口と見る価値観)を本当は神道でない、反神道であると主張するのは、そのような意味である。「神道」を「ヤマト神道」・「日本神道」・「神社神道」・「皇室神道」などと呼ぶのがトートロジーで、地方土着の自然信仰や天皇以外の男王・女王を戴く共同体の宗教を「吉備神道」・「出雲神道」などと「神道」で呼ぶのが本来誤っているという関係は、「哲学」・「宗教」を「西洋哲学」・「西洋宗教」と呼ぶのがトートロジーで、「神道」・「仏教」・「儒教」を「東洋哲学」・「東洋宗教」などと呼ぶのが本来誤っているのと同じ関係である。

 巫女教は、神道でさえなく、神道以前のもの、神道以外のもの、大いなるディオニュソス的情動、始原の芸術である。日本のイオニア学派である。巫女たちは今でも、古代吉備の王と、現天皇と、人間個体と、虫一匹と、小石一個を、全く同等に神々が宿るもの、そして神々自体と見る。それこそが、巫女たちの神道であり、私の信奉する神道でもある。

 明治の雄々しき藩閥政府に始まる巫女迫害策の本当の意図が、日本の自然信仰が巫女の女性性・女性身体そのものに支えられてきたことを隠蔽することにあったことは、容易に見て取れる。

 極論を言えば、当時の政府(神祇官、神祇省、教部省、社寺局、そして神祇官興復運動、神祇特別官衙設置運動により設置された神社局、神祇院)の理想とする一神教としての「神道」は、シャーマニズムアニミズム時代の日本の雑多な神々を、ヤマト=日本という前提でシステマティックに少数の神々に整理し、最終的に天皇のみを神、そしてイエス・キリストそのもの、そして万教の創造者として崇め奉る信仰の道としての「国家神道」をもって、初めて成立したと言える。

 

執筆者プロフィール

岩崎純一(いわさき じゅんいち)

1982年生。東京大学教養学部中退。財団事務局長。日大芸術学部非常勤講師。その傍ら共感覚研究、和歌詠進・解読、作曲、人口言語「岩崎式言語体系」開発など(岩崎純一学術研究所)。自身の共感覚、超音波知覚などの特殊知覚が科学者に実験・研究され、自らも知覚と芸術との関係など学際的な講義を行う。著書に『音に色が見える世界』(PHP新書)など。バレエ曲に『夕麗』、『丹頂の舞』。著作物リポジトリ「岩崎純一総合アーカイブ」をスタッフと展開中。

 

ネット版「Д文学通信」編集・発行人:清水正                             発行所:【Д文学研究会】

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2021年9月21日のズームによる特別講義

四時限目

https://youtu.be/m9e43m4Brmw

五時限目

https://youtu.be/itrCThvIhHQ

 

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動画撮影は2021年9月8日・伊藤景

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「松原寛と日藝百年」展示会の模様を動画でご案内します。

日大芸術学部芸術資料館にて開催中

2021年10月19日~11月12日まで

https://youtu.be/S2Z_fARjQUI松原寛と日藝百年」展示会場動画

https://youtu.be/k2hMvVeYGgs松原寛と日藝百年」日藝百年を物語る発行物
https://youtu.be/Eq7lKBAm-hA松原寛と日藝百年」松原寛先生之像と柳原義達について
https://youtu.be/lbyMw5b4imM松原寛と日藝百年」松原寛の遺稿ノート
https://youtu.be/m8NmsUT32bc松原寛と日藝百年」松原寛の生原稿
https://youtu.be/4VI05JELNTs松原寛と日藝百年」松原寛の著作

 

日本大学芸術学部芸術資料館での「松原寛と日藝百年」の展示会は無事に終了致しました。 

 

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