岩崎純一「ニーチェと松原寛─東西の哲人の共通点と相違点」連載4

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清水正編著『ドストエフスキー曼陀羅──松原寛とドストエフスキー──』D文学研究会星雲社発売)は来年二月には刊行する予定だが、各執筆者の掲載原稿の一部を何回かにわたって本ブログで紹介することにした。興味と関心を持った方はぜひ購読してください。

まずは岩崎純一氏の論文から紹介します。

ニーチェと松原寛 連載4

──東西の哲人の共通点と相違点──

岩崎純一日大芸術学部非常勤講師)

 

二、哲人たちの哲学の根底

 フリードリヒ(・ヴィルヘルム・ニーチェ)少年の苦闘 自身の信仰を懐疑した先駆者にとっての自我、学問、母、女性

  バーゼル大学教授となったニーチェが最初に発表したのは、アポロン的造形とディオニュソス的音楽とを拮抗・競合させた総合芸術論『悲劇の誕生』であったが、まずは元キリスト教少年としてのニーチェの基層を押さえる必要があるだろう。

 ニーチェが、当時のドイツやヨーロッパ全体に蔓延していたキリスト教道徳をいわゆる「弱者道徳」(ないし「畜群道徳」、「僧侶道徳」、「奴隷道徳」)と呼び、これに「強者(君主・貴族)道徳」を対置させ、これらを哲学概念として学的に解説するのは、生前には未発表だった『権力への意志』の草稿を除けば、『善悪の彼岸』や『道徳の系譜』、つまりは最後方の著作群においてである。だが、ニーチェにとっても、少年期の経験からするに、「我」にとっての肉親の死への悲しみと大衆の倫理が別次元で動いていることへの違和感が、最初の哲学であっただろう。

ちなみに、今単に「弱者道徳」と書いたが、ニーチェは『善悪の彼岸』や『道徳の系譜』で、これを概ね次のように分類しているように読める。

 すなわち、ニーチェはまず、動物の一派としての人間が共同体生活を営む限り自身(自我よりも身体・身体性)と共同体の滅亡への恐怖に基づいて抱えることになる、「安全」と「危機」とを対置させる最古の弱者道徳を、「畜群(末人・畜生・家畜)道徳」と呼ぶ。次に、元来の「畜群道徳」を抱き込んで曲げ、「貴族道徳」の高貴さから離れた、ユダヤ人に典型的な、「清浄」と「不浄」とを対置させる僧職者の弱者道徳を、「僧侶道徳」と呼ぶ。さらに、僧侶的民族(ユダヤ人)の「僧侶道徳」が、その曲げた「畜群道徳」を口実とし、「貴族道徳」に反抗しつつ(自分たちの道徳が本物の「貴族道徳」であるかのように平民に見せかけつつ)発明し、それに煽動された平民のルサンチマンが嬉々として受容し、これを起源に持つキリスト教徒のルサンチマンが発展・普及させた、「善」と「悪」とを対置させる新しい弱者道徳を、「奴隷道徳」と呼ぶ。

 一方ニーチェは、あらゆる弱者道徳を超克し(というよりも奴隷道徳の発祥以前から、畜群道徳・僧侶道徳と共にあり)、「良い」生を目指す、「良い」と「悪い」を対置させる道徳を「強者(君主、主人、貴族、高貴)道徳」と呼んでいる。ニーチェは、最も厳しく断罪されるべきは概ね「奴隷道徳」としつつ、その黒幕を「僧侶道徳」であるとしているように読める。

 ただし、必ずしもそれぞれの道徳に当代の実際の動物的人間、ユダヤ人、僧侶、キリスト教徒、奴隷、君主、貴族などが対応するわけでもない。ニーチェの言う「強者」や「君主」や「貴族」や「超人」は、ただ横柄に指図しているだけの富裕な君主や貴族ではなく、むしろ彼らの「僧侶道徳」や「奴隷道徳」を打ち破る勇者や戦士といった意味である。

 しかもニーチェは、「奴隷(道徳)」を痛罵して「畜群(道徳)」と呼ぶことがあるほか、為政者にも奴隷道徳者がいる場合もあれば、ドイツの群衆やユダヤ人にも稀有ながら君主道徳者・超人(まさにニーチェ自身など)がいる場合もあると見ているなど、その語の使い分けは(実は人種差別主義者ではないだけに)不徹底である。

 そのため、本稿でも必ずしも使い分けない。本稿では、弱者道徳一般には、あえて主に社会心理学上の「群衆」の「群集心理」を転用する形で、「群衆道徳」なる語も用いることがある。(従って、私が本稿で用いる、弱者・畜群・末人・奴隷の総称としての「群衆」は、むしろハイデガーの「ダス・マン(世人)」に近いとも言える。)

 

池田大作の『人間革命』を語る──ドストエフスキー文学との関連において──」

動画「清水正チャンネル」で観ることができます。3回に分けてありますので是非最後までご覧ください。

https://www.youtube.com/watch?v=bKlpsJTBPhc 

https://www.youtube.com/watch?v=I-qg45NxyKQ

https://www.youtube.com/watch?v=B1grbVxCc0o

ドストエフスキー曼陀羅─松原寛&ドストエフスキー

(D文学研究会星雲社発売)

本書はドストエフスキー生誕200周年・日芸創設100周年を記念して刊行されます。

目次
苦悶と求道の哲人・松原寛をめぐる断想……清水正
トルストイの「懺悔」、松原寛のキリスト像柳宗悦の奇蹟観などに触れながら―

 入院中に松原寛論を執筆/  松原寛とドストエフスキー/  トルストイの「懺悔」をめぐって/  柳宗悦トルストイ観/  松原寛のキリスト像/  キリストと松原寛の決定的な違い/  柳宗悦の奇蹟をめぐって/  小室直樹の『日本人のための宗教原論』をめぐって/  「かのように」の哲学/  十字架上で奇蹟を起こさなかったイエス・キリスト/ 「死せるキリスト」をめぐって/  

ニーチェと松原寛……岩崎純一
 ――東西の哲人の共通点と相違点――

 序/  一、ニーチェ、松原寛との邂逅/  二、哲人たちの哲学の根底/  三、様式美としての哲人の生涯/  

理念(テクスト)と現実(コンテクスト)……此経啓助
 ――松原寛著『親鸞の哲学』を読む――

松原寛と日芸精神……伊藤景
 松原寛との出会い/  『芸術の門』と「苦悶」/ 

松原寛「随想録」から……戸田浩司/ 
  
松原寛とその周辺の年譜(町田直規編)/


ドストエフスキー文学の形而下学……清水正

マルメラードフの告白に秘められた形而下学――〈哀れみ〉とカチェリーナの〈踏み越え〉――/ ■性愛描写・省略の効果/ ■描かれざる場面・スヴィドリガイロフの場合/ ■〈奇跡〉の立会人から〈実際に奇跡を起こす人〉となったスヴィドリガイロフ/ ■〈実際に奇跡を起こす神〉スヴィドリガイロフとソーニャの〈神〉/ ■スヴィドリガイロフとソーニャの〈性愛場面〉をめぐって/ ■『貧しき人々』における描かれざる〈性愛場面〉/ ■『地下生活者の手記』における〈描かれざる性愛場面〉/ ■四十年ぶりに『地下室の手記』を批評する――〈描かれざる性愛場面〉をめぐって/ ■地下男と娼婦リーザの性愛関係/ ■地下男とリーザの〈描かれざるセックス〉後の場面/ ■《洋品店》でのセックス/■地下男の形而下的側面/ ■「べつに……」(Так…)の女リーザとソーニャ/ ■厄介極まる地下男/ ■地下男のリーザ征服の巧妙な手口――闇の中で〈似たもの同士〉がしゃべりあう――/ ■狂信者でも聖女でもない、人間としてのリーザ――地下男の〈たぶらかし〉――/ ■リーザが心の扉を開いた時――リーザの絶望と地下男の怖じ気――/ ■地下男とリーザの新たな関係――「リーザ、訪ねてきておくれ」/ ■〈さよなら〉(прощай)と〈またね〉(до свидания)/■魂の繋がりを求めるリーザ――〈いまわしい真実〉の露呈――/ ■地下男を訪れたリーザ――地下男とリーザの〈描かれざる第二回目のセックス場面〉――/ ■ロジオンの〈打ち明け〉と〈跪拝〉――殺意と〈嵐〉(буря)――/ ■リーザと地下男の〈嵐〉(情欲の発作)/ ■〈眉唾〉(невероятно)/ ■「さようなら」(прощайте)をめぐって/ ■三つの神/ ■地下男の〈冷酷な仕打ち〉/ ■〈すべて=всё〉(リーザ)を〈十字路〉まで追っていく地下男/ ■地下男とロジオンの類縁性と差異――〈踏み越え〉たロジオンは新たな〈キリスト〉となり得るか――/ ■〈すべて=всё〉を見失った地下男――大いなる〈Так〉の女リーザ――/ ■姿を見せない二人の女/ ■アンチ・ヒーローの全特徴/ ■《生きた生活》から乖離してしまった地下男との異質性/ ■〈淫蕩〉にふける地下男/ ■地下男の後継者ロジオンの〈淫蕩〉/ ■地下男、ロジオン、ドストエフスキーとキリストとの関係/ ■深く分裂したロジオン(〈瀆神者〉か〈狂信者〉か)/ ■ロジオンの革命家としての挫折/ ■『罪と罰』の〈踏み越え〉と現代の〈踏み越え〉――〈斧の振り下ろし〉と〈原爆投下〉(核ミサイル発射)――/ ■議会制民主主義と屋根裏部屋の〈単独者〉/ ■ロジオンの不徹底な〈非凡人思想〉――卑小な非凡人の〈アレ〉/ ■近・現代の〈独裁者〉の〈斧〉とロジオンの〈斧〉/ ■〈思弁〉と〈信仰〉――〈ラザロの復活〉をイエスに問う/ ■人類滅亡の夢と〈理性と意志〉の両義性――ロジオンの描かれざる〈新生活〉と新たな使命――/ ■〈思弁家〉から〈観照家〉へ――第五福音書としての『罪と罰』――/ ■スヴィドリガイロフの〈性愛〉をめぐって/ ■スヴィドリガイロフとソーニャの描かれざる〈性愛場面〉――〈同じ森の獣〉たちの対話――/ ■スヴィドリガイロフの〈奇跡〉/ ■ロジオンを支配する〈突然〉と描かれざる淫売婦ソーニャの実態/ ■ソーニャとキリスト/ ■ケンジ童話における数字の神秘的象徴性(三、六、九、五)とソーニャの部屋(九号室)/ ■〈ラザロの復活〉と聞き耳を立てていた〈立会人〉スヴィドリガイロフ/ ■ソーニャの部屋におけるロジオンの〈死と復活〉の秘儀/ ■ソーニャの住まいを巡る断想/ ■ロジオンがソーニャの部屋を訪ねた時の〈奇妙さ〉――〈何か戸のようなもの〉をめぐって――/ ■ソーニャの〈不安の秘密〉と〈時間の歪曲〉/ ■ソーニャとスヴィドリガイロフの〈秘密の時〉/ ■〈歪なもの〉が置かれた玄関とソーニャの不具的な部屋/ ■自ら罪を犯した〈キリスト〉としてのロジオン――ゲッセマネの〈キリスト〉に関連付けて――/ ■描かれざる日常のディティール ――ソーニャの部屋の間取りから〈トイレ事情〉〈水事情〉をさぐる――/ ■ソーニャの部屋と〈ラザロの復活〉朗読場面――ロジオンの眼差しで捕らえられたソーニャの部屋――/ ■〈この人も、この人も〉を巡って――人称代名詞に要注意――/ ■〈この人=スヴィドリガイロフ〉とソーニャの関係/ ■ソーニャの視る〈幻〉(видение)とスヴィドリガイロフが見る〈幽霊〉(привидение)/

清水正著『ウラ読みドストエフスキー』を読む……坂下将人

ドストエフスキー曼陀羅 目次(伊藤景編)/

 

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 「池田大作の『人間革命』を語る──ドストエフスキー文学との関連において──」

動画「清水正チャンネル」で観ることができます。3回に分けてありますので是非最後までご覧ください。

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これを観ると清水正ドストエフスキー論の神髄の一端がうかがえます。日芸文芸学科の専門科目「文芸批評論」の平成二十七年度の授業より録画したものです。是非ごらんください。

ドストエフスキー『罪と罰』における死と復活のドラマ(2015/11/17)【清水正チャンネル】 - YouTube

 

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